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可愛い弟子 50
カテゴリ: 官能小説の館    掲示板名:ロリータ 官能小説   
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1:可愛い弟子 50
投稿者: タカ ◆mqLBnu30U
――第50話――



不意に掛かってきたケータイ電話。
こんな時間に誰だろうと、シノは訝しんだ。
フロントパネル内のデジタル時計を見ればすでに深夜に近い。
怪訝な顔をしながら手にしたケータイを眺めると、発信者を知らせるイルミネーションに浮かんでいたのは「進藤さん」の文字。
少なからずシノは焦った。
隣りには父の姿。
シンドウがこんな時間に電話を掛けてくるような非常識な男と思われたくない。
今までこんな事は一度もなかった。
無視するべきか迷ったけれど、結局、シノは通話ボタンを押した。
こんな時間に掛けてくるなんて何かあったのかもしれない。
予想は正しかった。

(逃げろ!シノ!)

唐突に聞こえた叫び声。
あまりに大きな声だったから、それは隣りにいた父にも聞こえたに違いない。
できるだけ平静を装い、トーンを落として答えた。
どうも要領を得ない。
どうやら父と話したがっていることだけはわかった。

「じゃあ、お父さんと替わるね。」

ケータイを受け取った父は、耳に当てるなりすぐに顔色を変えた。

「それは本当か!!?」

滅多に慌てることのない父が焦っている。
こんなに驚く姿は記憶にない。
ただごとじゃないことが起こった。
それだけはわかった。

「すまない!急ぐので、これで電話を切らしてもらうよ。ああ、わかった、じゃあディズニーランドに行った帰りにでも立ち寄ってくれ。礼もしたいから。それじゃ。」

ディズニーランドのことを知っていたのはちょっと驚いたけれど、昔から父に隠しごとはできなかった。
きっと進藤さんのこともすっかりばれてるはず。
でも、認めてくれているみたいだから少しだけホッとした。

「タカっ!乗れ!!」

ひどく切羽詰まった顔をしていた。

「どうしたのシゲさん!?」

戻ってきたタカさんの顔にも不安の色。
ひどく緊迫していた車内の空気。

「奴らが動き出した・・。」

呻くように父がいった。

え?やつらって、なに?
なに?なに?
なあにぃ?

「シノ!今来た道を戻れ!」

とりあえず、いわれたとおり慌ててUターン。

「タカのアパートまで、どれくらいかかる?」

緊急事態であることは察していた。

「1時間・・くらいかしら。」

そう、私が普通に走れば、それくらい。

「10分で行け・・。」

10分だなんて・・・。

「はい・・・。」

じゃあ、暴れちゃいますよ♪
これからなにが起こるのかわからないけれど、ちょっとだけワクワクしていた。
だって、ほんとの私はいけない子。
大きく息を吸い込んだ。
実は、とても早く走れる可愛いこの子。
久しぶりにアクセルを思いっきり踏み込んだ。
嬉しがるようにタイヤが、キュンっ!と鳴った。


 
2015/07/20 11:40:53(J7HnzD8A)
2
投稿者: タカ ◆mqLBnu30U
――第51話――



「タカっ!乗れ!!」

え?

「急げっ!!」

切羽詰まったシゲさんの顔。

え?
え・・・?
ええっ!!!?
またお預けかよ!!
いつになったら、お前はオレの手許に帰ってくるんだ!!!

慌ててシノちゃんの軽自動車に駆け戻った。

「どうしたのシゲさん!?」

ドアを閉めるなり、シゲさんに訊ねる。
かつて見たことがないほど、シゲさんは真剣なまなざしでオレをにらんできた。

「奴らが動き出した・・。」

へ?やつら?
やつらって、まさか・・・ええっ!!!!!!

「タカのアパートまで、どれくらい掛かる?」

シノちゃんに聞いていた。

「1時間・・くらいかしら。」

「10分で行け・・。」

じゅ、10分って・・・そりゃ、無理・・。

「はい・・・。」

え?はい?
はい、って・・シノちゃん?・・・。
おわっ!!

シノちゃんが急にアクセルを踏み込んだ。
キュキュキュっと、タイヤが激しく鳴ったと思ったら、車体が沈んでいきなり背中がバックシートにへばりつく。
あれよあれよという間に車がすごい加速で走りだした。
シ、シノちゃん?・・・。

「裏道を通りますね。市街地は検問でスピードを出すのが難しいですから。」

「ああ、頼む。」

シゲさんが答えると同時に、いきなり急ハンドルが切られて身体が宙に浮いた。

うわぁ!まだシートベルトしてねえ!!

車体のケツが流れて視界が真横にスライドしていく。
ド、ドリフトだぁ?・・・。
車は直角に曲がり、国道を外れて住宅地の細道へ入っていった。
車一台分ほどの幅しかない細い路地を、シノちゃんはものすごい速度で車を走らせる。
軽特有のこもるようなエンジン音が耳をつんざく勢いで聞こえていた。
スピードメーターを見たら・・・。
ひぇぇぇぇぇ・・・。
怖くて、とても言えません。

「シ、シゲさん、やつらが来るってなんでわかったの?」

必死にシートベルトをしながら訊ねた。

「知り合いから情報があった。」

ものすごい速さで景色が変わっていっても、シゲさんの声に動じた様子はない。

「シンドウさん?・・・。」

シノちゃんも同じ。

「そうだ、俺の身内に危険が及ぶとシンドウ君のところにタレコミがあったそうだ。」

「まあ。」

シノちゃんはあんまり驚いていない様子。

「身内と言ってもお前たちのことではないから心配するな。」

「では、誰なんです?」

シノちゃんは普通にしゃべっているが、車外を流れる景色はものすごい勢いで変わっている。

「お前の姉だ・・・。」

え?マジ?
それは初耳ですけど・・・。
シホがシノちゃんのお姉さん?

