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1: 魔少年と熟れた女達4
投稿者:
鉄剣一
「ありがとうございました。じゃあ、失礼します」
高橋家の玄関ドアが静かに閉まり、鍵がガチャリと閉まる音が廊下に響いた。美咲のあの潤んだ瞳と、廊下にまで微かに漏れ出ていた生々しいにおいの余韻を感じながら、健太は自分の部屋があるフロアへと歩を進めた。 ちょうど自分の家のドアの前に立ち、ポケットから鍵を取り出したその瞬間だった。 チーン、と間の抜けた電子音を立てて、すぐ向こう側にあるエレベーターの扉が開いた。 中から姿を現したのは、高橋家の父親だった。どこか頼りなげに肩を落とし、見るからに痩せ細った体躯をスーツに包んだ男。彼はエレベーターを降りるなり、健太に視線を留め、疲れた顔に薄い笑みを浮かべて気さくに声をかけてきた。 「お、田中くん。今、大学から帰ったところ?」 「あ、高橋さん。お疲れ様です。はい、ちょっと学校で残って勉強していたので、遅くなっちゃいました」 健太は一瞬でいつもの「真面目で大人しい大学生」の仮面を貼り付け、爽やかに、そして気さくに返事をした。 「そうかぁ、偉いね。うちの陽斗も君みたいに育ってくれるといいんだけど。それじゃ、また」 「はい、失礼します」 男は小さく手を振ると、トボトボとした足取りで高橋家のほうへと歩いていく。健太はその情けない後ろ姿を見送りながら、自室のドアを開けて中に入った。ドアが閉まった瞬間、健太の口元は醜く、歪に吊り上がった。 (ククク……間抜けな男め。たった数分前まで、俺がお前の家で、お前の妻の無防備な胸元を見下ろし、下着の匂いを貪っていたとも知らずに……) 平然と自分に声をかけてきた男の無知さが、たまらなく滑稽だった。家主であるあの男は、自分の聖域がすでに汚され始めていることすら気づいていないのだ。胸の奥から湧き上がる冷酷な嘲笑を噛み締めながら、健太はカバンを床に放り出した。 暗い部屋の電気をつけ、キッチンへ向かう。冷蔵庫を開けても、あるのは加工食品とレトルトばかり。野菜のひとかけらもない、炭水化物と肉だけの簡単な食事を適当に用意し、テーブルについた。 行ぎ儀悪くスマートフォンを片手に持ち、箸を動かしながら、健太はAmazonのアプリを起動した。 検索窓に打ち込むのは、「隠しカメラ」「盗聴器」「広帯域受信機」。 鈴木の母親の件、そして今日高橋家で見つけた確かな手応え。それらが健太のブレーキを完全に壊していた。ターゲットの私生活を、その息遣いを、自室にいながらにして完全に掌握したいというどす黒い欲望が脳内を満たしていく。 自分を放置している父親からは、おそらく罪滅ぼしも含めた十分な仕送りが毎月振り込まれており、健太の口座にはかなりの余裕があった。 健太は画面を執拗にスクロールしながら、それぞれの家に仕掛けるのにふわさしいガジェットを厳選していった。条件は「できるだけ小さいもの」、そして作動中に「一切の光を発しないもの」。 数分間の検索の後、健太はこれ以上ない精密な道具を選び出した。 まずは、極小のレンズを持ち、暗視機能がありながらも赤外線の発光が目立たない監視カメラを1台。そして、壁のコンセントに差し込んであっても誰も疑うことのない、3つのコンセントを挿せる平べったい白のトリプルタップに偽装された高性能な盗聴器を6個。 監視カメラ1台とトリプルタップ型盗聴器3台は、あの美咲のいる高橋家へ。そして残りの盗聴器3台は、翔太の目を盗んで鈴木家に仕掛ける予定だ。さらに健太は、それらの盗聴器が発信する電波を自宅でしっかりとキャッチし、クリアな音声として聴くための専用の受信ガジェットも合わせてショッピングカートへと放り込んだ。 これだけあれば、二つの家庭の主要な部屋の音声は全て筒抜けになる。健太は迷うことなく購入確定のボタンをタップした。画面に表示された「注文が確定しました」の文字を見つめながら、健太は静かにほくそ笑んだ。 翌日、学校の昼休み。 廊下の窓際で、翔太がジュースを片手に健太の肩を叩いてきた。 「なぁ、田中。来週、また小テストあるじゃん? もしよかったら、今週末さ、またうちで一緒に勉強しない? 昨日のやつ、マジで助かったからさ」 願ってもない申し出だった。