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1:美貌貴夫人と雇われ運転手8(Rev.)
投稿者:
kana
◆VGErEdY0Zk
美貌貴夫人と雇われ運転手7
美貌の千壽夫人を抱きかかえるようにして寄り添いつつ、その豊媚な臀部の弾けるような肉付きを腰に回した手のひらでそっと撫で確かめながら、夢見心地で一歩づつ踏みしめるように歩んだ雇われ運転手の蛭田は、"くぐつし"の館(やかた)正面の扉の前にようやくたどり着いた。 「ま、待って!蛭田……。もう目隠し頭巾は脱ぎます。」 「おくさま、館の前でございます。いますこし…‥。」 蛭田に支えられながら、しかし千壽夫人はもがくようにして片手で頭を包んだ頭巾袋を自ら引き剥(は)いだ。 「お、おくさま!」 「蛭田!これから"くぐつし"とやらと会うのです!こんな頭巾など…‥。」 蛭田の肩に寄りかかっていた貴夫人は全身の残っていた力を振り絞って蛭田の手を振り払うと、館扉の前で背筋を伸ばして両足をしっかりと踏ん張った。さすがに淑女として幼少より厳しく躾けられてきた貴夫人としての資質のたまものか、美貌貴夫人の思いがけない凛とした立姿に、蛭田は度肝をぬかれ茫然と夫人の背後で佇んでいた。 そのとき暗闇の中で静まり返っていた館の軒先天井の照明がいくつかぼっと点灯し、まもなく閉まっていた正面扉がおおきく軋む音を立てて左右にゆっくり開いた。 思わず身構える美貌貴夫人の目の前に小柄で貧相な白髪の老婆が立っていた。 「ぁ…‥あなたは…‥。」思いがけない老婆の出現に千壽夫人は一瞬戸惑った。 「訪ねてきたのは…‥あんたじゃ。わしを誰何(すいか)するとは…‥。」目の前の老婆がしわがれ声で言い放った。 「わ…わたくし…‥千壽と申しますが…‥。」 「おお……あなたが……、千壽おくさま……。 なんと……、噂にたがわぬ‥‥お美しいご婦人じゃのう。 いひひひ……お待ち申しておりましたぞえ。」 老婆がひそめていた眉を緩めて夫人の深夜の来訪を不気味な笑い声とともに迎えた。 「あ…‥あなたさまは?」思わず千壽夫人が問いかけた。 「わし…ですかな…‥?いひひひ…‥"くぐつし"の旦那の雇われ婆あ(ばばあ)…‥とでも…‥。」 「く…‥"くぐつし"の…‥!」 「さよう…‥で。」 「お、おばあさま、早速お尋ねしますが…、む!娘の京華は‥‥!京華はどこに?」 「お嬢さま……でございますか…‥おくさま。」 「ええ!ど、どこに…‥。い、いますぐ会わせてください!」 「う~~む。……‥それは…なんとも。 わしゃあ、雇われ婆あでなぁ。旦那さま……に、お伺いしませぬと‥‥。」 「その"くぐつし"と名乗るご主人、お名前は‥‥いったい‥‥。」すかさず千壽夫人が畳み掛けるように問いかけた。 「いひひひ……雇われ婆あのわしには……お答えいたしかねますわな。 ともかく、ここでは……。おくさま、まずは中へ……。」 そう雇われ婆あに促されて、両側に大きく開いた扉の中に足を踏み入れようとした美貌貴夫人は、次の瞬間再び足元のバランスを崩して片側の扉に思わず手をつき身を寄せるようにわが身を支えていた。 「ひ、蛭田、…‥手を貸しなさい。」 「は、……おくさま……。大丈夫でございますか。」 蛭田に再び手を取られながら、千壽夫人はよろけそうな足を慎重に踏みしめながら館(やかた)のなかに入った。 一瞬、夫人は館(やかた)と呼ばれるその空間に不可思議な印象をもった。正面入り口を入ると夜間の間引き照明が灯る薄暗いそこは、左右に大きく回り込んでゆく「回廊」になっており、その「回廊」に複数の両開き扉が整然と並んでいた。丁度美貌貴夫人の目の前の回廊中央の両扉が左右にひらいている。