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1:小さな手
雨音は優しすぎてベッドの軋みに掻き消された。ただでさえ纏わり付くような湿気で寝苦しい夜、久美子は目を覚ましても地震とは思わない。夜な夜な久美子が眠ったのを見計らうかのように、二段ベッドの上で兄、琢郎が何かをしている。始まったのは彼女が小五になったばかりの頃で、もう一年が経とうとしていた。低い呻き声に最初は恐怖すら覚えたが、だからといってうるさいと文句を言えば怖いくらいに怒り出す。仕方なく久美子は、訳も解らぬまま布団を被って我慢する日々が続いていた。
兄妹がまだ小学校に上がる前に離婚した母は、昼となく夜となく働き詰め、生活保護を受けながらも母子三人の団地暮らし。琢郎は幼少の頃より妹の面倒をよく見るような優しい兄だった。しかし彼が中学に上がった頃から、反抗期なのか急に乱暴な言葉遣いになり、妹をパシリに使うなどもするようになっていた。 この日、久美子は意を決し、この真夜中の行為について問い正してみる事にした。 「兄ちゃんさ、いつも何してんの?」 物音と揺れが止まった。訪れた静寂の底から微かに聞こえて来るのは雨音、かと思えば、いつしかシャワーの水音へと変わっていた。二段ベッドの上段で電気スタンドが灯されているため、部屋の天井が間接照明のように照らされている。久美子が下段から仰向けのまま上を見ていると、やがて兄が無言のまま下を覗き込んできた。 「何でもねぇよ。オメェにゃまだ分かんねぇし。んな事より、さっさと寝ろ」 その顔は暗くて久美子からはよく見えなかったが、気まずさを誤魔化そうと険しくも複雑な表情をしていた。午前零時。仕事から帰りシャワーを浴び終えた母は襖の向こう。水音が止まったかと思えば、居間からドライヤーの音が聞こえ始めていた。 「今日学校でさ、リエちゃんに聞いたんだけど、男子って寝るまえにオナニーっていうのしてんでしょ?」 顔が潜るぐらいまで布団を被り、目から上だけを出して問い掛けた。ドライヤーの合間に観ていないであろうテレビの音が聞こえ始める。 「なんだよ知ってたんか。理絵ちゃんて、雅也んとこの妹だろ? 雅也も色んな事知ってんけど、妹もマセてんだな」 久美子はそれなりに知識も付け始め、すでに性に対する興味も大きかった。筋肉が付き始め少年から大人の身体へと成長してゆく兄を見ながら、初潮を迎えたばかりの久美子もまた自分の体の変化に気づきながら。 「やっぱそうなんだ。オナニーって、そんなにしょっちゅうするくらい、キモチいいの?」 「そのうちオメェにも分かるようになんよ」 しかし琢郎にとって久美子は、いつまで経っても世話の焼ける子供でしかなかった。 「おちんちん、じぶんの手でゴシゴシするのってほんと?」 「……ああ」 この時間になると母が襖を開ける事はない。歯を磨いた後におやすみの挨拶をし久美子は十一時に、琢郎は零時までに寝る決まりとなっていた。 「ねぇ兄ちゃん、どんなふうにしてんのかさ、いっかいだけ見してよ」 「バカ野郎、他人に見せるようなモンじゃねぇよ」 携帯型ゲーム機で多少夜更かししても、寝坊さえしなければ母は何も言わない。それでも二人は襖の向こうに気付かれまいと、声を潜めて会話した。 「いいじゃん、べつに兄妹なんだしー。それにあたし、いっつもギシギシうるさくって起こされんだからね」 「知るかよ、んなこと」 「ケチー」 琢郎はもう寝ると言わんばかりに電気スタンドを消す。部屋は照明の豆球だけとなり、薄暗いオレンジ。暫くして、ベッドの上段から兄の掠れるような声が。 「久美子。ちょっと上まで上がって来いよ」 見せてくれる気になったのか、と思うと同時に、起きて二段ベッドを昇るのも面倒くさいという気持ちにもなる。 「早くしろよ」 苛立ちを隠せない声。言い出したのは自分だしと、仕方なく起き上がり久美子は梯子を昇った。そして上段にある兄の寝床をそっと覗き込む。するとそこには下半身裸のまま布団の上であぐらをかく兄の姿が。 「オメェちょっとよ、チンチンこすれよ。一度他人の手でしてみたかったんだよな」 「えっ、だって、オシッコ出るとこでしょ、バッチくない?」 「シッ! バカ、声でけぇよ。さっきシャワー浴びたばっかだからキレイだよ」 「あたし、見るだけでいいよぉ」 「るっせぇな、つべこべ言ってねぇで、さっさと上がって来い」 そう言うと琢郎は仰向けに寝転り、奥にずれて場所を作った。