「私にお姉さんがいるんですか?」

シノちゃんも初耳らしい。
そりゃ、そうだろ。
しかし、シノちゃんは取り乱す様子もない。

「お前の本当の姉ではない。だが、姉のようなものだ。俺が青森から連れてきた。」

「どうしてです?」

「見捨てることができなかったからだ。」

「そうですか・・。」

シノちゃんは表情も変えずに、淡々と聞き流していた。
顔はずっと正面に向けている。

「それをお母さんには?」

「彼女には関係ないことだ。」

そのひと言でシノちゃんには、すんでしまったらしい。
いきなり、にこり、とシノちゃんは微笑んだ。

「それで、これからなにが始まるんですか?」

なんか楽しそうな顔してるし・・。

「今夜、彼女たちが襲われる危険がある。」

「では、今から助けに行くんですね。」

「そうだ。」

「わかりました。」

え?わかっちゃったの?
なんなんだ、この親子・・。

「タカ・・。」

「なに?」

「いま聞いた通りだ。これからは何か起こるかわからん。降りるのなら途中で止めてやるが、どうする?」

はあ?

「それ、マジで聞いてるわけ?オレを怒らせて、なんか得することでもあるの?」

ちょっとキレそう。

「なら、高めておけ。もしかしたら、いきなり始まるかもしれん・・・。」

望むところだ!

「警察は当てにするな。あの様子じゃ確証がないかぎり応援に回すような余剰戦力はないだろう。俺たちだけで対処するしかない。」

最初から当てにしてないけどね。

「くそ・・・後手を踏んだ。やつらはインターを下りてる。すでにシホたちのところに行っているかもしれん。」

「インターを下りてるって、まさか・・。」

「ああ、おそらく奴らだ。この法治国家で、女の子をいきなり拉致するような無法者は奴らはしかいない。」

「でも、まだ決まったわけじゃ・・・。」

「いや、まず間違いない。女の子が消えたのは仙台インターだ。仙台インターを使っていたということは東北自動車道を下りてきた可能性が高い。東北自動車道の北端は青森だ。それがこの近辺のインターで下りたとあれば、まず奴らが襲撃班だと考えていい。シノ、この車に竹刀は積んでるか?」

切迫した空気が車内に充満しつつあった。
オレのアパートが徐々に近づいている。

「竹刀・・・ですか?ごめんなさい。竹刀は長すぎて、この子のトランクに入らないから積んでないの・・。」

普通に答える娘。

「そうか。」

シゲさんが残念そうな表情を浮かべる。

「でも、ちょうど良い長さの木刀なら後ろのラゲッジに2木積んであります・・・。」

積んでんのかい!?
凶器準備集合罪で捕まるぞ。
よく検問通ったな。

「シノちゃん、車を停めてくれ。」

「え?急にどうしたんですか?」

誘拐まで平気でするような奴らが迫っている。

「運転を代わる。悪いけど、シノちゃんはここで降りてくれ。」

そんな危険な奴らがやってくるところにシノちゃんを連れていくわけにはいかない。

「タカ、変な気を使うな。」

シノちゃんは車を止める様子もない。

「でも、相手は危険なんでしょ?だから、さっきオレに確かめたんじゃないの?」

そうだ。
シゲさんはオレの覚悟を確かめたんだ。

「確かにそうだが、それとこれとは別だ。警察が当てにならない以上、少しでも戦力は多い方がいい。」

「でも・・。」

「大丈夫ですよ、タカさん。心配するなら相手のひとを心配してください。木刀ですから、ちょっと加減が難しいんです。」

シノちゃんは、すっかりやる気でいるらしい。
確かに底知れぬ力を持ってる女の子だ。
彼女に柄物を持たせたら、そこら辺のゴロつきのひとりやふたりは簡単に叩きのめすだろう。
それだけの実力が彼女にはある。

「タカ、そろそろ着くぞ。」

え?
マジかよ!!!
見覚えのある景色が目の前に広がっていた。
マジで着きやがった・・・。

「後ろから木刀を取ってくれ。」

シゲさんから言われた通り、後部座席後ろのラゲッジスペースから木刀を掴んで手渡そうとした時だった。

「お父さん、あれ!」

ハンドルを握るシノちゃんが叫んだ。

ヘッドライトの照らし出すまばゆい光の中に、女を肩に担ぐ男の姿がいきなり飛び込んでくる。

「シホ!!」

下着姿のまま肩に担がれてるのは間違いなくシホだ。

あの可愛らしいお尻を見間違えることはない。

アパート前の駐車場に見慣れぬオフロード車が停まっていた。

男はシホを担いだまま、そのオフロード車に向かおうとしている。

ドアが開けっ放しになっていた。

やばいっ!!!

あそこに放り込まれたら終わりだ!

「シノ!割りこませろっ!!」

シゲさんが怒鳴った。

「はいっ!」

シノちゃんの操る軽自動車が鋭いタイヤの軋みをあげて、シホを担ぐ男とオフロード車の間に突っ込んでいく。

その時だった。

ああ!!なんだぁ!!?

今度は、その向こう側から猛然と、もう一台が突っ込んできた。

シゲさんが再び怒鳴る。

「降りたら即戦闘だ!!油断するなよっ!」

「はいっ!」

オレとシノちゃんは、同時に叫んでいた。


15/07/20 11:42 (J7HnzD8A)
3
投稿者: タカ ◆mqLBnu30U
――第52話――



ものすごい速さで景色がスライドした。
タイヤが悲鳴を上げて、シノちゃんの操る軽自動車がドリフトする。
やっと停車した時には、オレもシゲさんも車体の外に飛び出していた。
駆け出した勢いそのままに、シホを担ぐ男の元へ向かおうとしたところで、黒のベンツが立ちはだかるように猛然と突っ込んできた。
危うく轢かれそうになり、コンクリートの地面を蹴って寸でで避けた。
勢い余って転がり、体勢を立て直そうとしているところにベンツから飛び出してきた黒い影が、すぐさまオレに向かって襲いかかってくる。
素早い動きだった。
ひゅっ!と風を切って繰り出された回し蹴り。
スウェーしてかろうじてかわしたが、わずかに届いた前髪が、チリ、と焦げた。

こいつは・・・。

(襲撃者のうち、ひとりは間違いなく手練れだ・・・。)