今週末なら、注文したガジェット一式も手元に届いているはずだ。健太は内心の歓喜を完全に押し殺し、少し困ったような、しかし嬉そうな表情を作って快諾した。 「うん、いいよ。僕で良ければ喜んで。……あ、でも、今週末ってお母さん家にいるの? 続けてお邪魔しちゃうと、迷惑じゃないかなと思って」 さりげなく、ごく自然な世間話を装って母親の在宅状況を探る。すると翔太は、何の疑いも持たずにバカのようにペラペラと喋り始めた。 「あー、お袋? 今週末はテニスのレッスンが入ってるから、俺たちが勉強してる時間はいないと思うぜ。っていうかさ、うちのお袋、最近親父とすげー仲悪くてさ。家にいてもずっとピリピリしてて、居心地悪いんだよな。親父がまた細かい男でさぁ。そのストレスのせいか知らないけど、お袋、最近日中のキッチンで、親父に隠れてコソコソ酒飲んでるんだぜ? お酒弱いクセにさ。この前なんかさ、『香織!』って親父が呼んでも、ベロベロに酔っ払ってて全然気づかなくてさ。マジでウケるよな」 聞いてもいない家庭の不和や、父親に「香織」と呼ばれても気づかないほど依存的にキッチンドリンカーと化している母親の醜態まで、翔太は面白おかしく話し続ける。健太は「そっか、大変だね……」と神妙な面持ちで相槌を打ちながら、その情報を脳内のノートに冷酷に書き留めていた。 (香織、か。……あの優しそうな母親が、家庭内では冷え切った生活を送り、日中からアルコールに溺れかけているわけだ) 間抜けな友人から引き出した生々しい家族の弱みは、今週末の作戦にいくらでも利用できる。健太は翔太の無防備な笑顔を見ながら、胸の中で冷たい優越感に浸っていた。 その日の学校帰り。 夕闇が迫る橙色の街を歩いていた健太は、ふと、昨日陽斗を助けたあの小さな公園の横を通りかかった。 視線を向けると、そこには懲りずに陽斗が友達数人と一緒になって、大きな声を上げながら走り回って遊んでいる姿があった。 健太の鋭い目が、公園の隅にある木製のベンチを捉えた。 そこには、陽斗の青いランドセルが、友達のランドセルと共に乱雑に、無造作に放り出されていた。 (……これは、しめた) 健太の脳裏に、昨日の陽斗との会話が鮮明に蘇る。 『僕、自分の鍵でガチャって開けて入るんだよ! ほら、これ!』 健太は周囲を素早く見渡した。子供たちは完全に遊びに夢中になっており、こちらを振り返る様子は微塵もない。通りかかる大人もいなかった。 健太は歩調を緩めず、ごく自然な足取りでベンチの横をすれ違いざま、電光石火の手つきで動いた。 陽斗のランドセルのサイド、給食袋などを下げるフックに結わい付けられていた、見覚えのある小さなポーチ。その中に、あの鍵が入っている。健太はポーチの紐を片手で思い切り引きちぎるようにして、ポーチごと一瞬で我が物にし、そのままズボンのポケットへと滑り込ませた。ランドセルは、反動でベンチから転げ落ち、中身の筆箱やノートやプリントが無残にも散乱した。 何事もなかったかのように公園を通り過ぎ、少し離れた曲がり角で、健太はポケットの中の感触を確かめた。布越しに伝わる、確かな金属の硬い質感。高橋家の玄関を開けるための、本物の「鍵」だった。 (ククク……陽斗くん。これが無くなったと分かったら、あの美咲さんはどんな顔をするだろうな) 昨日、あれほど自分に感謝し、信頼しきった目で見ていた美咲。彼女が、息子の不注意によって大切な鍵が紛失したと知った時、陽斗に対してどれほどヒステリックに怒り狂うか、その光景が手に取るように目に浮かぶ。家庭内に生まれる新たな亀裂と混乱。 そして、その混乱の元凶である「鍵」が、今、自分の手の中にあるという事実。 健太はポケットの中で鍵を固く握り締め、誰もいない帰り道で、低く、邪悪な笑い声を漏らした。 -----------【お知らせ】----------- 執筆中ですが、イメージ画像付きで、これまでの全話は以下のサイトで見れます。 https://www.patreon.com/cw/kuroganenovel ----------------------------------
2026/06/26 18:34:54(g9cq0Fl9)
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