そしてその開いた扉の先にだだっ広い薄闇の空間が広がっているのが垣間見えた。その薄暗い空間の壁際に灯った小さな夜間非常灯の淡い光にかすかに浮かび上がってている情景に美貌貴夫人は思わず声を挙げた。 「まあ、…劇場……だわ!ここ!」 その薄暗い巨大空間の中央に円形とみられる張り出し舞台が……、そしてそれを囲むように並ぶ座席の連なりが薄暗闇にぼんやり浮かび上がっている。 「いひひひ……おくさま……ここは"くぐつ(傀儡)"の舞台でございますよ。」老婆が意味ありげに答える。 「まあ………"みせものごや"……って、ここのことだわ‥‥。」 「おくさま……ともかく舞台裏のお客間へ……どうぞ。」 老婆はそう言うと、貴夫人と蛭田を誘(いざな)って回廊を回りこんでゆく。どうやら劇場の客席空間は円形らしい。幕の落ちた正面舞台から客席中央の円形舞台が花道を介していわゆる張り出し舞台になっており、観客座席が整然と列をなしてそれをぐるっと取り囲んでいる。その"みせものごや"の構造は知る人ぞ知るものであった。 "でも…人形浄瑠璃‥‥の舞台にしては‥‥なぜ真ん中に丸い張り出し舞台があるのかしら?" 一瞬、美貌貴夫人はいままで見たこともない舞台の様子に漠然と疑問をもったが、先を行く老婆に、回り込んだ回廊突き当りの急な階段を降りるよう促され、ひとまずその疑問を胸の内に畳んだ。貴夫人は蛭田に手を取られながら、狭いその階段を下に向かって恐る恐る降り始めた。明らかに老婆は"みせものごや"の地下へ貴夫人を案内してゆくとみられる。 依然足腰のふらつく不安定な状態で、薄暗い裸照明が灯る急な階段を降りながら、ふつふつと沸き上がる不安に千壽夫人は思わず階段踊り場で手すりに身を寄せ立ち止まった。 「こんな地下に……娘がいるのですか?」 「"くぐつし"の客間が…‥ございます。まずは…‥そちらへ。」 「娘は…‥どこに…‥。」 「それは、おくさま…‥"くぐつ”の旦那さまにお会いになってから…‥。」 そう短く答えた老婆は目の前の急な地下階段を慣れたように下ってゆく。 美貌貴夫人の手を取り直した蛭田に、おもむろに促され、再び地下階段を降り始めた千壽夫人は、ふらつく危うい足元に神経をすり減らしながらも、唯々"くぐつし"との対峙の時を思って、全身を苛む不可思議な脱力感に耐え続けながら急な階段をようやく下り終えた。 しかし、案内されたそこは…‥客間とは到底思えない…‥だだっ広い地下の薄暗い大空間だった。 要所要所に天井から傘電球がぶら下がっており、深夜の地下空間に淡い光を灯している。そしてその空間には、高い天井壁近くに細長い天窓らしきものがあって、昼間はたぶんそこから日の光が入るのだろうと思われた。 薄暗い地下室空間の一角には、舞台で使われるものと思われる衝立や大道具が所狭しと立て掛けてあった。そしてその地下空間の中央には厚い絨毯が敷かれ、その上に深々とした革製の大きな長椅子ソファーベッドとくつろぎ椅子が数脚、楕円形の低い丸テーブルを囲んで置かれてあった。「客間」…‥とはどうやらここのことらしい。 その地下室の奥には巨大な舞台装置があり、みるものがみればそれが丁度その上の舞台中央への昇降台になっていることが容易に知れるはずであった。歌舞伎などで舞台中央の「奈落」から、せり上がり舞台に乗って超然と現れる、いわゆる「七代目の劇的な登場」などを可能にするあの昇降移動舞台装置である。もっとも当の千壽夫人はそんな装置の存在を知る由もない。 美貌貴夫人は老女に促されて地下空間中央の大きな革製長椅子ソファーベッドへ誘(いざな)われた。 「おくさま、コートをお預かりいたしましょうぞ。」 老女が夫人の肩先に手を伸ばそうとしたが、千壽夫人は瞬時に断っていた。 「いえ、…‥このままで結構です、おばばさま。」 