シゲさんのいっていた、あいつか?・・・。
全身黒ずくめの男は、じっとオレを見ていた。
奇襲に失敗したら今度は観察する気になったらしい。

やべ・・・。

闇雲に向かってくる相手なら得意の乱打戦に持ち込むことも可能だ。
だが、どうやらこいつにはそれが通用しそうにない。
じっとこちらを見据えて、食い散らかすタイミングを見計らっていた。
腕に自信があるから、自分の「間」で料理する機会を窺っているのだ。

この野郎・・・。

男からは、ひどく強烈なオーラが感じられた。
いわゆる「格」という奴だ。
修羅場は多く経験してきたが、こいつほど圧力のあるファイターは覚えがなかった。
奴は、じっとこちらを見据えている。
外灯の光りは届いているが、顔には暗い影ができて表情がよく見えない。

きっと笑ってんだろうよ・・・。
そんな気がした。
さて・・。

左手を前に突き出し、ゆったりと腰を落として構えた。
接近戦の基本姿勢。
左手はデコイ。
本命は右。

乗ってくれるかな?・・・。

久しぶりに感じた高揚感。
これほど背筋を震わせてくれた相手はシゲさん以来久しぶり。
目の前の男に、なぜかシゲさんと同じ匂いを感じていた。
じりっ、とにじり寄って、前に出ようとしたときだった。

「和磨ぁっっ!!!」

男の後ろでシゲさんが叫んだ。
オレが目の前にいるにもかかわらず、その声に反応して男が呆気なく振り返る。

「よう、いっちゃん、久しぶりだなぁ。」

「カズ!おとなしくこの場から立ち去れ!」

シゲさんが木刀を構える。

「なんだよ、久しぶりに会ったってのに、ずいぶんとつれねえじゃねえか。」

男は臆する様子もない。
シゲさんは冷静だった。

「タカ!シホのところに行け!」

あ、いけね、忘れてた。
慌ててベンツを飛び越え、オフロード車に向かう。
ドアは、まだ開いていた。
黒い車体に背中をもたれさせて地面に置かれていた白い肌。
なぜかシホは車の中に放り込まれていなかった。

「シホっ!」

慌てて駆け寄ろうとしたところで、目の前に立ちふさがったのは、さっきとは違う影。

まあ、そうなるわな・・。

「どけ・・・。」

いってみたが、相手に動じた様子はない。
ずいぶんと痩せた男だった。
年齢は、たぶんオレと同じくらい。
身長は向こうのほうが少しだけ低い。
ラッキー♪
なんて思ったのも束の間、にらんだ先で男がスーツの内側に手を入れていった。
抜き出した手のひらに握っていたのは、暗闇の中でも鋭い光りを放つナイフ。
すっと、がに股になって腰を落とした奴は、低い姿勢を保ちながらオレに向かって独特の構えをとった。

げっ!こいつナイフ使いかよ!?

持ち方で慣れているとすぐにわかった。
マン・トゥ・マンの格闘戦なら、おそらく地上最強はナイフ使いだ。
修練を極めたナイフ使いに適う奴はまずいない。
ただし、修練を極めたら、の話しだ。
互いにジリジリと摺り足で移動しながら、円を描くように対峙した。
描いた円はなかなか縮まらなかった。
ナイフ使いの前に迂闊に飛び込むなんざ、殺してくださいと言っているようなもんだ。
向こうが先に動くのを待っていた。
どんな格闘でも先手を取るのが基本だが、ことナイフ使いに関してだけは勝手が違う。
相手の動きを何手先まで読めるかが勝負の分かれ目になる。
こいつは左手にナイフを握っている。
胸の下に構えていた。
手の甲が上になっていた。
ってことは、利き腕じゃない。
こっちはブラフだ。
本命は右。
きっと途中で右手に持ち替える。
ってことは、オレよりも背が低いから、まずは下から入ってきて、左手はブラフだから、えーと・・・。
先に動いたのは向こう。
やっぱり下から入ってきたが、突いてきたのではなく、払うように横一線にナイフを走らせた。
入り方もうまかった。
左手に移動しながら、右と思わせて、そのまま左側から姿勢を低くして入ってきた。
流れるように入ってきたものだから、わずかに対処が遅れた。
大きく伸ばした奴の腕が、オレの腹をかすめていく。
そのまま返す刀で、反対に払ってくると思っていたオレの意表を突いて、奴は流れのままに、くるりとその場で一回転すると、今度は下から腕を伸ばしてナイフを縦に走らせた。
地面すれすれの位置から、驚くほど態勢を低くした奴のナイフが、一直線に真上に上がり、オレの鼻先をかすめていった。

あ、あっっぶねえええええぇぇ!!

たった2度だけの単調な攻撃で終わったから助かったものの、あれを連続でやられていたら、オレは間違いなく血塗れになって地面に転がっていただろう。
奴はなぜか単発で攻撃を終わらせると、わずかに間を開けてオレとの距離をとった。
間を詰めようと踏み出した瞬間、耳元を何かがかすめ、パン!と遅れて乾いた音が耳に届いた。

「ミノ!なにしてやがる!さっさとそいつを叩っ殺して女を連れてこい!」

オレに銃口を向けながら叫いていたのは、3人目の男。

やば・・・飛び道具まで出てきたよ・・。

ベンツのドアを楯にしながら、そいつはオレに銃を向けていた。

前門の狼、後門の虎とは、まさにこのこった。

「キェェェェェェエッッ!!!」

そのとき突然湧いた、けたたましい叫び。
大和撫子だろうが女の子だろうが、剣道の気合いはすさまじい。
腹の底から響くような掛け声とともに、だんっ!と一気に踏み込んだシノちゃんは、5メートルほどの距離を一瞬にしてゼロにしてしまい、3人目の男が持っていた銃を木刀で華麗に叩き落とした。

「タカさん!こっちはまかせて!」

うは♪惚れちゃいそう。
銃にもビビらず、毅然と立ち向かっていくあたりは、さすが春雷重丸の娘。

あいよ、と心の中で返事をして、視線を戻した瞬間だった。
いきなりオレの視界を塞いだ黒い影。
ナイフ使いが、目の前に立っていた。
目の前なんてもんじゃない。
まさに目と鼻の先。
オレの腹を押していたのは、奴の握るナイフの切っ先。

まずった!