仕方なく久美子は兄の寝床に上がり込む。 「ほんとに、しなきゃダメ?」 「なんだよ、俺の言うこと聞けねぇってのかよ」 天井を見つめながら言う高圧的な口調は照れ隠しに他ならない。彼の脇にちょこんと正座した久美子の前には、まだ皮も剥けきってない兄のペニスがぐにゃりとうなだれていた。 「兄ちゃんのおちんちん、こうやってじっくり見るの初めてかも……」 一緒にお風呂に入っていたのは去年まで。改めて観察するようにそれを見つめるも、部屋が暗くてよく見えないため顔を近づける。 「バカ野郎、見てねぇでサッサとやれっつってんだろ」 さすがに恥ずかしいのか、琢郎はもじもじとしながら股間をまじまじと見詰める妹から顔を背けた。恐る恐る伸びて来た小さな手がその芋虫のような物体に触れれば、ピクリと腰が引ける。 「うぁ」 暗く静かな部屋で息を殺すも、琢郎の吐息が大きく感じる。久美子が摘まみ、圧し、弄る内にむくむくとそれは膨らみ、そして固くなってゆく。久美子にとってそれは衝撃的だった。 「これが……ボッキ?」 「オメェそんな言葉まで知ってんのかよ」 「クラスの女子はみんなそんぐらい知ってるよ。これがあそこに入ってエッチするって事も。リエちゃんなんかもうエッチしたことあるって言ってたし」 「マ、マジかよ、早えーな。雅也のヤツ知ってんのかな」 「分かんないけど、リエちゃんのお兄さんがエッチのやり方とか、色々教えてくれるんだって」 「教えるったって、アイツ童貞だぞ」 「兄ちゃんはドーテーなの?」 「うるせえよ」 琢郎は去年初めて彼女が出来たが、ひと月もしない内に別れてしまった。彼の通う中学でも経験のある男子は、まるでヒーローのように扱われていた。 「こんなに固くなっちゃうんだ。ねぇねぇ、じぶんで触るよりキモチいいの?」 「全然ちげーな。マジやべぇよ」 「どうやってすればいいの?」 ぎこちない手つきで兄のペニスを握る久美子。琢郎はその小さな手を自らの右手で包み込み、ゆっくりと動かし始めた。余った皮が先端に集まり皺を寄せ、僅かに亀頭の先端が顔を覗かせる繰り返し。久美子は兄の手に促されるまま。 「もっと、強く握れよ」 「うん……」 その時ふと、襖の向こうでドライヤーの音が止まった。同時に兄妹ともに動きを止めて息を殺す。お互いの鼓動が信じられないくらいに早くなっていたのは、親に気付かれないかというスリルだけでは無かった。興味本位でやってみたものの、今まで経験した事のない興奮が二人を包む。 「だいじょーぶだよ兄ちゃん、お母さん化粧水つけてるみたいだから」 耳を澄ませばテレビの音声に隠れてペチペチという音。緊張のためか、久美子の手に必要以上の力が入った。 「やべ、出ちまっ……んっ!」 「きゃっ」 びくり、と、体を仰け反らせる琢郎。その先端から勢い良く飛び出した精液が、低い天井に向けて打ち上げられる。ほとばしる白濁と共に体をビクつかせ、虚ろな目は恍惚。久美子はどくどくと流れゆく感触を握った手の内に感じながら、いつも高圧的で逆らう事を許さない兄が、手の中に収まる小動物になってしまったような感覚に捕らわれる。その時久美子は、なんだかいけない事をしてしまったような、そんな気分になった。 「ほんとにオシッコじゃなくて、ベトベトすんの、でてくるんだ……」 兄の裸けた腹部や股間に降り注いだ精液を触りながら言った。琢郎は無言のまま枕元に置かれていたティッシュでそれを綺麗に拭う。久美子はしかし、それが不思議と汚いものには思えなかった。 理絵は去年久美子が小五に上がった時、同じクラスに転校して来て以来の友達であった。普段から大人しい久美子がイジメに遭いそうになった時には守ってくれたり、逆に理絵が宿題を忘れた時には見せてあげたりもしていた。グループを作って買い物したり遊んだりもしていたが、二人は特に仲が良かった。 「リエちゃん前にさ、エッチしたことあるって言ってたじゃん」 「あ、うん、一回だけだけどね」 夏休みに入ってすぐ、久美子は一緒に宿題をするため理絵の自宅を訪れていた。彼女の家は久美子の住む団地の近くにあるマンションなのだが、遊びに行くのはこの日が初めてであった。 「いまでもその相手のひとと付き合ってんの?」 「ううん、付き合ってないよ」 早めに宿題を片付けて、残りの夏休みを遊びまくろう。