もちろん、トレンチコートの内胸ポケットにはあの拳銃が潜ませてあるからである。 千壽夫人はいまだ戻らないからだの脱力感をかろうじて持ちこたえながら誘(いざな)われた長椅子ソファーベッドに崩れるように深々と腰を落とした。革製のソファーベッドはかなり使い込まれているのか、表面の厚い革面がにぶく光沢を放っている。背もたれは深々としてからだを沈めるとまるで抱かれたように心地よい。 「蛭田さん‥‥でしたか…‥良ければそちらのくつろぎ椅子に……お座りくだされ。 深夜のお出ましじゃて、さぞかしおつかれじゃろう。 目覚ましに粗茶でもお入れいたしましょうかの。」 老婆がだだっ広い地下室空間の一角にある湯沸場に消え、再び現れた時にはふたつのコップを載せたお盆を手にしていた。 「おくさま、とっておきのハーブティーじゃ、少々熱いのでお気をつけて……。」 そう言いながら、美しい陶器の茶碗を受け皿ごと美貌貴夫人の目の前に静かに置いた。そしてもうひとつの形の異なる大柄の珈琲カップを蛭田の前に置いた。 「蛭田さんには、引き立ての珈琲を…‥な。」 「"くぐつ"の旦那さまは間もなく参られるはずじゃで、いましばらくお待ちくだされ。」 老婆は軽く会釈しながらそういうと背を向けてゆっくり大空間の奥の闇に消えた。 刻々と時が過ぎたが、"くぐつし"の旦那とやらはなかなか現れない。 全身けだるい脱力感に苛まれつつ高まる緊張に美貌貴夫人はさすがに苛立ちを覚え、目の前の茶碗に手を伸ばしそれをを手にしてひとくち、ふたくち啜(すす)った。程よく冷め始めたハーブの香りのする茶の味わいがなぜか喉越しに快い。ハーブティーを味わう夫人につられ蛭田もおもむろに珈琲カップを手にした。 そのとき、大空間奥の小さな扉が開き、杖を突いた小柄な人物が現れた。その男の片目を黒い眼帯が覆っている。美貌貴夫人は思わずトレンチコートの胸内ポケットの拳銃を右手で抑え確かめながら、その人物に目を凝らした。年のころ四五十歳か、杖を突きながらも足取りは比較的しっかりしている。しかしよく見れば、そのおとこの片足は義足であった。 「千壽さま‥‥ですな、……夜更けにもかかわらず、わが"みせものごや"へようきなさったな。 わい(私)が、おくさまお目当ての‥‥"くぐつし(傀儡師)"ですわ。」 「あ…‥あなたが……。」 邪鬼のような恐ろしい人物を想定していた夫人は、目の前の安楽椅子にからだを沈めた小柄な初老のおとこの物静かな佇まいに一瞬戸惑った。そのおとこの片目の眼差しから、なにがしかの感情を読み取ることは困難であった。とにかくここは油断は禁物、あの恐ろしい文(ふみ)を寄こしたのは外ならぬこのおとこなのだわ!と千壽夫人は気を引き締めた。 「あなたですか、あの文(ふみ)を……。」 「さようで……。」 「文のとおり、わたくし参りました。 娘を……娘の京華をお渡しください‥…‥。」 「おくさま……まあ、そうせかされますな…‥。」 「いえ、いま、いますぐ娘と会わせてください。」 「まあまあ、そうおっしゃらず…‥。せっかく遠路お越しになったのやから…‥。」 「あ、あなた、わたしが女だからと…‥甘くみているのではないでしょうね。」 「さようなことは‥‥夢にも。 いや、それどころか、おくさま、思わず見とれてしまいましたわ。お噂にたがわぬ‥‥えれえ別嬪(べっぴん)でいらしゃる‥‥。」 「な、なにをおっしゃっているのです! あなたのご要請どおり、深夜にもかかわらず、こうして参ったのです。 お約束どおり、いますぐ娘をお返しください!」 「はて?‥…‥すぐにお返しするなどとは…‥ひとことも書いた記憶おまへんが…‥、おくさま。」 「な……なんですって!……。」 「おくさま、ここが"みせものごや"…‥ってのは、すでにご存じですわな。」 