視界から外したわけじゃない。ずっと目の端に捕らえてはいた。
意識が、ほんのわずかシノちゃんたちに向いてしまった。
そのほんのわずかの隙を、奴は見逃さなかったのだ。
一瞬覚悟した。

「タカぁ!!!!!」

そのとき、いきなり空から降ってきたコトリ。

なんだお前!
どっから湧いて出た!

救いの女神登場!!
しかし、ナイフ使いのほうがコトリの落下よりも一瞬早かった。
まったく動じる様子のなかったあの野郎。
トン、とバックステップしながら伸ばした右腕で、オレの胸を突いてきた。
やられた!

え?

オレの胸の上にコトリが落ちてくる。
体を真横にしたままで、その落ち方は、まさしくフライングボディアタック。

「おわっ!!!」

受け止めるのが精一杯で、思わずこけていた。

「大丈夫か、コトリ!?」

柔らかい体が腕の中。

「うん♪」

愛らしい笑みに思わずホッとするも、今は戦闘の真っ最中。
こんな所を襲われたらひとたまりもない。
コトリを腕に抱えたまま、視線を周囲に走らせた。
意外なことに、ナイフ使いは、こちらの様子を遠巻きに眺めていただけだった。

「ママ!!!」

ナイフ使いの後ろで意識を失っているシホにコトリが気付いた。
ナイフ使いに気を取られていたオレは、一瞬反応が遅れて、コトリを腕から離してしまった。

「コトリ!」

シホの身体は、ナイフ使いの真後ろにあった。
そのシホに向かってコトリが一直線に走っていく。
急いで掴まえようとしたところに、また何かが降ってきた。

「どはっ!」

「ごふっ!」

どすん、ばすんと、地響きでも起こしそうな、いかにも重たげに落ちてきたのは大男がふたり。
下敷きになりそうになり、転がりながら慌てて避けた。
ふたりは、ごろごろと転がって着地するや、すかさず態勢を整えて四方へと目を走らせる。
図体がでかい割に身のこなしはよかった。
コトリを見つけて大男のひとりが叫んだ。

「このガキぃ!!!」

どうやら、こいつらも奴らの仲間らしい。
コトリは、ナイフ使いの横を呆気なくすり抜けていた。
奴は、余裕しゃくしゃくでポケットに両手を突っ込んだまま、コトリには見向きもしなかった。

「お前らの相手はこっちだ!」

大男たちがコトリを追いかけようとするのを慌てて止めた。
奴らがオレに気付いて振り返る。

はは・・こりゃ、やべえな。

オレの前には、ナイフ使いと大男がふたり。
ちらりと後ろの様子を確かめると、シノちゃんは銃を向けていた男と格闘中。
今度は銃の替わりにナイフを手にしていた第3の男。
意外と動きがスムーズで、シノちゃんも少し苦労してる。
あの野郎、なかなかやるじゃねえか。
シゲさんもオレが最初に闘った相手とにらみ合いを続けていた。
ふたりに助けを求めることはできそうにない。

1対3かよ・・・。

状況を把握したのか、大男ふたりは狙いをオレに切り替えたようだった。
オレを挟むように、ふたりが左右に移動しながら広がっていく。
その隙間に入ってきたナイフ使い。

やばいどころじゃないんですけど・・。

手ぶらの相手なら3人でもなんとかなる。
だが、一人はナイフ使いだ。
あの野郎に攻撃参加されたら、まず防ぎきれない。
あいつ等の向こうで「ママ!ママ!」とコトリが必死にシホを呼んでいた。
泣き出しそうな声が、いじらしかった。

しゃあねえな・・・。

守ってやると心に決めた。

こりゃ、マジで命落とすかもしれねえな・・。

でも、かまわない。
あいつ等のいない世界のほうが、オレには辛い。

ゆっくりと大きく息を吐き出した。
静かに腰を落として、意識を集中しながら左手を前へと大きく突き出す。
丹田に気を込めて、手足へと送る。
こっからはマジの本気モード!
ありゃ、かぶったか?
どっちだっていい!!
一気に突っ込もうとした、その時だ。

突如オレの背後から飛び出してきたふたつの影。

新手か!?

飛び出した影は、オレの横をすり抜けると、そのまままっすぐ奴らに向かっていった。
ふたつの影がしなやかに跳躍する。
ひとりは右の大男。
もうひとりは、左の大男に対峙して、すぐさま攻撃を仕掛けていく。
くるり、くるりとオレの目の前で、ふたつの影が華麗に舞う。

誰だ?・・。

身のこなしは、まったく鮮やかなものだった。
おそらくどちらも格闘経験者。
それもかなりの腕前だ。
ふたりとも複数を相手にした近接戦闘に慣れていた。
大男たちに加勢しようとナイフ使いが割って入いろうとするが、ものともしない。
あの身のこなしはアマチュアじゃない。
間違いなくプロだ。

勢いに任せてオレも突っ込んだ。
背中を向けていた大男のひとりに、思いっきり跳び蹴りをぶちかます。
派手に大男がつんのめって地面に叩きつけられる。

「あんたら、誰だ!」

その大男と闘っていた影と、身を入れ替えて背中合わせに構えた。

「よう、坊や。ずいぶんと派手にやってるねぇ。楽しそうだから俺もまぜてもらいに来たよ。」

背中から聞こえたのは聞き覚えのない声。
振り向いた。

あ?

声に覚えはないが、その顔には見覚えがある。
もみ上げからあごまで伸ばした厳ついひげ面。
その顔は・・・。

お隣の陸上自衛官さん!!

そこに割って入ってきたもうひとつの影。

「早く彼女とコトリちゃんを確保しよう。」

冷静沈着な声。
きりりと絞まった端正な顔。
あ、あなたは・・・。

2階の海上保安官さん!?

「な、なんでふたりが?・・・。」

3人で背中合わせに構えてた。

「話しは後々。重丸さんも苦労してるようだから、早めにこっちを片付けちまおうぜ。」

言ったのは、陸上さん。

「やっかいなのが一人いるみたいだから、取りあえずゴリラのほうを先に倒そう。僕は左のほうに行くよ。あとはふたりにお任せする。ナイフ持ってる奴には気を付けて。」

すぐさま海上さんが突進していった。

「じゃあ、坊やにはナイフ野郎の牽制でもしてもらおうかな。無茶はしなくていいからな。玉砕なんて流行らねえんだから、カッコつけんなよ。注意を惹きつけるだけでいいからな!」

言うが早いか、陸上さんがゴリラ2に向かって突っ込んでいく。
なんで、あのふたりが・・・?