そんな計画だったが宿題は一向に進まず、早くも計画は暗礁に乗り上げそうになっていた。 「やっぱ、いたかった?」 「んー、なんかよくわかんない内に終わっちゃったってカンジかなー」 あの日以来、久美子はたびたび兄の自慰行為を手伝わされるようになっていた。その事を理絵に話そうか話すまいか、いまだ心を決めかねている。手が疲れるしあまりしたくなかったが、下手に逆らったらキレかねない兄の性格をよく知っていたし、あの晩黙って眠っていればとつくづく後悔もする。 「でもやっぱリエちゃんオトナだなぁ。あたしなんてまだそういうケーケン、まったくないもん……」 その時である。家の鍵を開ける音とともに玄関が開き、天然パーマのかかった髪を茶色く染めた男が入ってきた。 「ただいまー。いやー、あちーなぁ」 理絵の兄、雅也は久美子の兄、琢郎の同級生でもあった。ショートパンツにランニングシャツ姿で、汗を拭きながら居間のテーブルを覗き込む。 「おー、琢郎んとこの久美子ちゃんじゃない」 「あ、おじゃましてます」 最近ジョギングを始めたという雅也は、いきなり汗でぐしょぐしょとなったシャツを脱ぎ始めた。 「お、宿題してんのか。お前ら真面目だなー」 「お兄ちゃん、あっちいっててよ。宿題のジャマ!」 「なんだよ帰るなり冷てーなー。邪魔されたくなかったら自分の部屋でやれよなー」 「クミちゃん、いこ」 理絵は宿題のテキストを閉じて、久美子を自分の部屋へと招いた。 「クミちゃん、ウチの兄貴と会ったことあるの?」 「うん、たまにウチの兄ちゃんのとこに遊びにきてるから」 「そっか、兄貴たち、いつもいっしょに遊んでるみたいだもんね」 理絵の部屋はピンクを基調とした女の子らしい部屋だった。自分だけの空間がある理絵の事を久美子は羨ましく思う。 「リエちゃん、お兄さんとケンカかなんかしてんの?」 「ううん、ぜんぜん。いつもこんな調子だよ。ていうか、ウチの兄貴ちょっとウザくてさー。クミちゃんちのお兄さんは、どんな人なの?」 「うん、さいきんコトバも乱暴だし、ちょっと怖いんだ。むかしは優しかったんだけど」 「あ、でも、ウチの兄貴もさいきんなんか学校で問題おこしたみたいよ。ヤンキーみたいになんなきゃいいんだけどね」 床には久美子が見た事のないようなファッション系の雑誌が乱雑に転がっている。自分もこういうの読んでオシャレな洋服とか買ったりしないと。そう彼女は思った。 「ところでクミちゃんさー、ひとつお願い事かあるんだけど」 「なに?」 「あの、イヤだったら別にいいんだけどさ……」 言いづらそうな理絵。普段なら図々しいくらい何でも言って来るのにと久美子は思う。 「遠慮しないで、なんでもいってよ」 「こんどさ、アタシちょっとしたアルバイトするんだけど、付き合ってもらえたらなぁって思って」 「え? アルバイトって、どんな?」 「いや、クミちゃんはなんにもしなくていいの。ただ、アタシと一緒にいてくれるだけで」 「どういうこと?」 「その、モデルみたいなバイトでね、SNSで知り合った人から写真とらせてくれって頼まれてんだけど、ひとりで行くの怖いからさ。もちろんギャラは山分けってカンジで」 「えー、あやしくない? ヌードとか要求されんじゃないの?」 「んー、じつは、下着までならってオッケーしちゃったー」 「マ、マジで!?」 「おねがい! クミちゃんには指一本ふれさせないからっ!」 理絵の話によると男は誓約書と称する紙を一筆書くという。その内容は次の通り。撮った画像はあくまで個人で楽しむ物であり、決してネット上にアップロードしない事。モデル本人以外の人物に見せる事をしない事。ただし芸術的価値があると判断した場合公開する事もあるが肖像権は被写体に帰属し、必ず承諾を得なければならない事。後は本人と直接会って信用できる相手かを判断しなければならない。 危ない事してるな、と、久美子は思った。別にお金なんてどうでも良かった。他ならぬ理絵の頼みだからと思い久美子は付き合う事にした。
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2021/02/09 07:24:56(yfGernhw)
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