「…………‥。」 「実はですな、おくさま、ちいっとお伝えしにくいことでございますがな‥…………、 お嬢さまは…‥さる方より…‥法外な高値で買い取らせて頂いた…‥、言わば、わいの"こや"の大事(でえじ)な商品でしてな。」 「し…‥しょうひん…‥って、あ、あなた!」 「あ、いや…‥、商品じゃあ、失礼ですな。 つまり…‥、うちの"みせものごや”にとっては、近いうちに客寄せとなる"踊り子"の‥‥"卵"…‥ちゅうことですわ。」 「ええっ‼ お、踊り子の…、た、卵…‥って!」 「さでようす、あの美貌とみごとなお姿や。さすがに…‥別嬪おくさまのお嬢さまですな、おくさまにたがわずほんに魅力的なお姿の方で……。思いがけずも、ひさびさの"大入り満員"の興行がでけると喜んどりますんですわ。」 「な、なんということを…‥!」 「ところで、上の舞台…‥御覧にならはれましたか?…‥おくさま。」 「いったい、なにをおっしゃっているのですか!浄瑠璃の舞台に‥…お、踊り子などと。」 「いや、いや、そやあれへん。この"こや"はいまは浄瑠璃の舞台などではござんせんよ。 たしかに、先代の頃は…‥、わいも傀儡師の端くれでしてな、ここは人形浄瑠璃で賑わっておりましたが……。いまはあの頃と違うて…‥浄瑠璃はもう客も少のうなってもはやたいした金になりまへん。実のところ一時はつぶれかけまして……。で…‥、いろいろ思案の末、客席の中央に円形の張り出し舞台造りましてな。」 「………………。」 「さすがに、おくさまのような別世界の上流階級の方々には……ほとんどご縁あらしまへんわな、あの舞台は‥‥。 しかしですな、わいの"こや"、お陰さまで、いまではなじみのお客はんで結構繁盛してましてな。 というのも‥‥あの円形舞台ですがな、ひとめ御覧になった巷のおとこはん……、とくに色好みのお客はんやその筋の狒々爺(好色老人)の方々には思いのほか好評でございましてな、なにせどの客席からでも踊り子が手に取るようによう見えるちゅう……言わずもがなの舞台でございますわ。 ま…、単刀直入に申し上げれば…‥世にいう"ストリップの舞台"ですな。」 「す…‥ストリップ…‥!?」 「いわゆるおんなの‥‥"裸踊り"を見せるところ…‥ですわ。」 「ひぃ~ッ!」 「いや、さすがに、びっくりこかれましたか…‥。」 「あ、あなた……こ、こんなところに……む、娘を…‥!」 「おおっと、早合点なされますな、おくさま。 おくさまがお越しになるまで‥‥"大事(でえじ)に預からせていただいて"‥‥ってことばに、嘘はござんせんよ。」 「な、なにをいうのです!む、娘の縛られたむごい姿を……。」 「ああ…‥あの写真ですかいな…‥。確かに、お嬢さまをここへお連れした際には、致し方なく……。」 「あ…‥あなた、ゆ、許せないわ!」 千壽夫人は鉛のように重く宿った脱力感を怒りに任せてねじ伏せながら、トレンチコートの胸懐に潜ませた拳銃の握りを思わず掴み、向かいの椅子に深々と座った初老の片目おとこに向かって狙いを定めんとした。しかし思わず手にした懐中拳銃がなぜかずしりと重たい。しかも拳銃を握りしめた手に思うように力が入らず銃口が揺れ、思ったように狙いを定めることができない。しかもかようにひとに向かって拳銃の狙いをつけるなど、美貌貴夫人にとっては生まれて初めてであった。 「い、いますぐ、娘を返してください!」 美貌貴夫人は震える片手で握りしめた揺らつく拳銃に、すぐさま左手を添えて銃口の狙いの安定をなんとか図りながら向かいの片目の初老おとこに迫った。 「お!おくさま!」さすがに驚いた蛭田が椅子から飛び上がりそうになって声を挙げた。 「ひ、蛭田!座っていなさい!う、…‥動くと怪我をするわよ!」 