15/07/20 11:53 (J7HnzD8A)
4
投稿者: タカ ◆mqLBnu30U
――第53話――



「相変わらず、腕は落ちてねえな、いっちゃん・・。」

まったく動じた様子もなく、重丸の目の前に立ちはだかっていた黒ずくめの男。

「はあ、はあ・・・・。」

重丸の吐く息が荒い。
目の前に立ちはだかる和磨を鋭い眼光で睨みつけていた。
気合いは十分だったが、正面に構えた木刀の先が小刻みにブレて止まらなかった。

「嬉しいぜ、いっちゃん、昔のままでよ・・・。」

「はあ、はあ、お前は・・だいぶ変わったがな・・・。」

いいや、こいつこそ昔のままだ・・・。
昔のままどころか、さらに進化して完全な化け物になりつつある・・・。

「おう、そうかい。まあ、いっちゃんも昔はダチを売るような奴じゃなかったからな、お互いに変わったってことで痛み分けにしとこうぜ。」

「はあ、はあ、そうか、それはありがたいことだ・・・。だったら、このままおとなしく青森へ帰れ・・。」

くそ・・・たった一太刀さえも、入れることができないとは・・・。

「そりゃあ、無理だ。ツグミはきっちり連れて帰る。保護者が子供を引き取りに来ただけだ。なにもそんなにムキになるこたぁねえだろう?」

「保護者だと?貴様、どの面さげて言ってるつもりだ?シホは・・・シホは絶対に渡さんぞ!」

命に代えても守ってやると約束した。

「ああん?しほ?誰だそりゃ?・・・・ああ、確かいっちゃんの娘にもうひとり、そんなのがいたっけな。行方不明になったんだっけ?・・・・なんだ、そういうことか・・・。」

なぜ、志帆のことを?・・・。

「貴様、なぜ志帆のことを知っている!?」

志帆が行方不明になったことは、こいつに話していない。

「決まってんだろ?」

重丸の目の前で、残忍なほどにやけていった顔。
唇の端を大きく吊り上がらせた。
そこに立っていたのは、まさしく人間の皮を被った悪魔。

「うちにいたからだよ。」

勝ち誇ったように笑っていた。

「き、貴様ぁ・・・。」

薄々予感はしていた。
あまりに出来過ぎていた志帆とツグミの酷似。
ツグミは、知らぬ存ぜぬと首を振るばかりで、いまだに教えてはくれない。
だが、話が出来すぎている。
同じ名前、同じ誕生日、そして、マグダラのマリア。
キリスト教徒でもマグダラのマリアの聖名祝日を知るものは少ない。
ツグミは間違いなくなにかを知り、そして、それを隠している。
だからこそ、ツグミに固執したのだ。

「貴様!俺の娘をどうしたぁっ!!!」

日の当たる場所に出ることのなかったツグミが志帆を知っている。
それは、つまり志帆が同じ境遇に置かれていた可能性を示唆している。
ツグミは、かたくなに知らないと言い続けた。
そんなはずはないのだ。
彼女は確かに娘に会っていたはずなのだ。
だが、それを認めようとしなかった。
和磨の支配下から逃れてもなおだ。
それはつまり、話したくとも話せない状況にあったということだ。
ツグミの表情を見ていてわかった。
つまりは、そういうことなのだ。

「貴様・・・いったい・・・いったい、俺の娘になにをしたんだっ!!!!」

しかし、だからといって割り切れるはずがない。
怒りは頂点に達していた。

「おいおい、勘違いすんな・・・。」

勘違いだと?・・。
にやけた顔が許せなかった。
そこにいたのは、俺の知っているカズじゃない。

「貴様・・・殺してやる・・・。」

気が付けば地面を蹴っていた。
殺す勢いで、突きに出た。
何が何でも吐かせるつもりだった。

「おっとっ!!!」

だが、冷静さを失った剣に正確さはなかった。

「惜しかったな。あと5歳若けりゃ、入ってたかもしれねえな。」

ズボンのポケットに両手を突っ込みながら悠然と構える和磨に、慌てる素振りは微塵もない。

「はあ、はあ・・・志帆は・・・志帆はどこにいる・・。」

嘲りや皮肉など、どうでもいい。
重丸の脳裏には幻の娘の所在、その一点しかない。
和磨は答えない。
傲然と佇みながら、嘲るような表情で重丸を眺めているだけだ。

「答えろ!!和磨ぁぁぁっ!!!」

血液が沸騰している。
沸騰しすぎて網膜が赤く染まり、見るものすべてが血に塗れているような気さえする。
重丸の叫びに、和磨が、しょうがねえな、といった顔をした。
表情は、にやついたままだった。
和磨には重丸の娘など、どうでもいいことだった。
だから、彼は無慈悲に答えることができた。

「もう、いねえよ・・・。」

あっけない答えだった。

「やっぱり・・・やっぱり、お前のところに居たのか?・・・。」

声が震えた。
声だけじゃなく、手足が震えた。
愛してやれなかった幻の娘が、まさか、かつての友の所にいたとは。
しかも、欲望の捌け口とするための道具とされていたとは。
きっと、そうなのだ。
ツグミがさせられていたのと同じ事を、和磨は、志帆にも強いたのに違いないのだ。
だから、ツグミは事実を伝えることができなかった・・・。

「いない、とは・・・いないとは、どういうことだ!?」

声は震えたままだった。
志帆は生きていた。
その事実だけで驚愕に値した。
生きていて欲しいとは望んだ。
だが、あまりにも情報が乏しすぎた。
生きている痕跡がなさ過ぎた。
あきらめたくはなかったが、あきらめざるを得ない状況がずっと続いていた。
だから、重丸は志帆をあきらめた。
しかし、あきらめることができたおかげで、ツグミを「志帆」として蘇らせることができた。
志帆は捜索願を出されていたが、「失踪宣告」はされていなかった。
つまり法的には、まだ生きていた。
居住の実態がなければ住民票は消えるが、死亡が確定しないかぎり戸籍は復活する。
ツグミと入れ替えることで志帆を蘇らせることは可能だった。
10歳ほどの歳の開きはあったが、女性の見た目ほど誤魔化しの効くものはない。
化粧をしてしまえば年齢など幾らでもごまかせる。
現にタカはまったく気付いていなかった。
戸籍さえ復活すれば、そこにコトリを紛れ込ませることは、役所勤めの重丸には造作もないことだった。
不正には違いないが、ひとを助けるための不正だった。
人の世は、ときとして悪が必要となることがある。
必要だからこそ、人類発祥から悪が消えたことは一度もないのだ。
重丸には重丸の価値観と倫理感があった。
そして、己の信じた価値観と倫理感に従い、ツグミを志帆として生き返らせた。
志帆が死んだとあきらめたからこそ、可能となった入れ替えであった。

「やっぱり・・・やっぱり志帆は、生きていたんだな!!!」

だが、志帆は生きていた。
そして、目の前の男が、その所在を知っている。

「いっちゃんよ・・、そんな死んでんだか生きてんだかわかんねえ娘よりも、もうひとり立派な娘がいるじゃねえか?欲かかねえで、そこで大立ち回りしてるお転婆娘だけで我慢しておけよ。なかなか立派な娘なんだろう?べっぴんさんだし、頭だっていい。市長さんに花束までくれてやることのできる娘なんて、そうそういねえぞ・・・。
そんないい娘がいるんだからよ・・・、欲かいて他人様の娘まで盗るんじゃねえよ・・・。」

「そんなことは聞いてない!志帆をどこにやったと聞いてるんだ!!!」

「しほ、しほって、うるせえんだよ。そんなに大事なら鎖に繋いで飼っとけ・・・。ああ、鎖に繋がれてたっけな・・・。もっとも、飼い主は俺じゃねえけどな・・・。」

「き、貴様ぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

怒りに我を忘れた。
まんまと和磨の挑発に乗せられた。
重丸は怒りにまかせたまま飛び込んでしまった。
上段からの面一線。
冷静さを失った男が、この肉体を凶器と化していた男に適うはずがなかった。

「ぐぅっ!!!」

和磨の拳が、がら空きになった脇腹に深々とめり込んでいた。
重丸のすぐ横に、和磨の顔があった。

「さっきのは撤回するわ・・・。老いたな・・・。こんな挑発に乗るとは・・・。」

顔色ひとつ変えず、耳元でささやいた。

「ぐはっ!!!」

一瞬で、意識を断ち切るほどの強い衝撃。
意識を切られなかったまでも、もはや、重丸に反撃する力はなかった。
その場に膝をついてくずおれそうになった。

「し、志帆は・・・志帆は・・・どこに・・いる?・・・・。」

執念が、重丸に膝を突かせなかった。
なんとか和磨にしがみついて昏倒することだけ免れた。
志帆に対する思いだけが重丸の意識を繋いでいた。
だが、そんな重丸に和磨は冷たい目を向ける。

「知らねえよ・・・。」

スーツを掴んでいた重丸の手を和磨が握った。
その手を引き剥がしただけで、いとも容易く重丸はその場に倒れた。
倒れた重丸を和磨は冷たい目で見おろしていた。
重丸に意識はなかった。
渾身の一撃だった。
和磨はしばし、その場に立ちつくした。
向こうでは、まだトリヤマたちが大立ち回りをやっている。
遠くからはサイレンの音も聞こえていた。
それは間違いなくこちらへと近づいている。
誰かが通報したらしい。
これだけ騒げば、通報もされる。
粛々とやるはずだったのが失敗した。
だが、襲撃そのものが失敗したわけじゃない。

やれやれ・・・。

和磨は、きびすを返した。
一歩踏み出して立ち止まる。
振り返った。
倒れる重丸を見つめた。
そこには昔となにも変わらない顔があった。

「心配すんな・・・生きてっからよ・・・。」

意識の切れた重丸に、その声が届いたかはわからない。


15/07/20 11:54 (J7HnzD8A)
5
投稿者: タカ ◆mqLBnu30U
第54話



陸上さんと海上さんが闘っている。
それぞれに相手をしていたのは、ゴリラ1とゴリラ2。
肉の鎧が分厚いせいか、ゴリラ1,2ともに、なかなか簡単に倒れない。
だが、海上さんも陸上さんも戦闘のプロだ。
うまい具合にゴリラ1,2をシホたちから遠ざけてくれた。
オレの前にいたのは、ナイフ使いだけ。
そのナイフ使いの後ろには、シホとコトリ。

「ママっ!ママっ!」

シホはまだ意識が戻らない。

さっさと起こせコトリっ!

こいつさえぶっ倒せば、シホたちを奪い返せる。
だが、そう簡単に行きそうにない。

「よう、ナイフ野郎・・。テメエ、いったいどういうつもりだ?」

簡単にいかないのは闘っていないからだ。

「テメエ、やる気がねえのか?」

さっきからずっと見合ったままだった。
互いに構えているが、距離が縮まらない。
押せば引いて、引けば押し返してくる。
そんな状況がずっと続いている。

なに考えてやがる?・・・。

ナイフ使いと闘ったことはほとんどなかった。
これだけ本格的な奴となると皆無だ。
それだけに、こいつの思考が読み取れない。
これが戦術なのだとすれば、迂闊には動けない。

「ママっ!!」

コトリが弾けた声を出した。
やっとシホが意識を取り戻したらしい。

「コ、コトリ?・・・コトリっ!!!」

目覚めたシホが、すぐさまコトリを抱きしめる。
大事な宝物を盗られまいとするような仕草だった。
何からなにまで似ているふたり。
わずかに輪郭が違うだけで双子のような顔をした似たもの母子。

なんでお前下着なんだ?