そう言い放つも、全身を苛む言いようのない脱力感に両手で支えた拳銃はまだ震え揺れが止まらない。 「おくさま……、わい(私)をお撃ちなさるか……。その震えるお手で……。」 向かいに座った初老の片目の"くぐつし(傀儡師)"が、なんと、表情も変えず、静かに語り掛けた。 「あ、あなた……わたしを見くびらないで! 娘の為なら、ち…‥躊躇しないわ! さあ!はやく娘を!」 「こまりましたなぁ、おくさま。 さきほどお話申し上げたように、お嬢さまには多額の資金がかかっとります。この"こや"を営むものとしては、ただ拳銃で脅されただけで、"へえ、さでいすか"と安易にお引渡しできるようなことはでけませんのじゃ。」 「な、なにを、か、勝手なことを!娘を!いますぐ娘を返さないなら、本当に…、本当に撃ちますよ!」 「あなたに‥‥、わいが撃てますかな。」 「‥…………!」 「ええですか、おくさま……、わいはかって陸軍の一兵卒として南方の戦場におったんですわ。これ、このとおり片目、片足失のうて命からがら帰ってきたんやが…、砲弾飛び交う戦場で過ごした三年あまりはまるで地獄でござんしたよ。せやからなあ、もはや少々のことでは驚きもいたしませんわな。 お見掛けしたところ、おくさま、どうみてもあなたに人殺しはでけしまへんわ。なんとかその引き金を引きはったとしても…‥まあ、わいを傷つけることは……できるかも知れませんがな‥‥。 しかしですなあ、おくさま……、わいの身になにかあったとなれば、お嬢さまは‥‥それこそ無傷では済みませんが…‥。それでも、おやりになるちゅうのなら、どうぞ…‥。」 「あ……あなた……く、狂ってるわ。」 「さいですなあ、あの地獄の戦場を生き延びるには…‥正気ではあきまへんからなあ。」 「…………‥。」 さすがの美貌貴夫人も目の前の初老の"くぐつし(傀儡師)"の、ほとんど達観したような動じぬその姿に、驚きを通り越して啞然とし、まるで底知れぬ闇を見たようにただ茫然としたまま、拳銃を握りしめ支えていた両手の力がたちまち失せてゆくのを感じた。 「おくさま、せっかくお越しになったのや。ご相談には応じますさかい、まずその物騒なものを…‥テーブルの上に‥…。」 頼みの拳銃がほとんど無力なことを悟った千壽夫人は、肩を落とし力なく片目の初老傀儡師に語り掛けていた。 「く…"くぐつ"のご主人……。お願いです…‥、お願いですから……娘をかえして…‥。」 そういいながら、千壽夫人は力尽きたように両手で握りしめていた懐中拳銃を目の前のテーブルの上に手放した。 「む、‥‥娘にかかった資金…‥いかほどでなのしょうか。」 千壽夫人は万策尽きた思いで、縋(すが)るように"傀儡師"の片目の老人に問いかけていた。 「おくさま、たしかにお嬢さまにかけた金は半端な額じゃあござんせんよ。 しかしですな、いまとなっては、もはや金の問題ではございませんのですわ。お嬢さまは、いまやわいの"こや"にとって欠かせぬ、いわば"金の卵"でしてな。あの美貌と…‥あのおからだ…‥。これから巷の男どもを虜にするような"裸踊り"を…‥しっかり身につけていただいてですな、遠からずわいの"こや"一番の"看板踊り子”になってもらおうと思うとるんですわ。」 「は…‥裸踊り! は‥‥裸踊りって‥‥そ…‥そんな…‥酷(むご)い…‥。 お、お願いです。そんなひどいことを…‥む…‥娘にさせるのは…‥ど、どうか堪忍してください!」 「千壽おくさま……、堪忍して…と‥おっしゃってもですな、こればっかりは‥‥。 ほんの一週間前ですがな、ええおなごはんがおるちゅうので……、お嬢さまをひとめ拝見したんですわ。そのときわい(私)はまたとない幸運が舞い込んだと‥‥思いましてな。このおなごはんなら、いくら払ろうても…‥手に入れたい。