「シホ!そこを動くなっ!!」

シホの目がタカに向けられる。

「タカ・・くん?」

年下のくせに君付けしてんじゃねえよ。
いらん心配ばっかり掛けさせやがって。
明日からは「タカ様」って呼ばせてやる。
・・・・・・・・。
やめた。
コトリは絶対「バカ様」って言うに決まってる。

「いいかっ!!絶対にそこを動くんじゃねえぞ!!」

勝手に動き回られたら、こっちの算段が狂う。
取りあえず、どうにかして目の前のナイフ野郎を遠ざけなけりゃならない。
陸上さんからは、牽制だけでいいと言われたが、こっちもそれほどおとなしいわけじゃない。

取りあえず仕掛けてみっか?

一歩、前に出た。

あれ?

ナイフ野郎があっさり構えを解いた。
もうやめた、と言いたげに、無造作にナイフを内ポケットへと仕舞っていく。

「どういうつもりだ?」

「そろそろ潮時さ・・・。」

「潮時?・・。」

「耳、すましてみな・・・。」

ああ?

殺気を放っているときは気が付かなかったが、近くにサイレンの音が聞こえていた。
誰かが通報したのだ。

「お前、何もんだ?」

こいつはシホを奪いに来た襲撃者だ。
だが、他の奴らとは違う。
うすうす気付いていた。

「誰だっていいさ。」

ナイフ野郎は、いきなりきびすを返して無防備に背中を向けた。
ツカツカとシホたちのほうへ向かって歩き始めた。
ナイフ使いが近づいてきたのを見て、シホがコトリを奪われまいとするように抱え込んだ。
コトリは、歯を剥き出しにして、男を見上げながら威嚇するように唸っている。

お前、犬か?

「嬢ちゃん。悪いけど、そこ、どいてくれるかい?車、動かしてえんだ。」

ああ?

シホがコトリを抱いたまま、恐る恐る車を離れる。
離れたのを見届けて、ナイフ野郎は無造作にオフロード車に乗り込んだ。
オレは、すぐさまシホたちのところに駆け寄った。

「大丈夫か?」

見たところケガなどはしていないようだった。

「なに?あいつ?」

コトリが、シホの胸の中で怪訝そうな目を向ける。
まったくオレも同意。
コイツらは確かシホたちをさらいにきたはず。
ナイフ野郎の思考が、全然読めない。
シホの肩を抱き寄せて、ナイフ野郎の動きを追い続けた。
奴がオフロード車のエンジンに火を入れる。
重低音の爆音を轟かせ、2,3回エンジンの空吹かしをさせると、いきなりタイヤを空転させて、陸上さんたちと闘っているゴリラ1,2めがけてオフロード車を疾走させた。
4人の間に割り込むようにオフロード車が突っ込んでいく。
猛然と突っ込んできたマシンに驚いた4人がそれぞれの方向に飛び散った。
蹴散らすように疾駆したかと思ったら、オフロード車は一度も停まることなく勢いそのままに走り去ってしまった。
闇夜に灯る赤いテールランプが瞬く間に小さくなっていった。

なんだありゃ?

「大丈夫だったか?」

見送りながら、細い肩を引き寄せて、もう一度シホに訊ねた。

なんで下着姿なんだよ?

震えていた細い肩。
子供みたいなあどけない顔が、泣きそうな目でオレを見上げていた。

「うん・・・。」

緊張感から解き放たれてホッとしたのか、シホはコトリを腕に抱えたまま、倒れるように胸の中にもたれかかってきた。
受け止めて、抱きしめた。
本当に細い身体だった。
剥き出しになっていた華奢な肩が痛々しかった。
こいつの過去なんか関係ない。
震えている背中を腕の中に包み込んで、素直にそう思った。
オフロード車が突っ込んだことで一時的な狂乱は治まったが、戦闘はまだ続いていた。
ベンツのそばでは、第3の男と闘っているシノちゃんが苦労している。
木刀を構えるシノちゃんの腕を持ってしても叩き伏せることができないとは、あいつもかなりの手練れらしい。

「いいか、ここを動くなよ。」

「タカくん・・・。」

不安そうな目が見上げていた。
つぶらな大きな瞳が、行かないでくれ、と訴えていた。

「大丈夫だ。お前らは必ずオレが守る。」

シホの頬を手にとった。
自分でも意外だったが衝動は抑えられなかった。
コトリが見ていてもかまわなかった。
シホに口付けた。
重ねた唇を離すと、潤んだ瞳が見つめていた。
その瞳の中にあったのは、絶対的な信頼感。
もう一度、口付けた。

さてと・・・。

シホの腕の中でコトリが泣きそうな顔になっていた。
コトリの頬も手のひらにとった。

「お前はチューしてくんないの?」

笑いながらいってみた。
コトリの顔が、くしゃ、と歪んだ。
泣きながら身を乗り出してきたコトリは、細い腕を伸ばして、縋るように首にしがみついてきた。
すぐに小さな唇を押しつけてきて、一生懸命キスをしてくれる。
シホよりもずっと長くキスをした。
しゃくり上げて、鼻水をすすりながらも唇を離そうとしないコトリが、可愛らしくて仕方なかった。

こんないいもん、誰がひとにやるかよ・・・。
つか・・・。
いい加減、離れろ!

いつまでもやめようとしないコトリを無理に引っぺがして、ふたりを見た。

「いいか?ここから、絶対に動くなよ・・・。」

オレに向けられていたのは、信頼の眼差し。
わずかに輪郭が違うだけの双子のようなふたりが、オレを見つめながらゆっくりと顔を頷かせた。
よしよし、あとでたっぷり可愛がってやっからな。
いよいよ今夜から始まる親子丼。
満足の笑みを浮かべて、ふたりに背を向けた。

よっしゃ!エネルギー充填完了!!

どっちから加勢に行く?
ベンツの手前では、第3の男とシノちゃん。
左手のアパート前では、ゴリラ1,2と闘う陸上さんと海上さん。

あれ?

そういえば、シゲさんの姿が見えないことに気がついた。
どこにもシゲさんの姿がない。
目をこらして薄闇の中を探した。
シノちゃんの軽自動車の向こう側にうつ伏せに倒れる人影を瞳が捉えた。

あれは・・?
シ、シゲさんっ!!