お嬢さまをひとめ拝見したその瞬間から、"看板ストリッパー”としての艶(あで)やかなその舞台姿がたちまち彷彿として……ですな。いまやひたすら……わいはその夢の実現を‥‥。」 「そ…そんな…‥! あ、あなたは、ひ、酷いひとだわ。わたしへの文には、娘を返してほしければ…‥と認(したた)めておきながら…‥。」 「たしかに左様でしたな。で……、おくさま直々にこうしてお越しになった……。 そこで‥‥、あえて伺いますがな‥‥千壽おくさま。こうやって深夜にも拘らずお出ましになったちゅうことは、なんとしてでも……お嬢さまを助けたいと切にお思いなさったからでしょうな。」 「も、もちろんです。わたしの身に代えてでも…‥。」 「おお……そのお言葉に‥…偽りはありませんな?」 「………‥…‥。」 「おくさま、あんさんに文(ふみ)を送ったのは…‥つまるところ、おくさまのそのお言葉を期待したからですわ。」 「…‥…‥…‥。」 「実は‥‥、お嬢さまを……"看板踊り子"にするための"調教"を……いや、"訓練"をですな…そろそろ始めよう思うとったんですよ。ところが、ひょんなことからお母上であられる千壽おくさまの……なんというか……いわば,ストリップの"こや"主(ぬし)としての琴線に触れるような"お噂"を耳にしましてな。なんとしてでもひとめお会いしたいと思うた次第ですわ。」 「な、なにを…‥おっしゃっているのです。」 「さすがに、おくさまの"お噂"…‥お噂の通り‥‥、いや、いや、それ以上でございましたな、こうして直にお会いしますと……。お嬢さまもそれはそれはお美しい魅力的なお方ですがな、…千壽おくさまは…‥お嬢さまのういういしい美しさと違ごうて…‥、なんとも……ほれぼれするような‥‥みごとな"おからだ"をなさっていらっしゃる‥‥! なんというか……魅惑に満ち溢れた…‥"爛熟"の…美貌夫人っちゅうことばが‥‥ぴったりですな。」 「あ、あなた、な…‥なんという……は、破廉恥なことを‥‥!」 「いやいや、破廉恥なんかじゃあありまへんで、おくさま。 かような"こや"を営むものとして…‥数多くの踊り子の肌を見慣れた外ならぬ老傀儡師のわて(私)からの、お美しいおくさまへの最大限の賛辞でございますわな。 因みにそのトレンチコートの下に纏(まと)われておる、あなたさまの‥‥いつぞやの舞踏会での"深紅のイブニングドレス"のお姿‥‥巷ではそのときの零れるような色っぽいお姿‥‥、いまでも密やかな噂話になっておりますがな。」 「う…‥噂話‥……‼?」 「いや、いや、驚かれるのもごもっともやが……。 ご存じないやも知れませんが、その深紅のドレスのそのときの艶姿‥‥その舞踏会での美貌おくさまを密かに撮ったお写真も……実はその筋で手に入れることができましてな。こ、これが‥‥また‥‥…凄まじいばかりに色っぽい……。いや、なんですわ、こんなおなごはんがおるのか‥‥と思わず心奪われまして‥‥。さすがに、わい(私)もできればひとめ‥‥とおもいましてな。」 「な……なんということを……。」 「まあ、そんなわけで‥‥お越し頂いたということになりましょうか、千壽さま。 で、……さっそくですがな、そのトレンチコート…‥そろそろお脱ぎいただけんでしょうかなぁ。」 「あ、‥‥あなた……は、謀ったのね!」 「謀ったなどと‥人聞きの悪い…‥。おくさま、お嬢さまをお助けして…‥身代わりになられるという、いわばまたとない機会を‥‥。」 「あ、あなた……な!なんというひとなの。」 「いえいえ、深夜わざわざお越しになったおくさまの‥‥切なるご要望を‥‥是非とも叶えてさしあげたいとのささやかな思いですわ。ここはお嬢さまの身の安全と将来の解放を条件にさせていただいてですな、…‥千壽おくさま、是非とも"身代わり"として…‥わいのこの"こや"の‥‥"看板スター"におなりいただくわけにはいかんですかな。」 「い、いい加減にしてください‼ そ、そんなこと…‥で、できるはずありません…!」 「おくさま、…では先ほどのわが身に代えてでも…‥とおっしゃったのは‥‥ご冗談ってことですかな。」 「あ…‥あなたは…‥ひとの皮を被った狼だわ!」 「さようですか‥‥。いや、残念ですな‥‥。 おくさまほどの‥‥願うてもないほど舞台映えなさるに違いない魅力に溢れたお姿の方は‥‥なかなかおられんのですが‥……。まあ、そやけど、こればっかりはいくらなんでもご意思のないのに無理やりってわけにはいきまへんわな。 では‥‥、残念ですが……致し方ありまへん。 この話は‥‥なかったことに‥‥。 どうぞ、このままお帰りくだされて結構です、おくさま。」 「‥…………。」 「運転手の蛭田はん、‥‥おくさまをご自宅まで‥‥よろしゅう。」 「く、くぐつの旦那!そ…‥それはいかにも…‥。」思い掛けない展開に蛭田が思わず声を挙げた。 「蛭田はん、ええですか、当のおくさまのご理解いただけんとなれば、こればっかりはどうにもなりまへん。 帰り道、くれぐれもおくさまに"お目隠し"を‥‥忘れなく‥‥な。 さて、ほんなら、あすから‥‥お嬢さまの"ストリッパー調教"早速はじめさせてもらいますかな。」 そう言い放って片目の初老傀儡師は、杖を手にしてゆっくり安楽椅子から立ち上がった。 「ま!まって‼ 待ってください!傀儡のご主人!」 美貌貴夫人は思わず縋(すが)るように声をあげていた。 美貌貴夫人と雇われ運転手 「まだなにか?‥‥おくさま。」 美貌貴夫人はもはや逃れようのない陥穽に陥った自らの姿にいいようのない絶望を感じつつも、長椅子ソファーベッドに沈めたからだを両手で支えながら上体を起こし、目の前の片目の傀儡師に向かって思わず身を乗り出していた。耐え難き屈辱の為か、さすがにその声が震えている。 「み、みがわり‥…。 わ、わたくしが‥‥ み、身代わりに…‥。 そ、そのかわり…‥、必ず、必ず娘を……娘を…無傷で自由にしてください。」 「ほお~~‥‥。ええんですかな、ほんまにそれで‥‥。」 「………‥。」 「そいじゃあ…‥あんたのことばの証(あかし)をまず見せてくんなさらんか。」 「あかし…‥…。」 「わいの"こや"の"看板踊り子"になれるかどうか…‥まずはみせてもらわにゃあなりまへん。」 「……み、みせるって…‥いったい‥‥。」 「そうですな。まず、そのトレンチコートを脱いでいただかんと‥‥おくさま。」 「‥…………。」 このような下賤のおとこにからだつきを見られるという思ってもみない成り行きに、反射的に思わず俯く美貌貴夫人。俯きながら湧き上がる羞恥に薔薇色にそまってゆくその美しい瓜実顔を眺めながら、片目の傀儡師はその美貌貴夫人の思い掛けない初々しい恥じらいの姿にえもいえぬ魅力を感じ、初老ながらふつふつと湧き上がる新鮮な肉欲にそそられながら自らのその春情に驚いていた。 なんと、実に……ええおなごや。裸になる前から‥‥こんな恥じらいに頬を染める人妻だとは…! こりゃあ、想像以上の掘り出し物や。数え切れんほどおんなの裸身を見てきたが…‥"裸"にするのが‥‥かくも愉しみなおなご‥‥そうはおらんぞ。こんな熟れ盛りの清楚な淑女を‥‥わが手にして‥‥わいの"こや"の看板ストリッパーに仕込んでゆくなんざあ‥‥"踊り子傀儡師"としての冥利に尽きるわい。こりゃあ、なんとあってもものにせんといかんな、この美貌人妻! 片目の傀儡師は、恥じらいに身をよじらせるように向かいの長椅子ソファーベッドに身を沈め俯く美貌夫人に言葉巧みに詰め寄ってゆく。 