間違いない、あのスーツはシゲさんだ!
やられたのか!?
慌てて駆け寄ろうとした、そのときだ。

「きゃあああっ!」

突如、背中から湧いた鋭い悲鳴。

「シホっ!!」

慌てて振り返ると、シホが黒ずくめの男に髪を鷲掴みにされていた。

「よう、兄ちゃん・・・。見せつけてもらって申し訳ねえが、こいつは俺のもんなんだ。悪いけど、返してもらうぜ・・・。」

シホの髪を握ったまま、黒ずくめがいった。

こいつが、シホの・・・。

てめえがド変態オヤジか!と悪態をつきかけて、とっさにその声を呑んだ。
コトリの耳に入ったらやばい。
コトリは、シホの腕に抱かれたままだった。
あいつは何も知らない。
近親相姦の果てに生まれた子だなんてわかったら、コトリが傷つくことは必至。
じっ、と黒ずくめを睨めつけた。
黒ずくめは、羽交い締めにしたシホとコトリを盾にしながらジリジリと回って、ベンツのほうへと向かっていく。

あれで逃げる気か?

させるわけにはいかなかった。
ベンツの中に逃げ込まれたら終わる。
ナイフ野郎のときと同じように、爆音だけを残してあっという間に暗闇の彼方に消えてしまうことになる。
そうなったら手の打ちようがない。
何とかしなければ。
だが、格闘をやっているものならばわかるが、「格」という目に見えないオーラは確実に存在し、そして、黒ずくめの身にまとう強烈なオーラが、なかなかオレを容易に踏み込ませなかった。
張り詰めた空気が伝播したのか、シノちゃんと第3の男も、じっと互いを見合ったままで指先ひとつ動かさないでいる。
シノちゃんと第3の男は、ベンツの真後ろで対峙していた。

「シノちゃん、離れてろ・・・。」

どうにも正攻法では、うまくいきそうにない。
玉砕覚悟で突っ込むつもりだった。
乱打戦に持ち込むことができれば、勝機が見えるかもしれない。
しかし、何が起こるかわからないから、できるだけ人払いをしておきたかった。

「タカさん・・・大丈夫ですか?」

シノちゃんの声にも不安の色がある。
シノちゃんにも気配で黒ずくめの男がただ者でないと気付いたのだろう。

「わかんない。でも、やってみるしかなさそうだわ。」

「では、気をつけてください。」

シノちゃんの視線は、第3の男に向けられたままだった。
タカにいわれたとおり、ジリジリと下がりながら第3の男との間合いを広げていく。
タカの斜め後ろでは、陸上さんたちがゴリラどもと闘っていた。
圧倒はしてるが、まだ、とどめを刺すまでには至っていないらしい。
決め手を欠いて、泥沼化しているといったところだった。

「動くな、コトリ・・・。」

お転婆娘は、シホごと黒ずくめの男に抱きかかえられていた。
男の腕に、いまにも噛みつきそうな顔になっている。
目を見ればコトリの考えてることなんてすぐにわかる。
ヘタなことはさせたくなかった。
あいつに逆らえば、たとえ子供でも容赦はしない。
そう思わせるだけの冷酷な眼差しが、タカに向けられている。
大きく息を吐いて、腰を落とした。
最初の跳躍にすべてを掛ける。
その一歩で奴との勝負が決まる。
いつの間にか、背中にびっしょりと汗をかいていた。
覚悟を決めたものの、なかなか、その一歩が踏み出せない。
恐ろしいのではなく、奴にまったく隙がないのだ。

しょうがねえ・・・。
一か八か・・・行ってみるかっ!!

覚悟を決めた、その瞬間だった。
意外な方向から刺客が放たれた。
シノちゃんと対峙していたはずの第3の男が顔も向けず、唐突に腕だけを振って、それまでシノちゃんに向けていたナイフをオレに向かって投げたのだ。
気配を読まれて、先手を打たれた。
当てずっぽうの割には狙いは正確だった。
ナイフの切っ先がまっすぐに、こっちへと向かって飛んできた。

「くっ!」

上体を反らして、とっさに後方へと飛んだ。
鼻先をナイフがかすめていった。

あ、あぶ!・・・。

体勢を崩して、その場に倒れ込んだ。
転倒した視界の先で、黒ずくめの男がシホたちをベンツの中に引きずり込もうとしているのが見えた。

やべっ!!

「きえぇぇぇぇぃっ!!!!」

慌てて立ち上がろうとしたところに、今度はシノちゃんの凄まじい気合いが夜空の下に響いた。
第3の男の手からエモノがなくなったと見るや、シノちゃんがここぞとばかりに襲いかかったのだ。
上段に構えた木刀で第3の男を叩きに出た。
予想していたのか、第3の男はアスファルトを強く蹴って後ろへ飛んだ。
だが、目の前の小娘の跳躍力を甘く見ていた。
第3の男が、とん、と地面にかかとをつけても、まだ娘は迫って飛んできた。
一気に間合いを詰められそうになり、第3の男は慌ててまた飛ぼうとした。
だが、焦った奴はバランスを崩して、後方によろけた。
たたらを踏んでよろけた先には、シホを車中に引きずり込もうとしていた黒ずくめがいた。
ふたりは激しく交錯して、黒ずくめの手から握っていたシホの髪が解き放たれた。

「逃げろっ!シホっ!!」

自由になったシホの姿が見えた。
タカは、声の限り叫んだ。
だが、次の瞬間、

え?

何が起こったのか、わからなかった。
ベンツの重々しいドアが閉められる。
黒ずくめの乗り込む後部座席のドアが閉められると、第3の男も運転席に飛び込んでいった。
間髪をおかずに耳をつんざくような爆音が夜空の下に轟いた。
壮絶なホイールスピンをかまして、白煙を巻き上げながらベンツが勢いよく走り出す。
タイヤを鋭く鳴らしながら走り去っていくベンツのテールランプが、あっという間に暗闇の向こうに消えた。
それを見送るだけで、呆然とその場に立ちつくすしかできなかった。

なぜだ?・・・どうして?・・・。

どんなに考えても、わからない。
コトリの泣く声が聞こえる。
シノちゃんに抱えられながら、アスファルトに膝を突いたコトリが、ベンツの消えた闇に向かって、ママ!ママ!と大きな声で泣いていた・・・。


15/07/20 11:55 (J7HnzD8A)
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