「それにしても、いまそのコートの下に纏っていなさる舞踏会のイブニングドレス姿さえ……かようにお見せになるのを躊躇(ためら)われる……となると‥‥上の舞台での"踊り子"になるなど……どうみても無理ではないですかな、千壽おくさま。」 「‥…………。」 「いや、ええんですよ‥‥おくさま。無理にとはもうしまへん。わしやあ、狼でも鬼でもございません。とにかくお嬢さまのことをご心配なさってこられたんや。わいに構わず、どうかおくさまのお心のままに‥‥な。」 「‥‥‥‥ぬ、脱ぎます…‥…。ですから、娘を、娘を‥‥必ず解放するとお約束してください。」 「う~~む。約束‥‥な。ええですか、おくさま。誤解のないように‥‥申し上げますが、お嬢さまを解放するか否かは……、おくさまがお嬢さまの代わりを十分果たせるとわいが見定めたときでございますよ。万逸、おくさまが看板踊り子としての資質に疑念を生じるような事態になったときにはですな…‥、そのときには…‥当初予定しておった通りお嬢さまにその役目を果たしてもらいます。」 「そ…‥そんな!」 「ええですか、千壽さん、わては遊びでこの"こや"やっとるわけじゃあござんせん。"看板踊り子"はいわばこれからのこの"こや"の命運がかかっとります。あんたさんがあんじょう人気踊り子としてやっていかはるようになったら、お嬢さまは…‥もちろん即日解放させていただくつもりでございますよ。」 「…‥…‥。」 「ご心配にはおよびまへん。それまでお嬢さまにはお付きの女中をひとり添わせて‥‥なにご不自由無きよう大事(でえじ)に預からしてもらいますさかい。もちろん、そうなりゃ踊り子候補じゃあのうて、わいの"こや"お泊まりのお客はん待遇‥‥ですわ。」 「…‥…‥。」 「ほな、話はこれまでにして‥…、そろそろ……そのコート‥‥お脱ぎいただけまへんか。」 美貌貴夫人は革製ソファーベッドに身を預けたまま、目の前の片目の初老傀儡師の有無をいわせぬことばに、万策尽きたように全身から気力が失せてゆくのを感じた。ソファーベッドの深々とした背もたれに美しい瓜実顔を埋めるようにそらせて逃れがたい屈辱に思わず身を震わせる夫人の、その切れ長のやさしげな目頭から涙が溢れ美しい頬を濡らしてゆく。 "傀儡師って……踊り子をあやつる外道だったのだわ…‥。 しかも……か、看板踊り子‥‥なんて…‥、そのうちあの舞台で……裸にされて‥‥……。 こ…‥こんな下賤なおとこの意のままにされるなんて…‥と、とても耐えられない‥‥。" 清楚で淑やかな美貌貴夫人は底なし沼に沈みこんでゆくような深い絶望感に襲われながら、一瞬、記憶の底から蘇るかすかな光を見た。外ならぬ醍逢邸宅の私室丸テーブルの上に残してきた「老執事宛の短い走り書き」を…‥。 そうだわ。あの老執事に残した文(ふみ)…‥最後の命綱だわ。 この苦しみをじっと耐え忍べば…‥そのうちきっとわたしたちに助け舟がくるわ! そうよ!そうに違いないわ、千壽! それまで‥‥わたしにできることを‥‥必死でやることだわ。 それこそ、かけがえのない娘をしっかり守り通すために…‥! かすかな希望の灯(ともしび)を胸に、美貌貴夫人は深々と沈み込んでいた長椅子ソファベッドから最後の力を振り絞って身を起こし、ふらつきながらもゆっくり立ち上がった。 そして、驚く片目の傀儡師と雇われ運転手のその目の前ので、すくっと背を伸ばし胸をはった美貌貴夫人は涙に濡れたその瞳から、一瞬、思いがけない澄み切った輝きを見せて、全身を覆うように羽織っていたトレンチコートをそのやさしげな肩先からゆっくりと脱ぎ捨てた。
2026/04/10 19:59:55(vFFonh02)
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