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1:美貌貴婦人と雇われ運転手7
投稿者:
kana
◆ESCVVanDCU
美貌貴婦人と雇われ運転手6
"こうしているあいだに……あの娘(こ)は‥‥きっと酷い目に……。 とにかく、一刻も早く娘を救い出さねば……。" そう呟(つぶや)いた千壽夫人は、送られてきた便箋と写真を封筒ごと暖炉の上のオルゴールの小箱に入れると、ベッド脇の丸テーブルの上の私用便箋に老執事宛て短い走り書きを残した。 "数日してもわたしが帰宅しない場合は、暖炉上のオルゴール小箱の中の封筒を確かめるように"、と……。 そして流れるような艶やかな黒髪を後ろでポニーテイル状にしっかり結び終えたかと思うと、就寝用の薄絹の夜衣の上にそのまま全身を包む外出用トレンチコートを羽織った。そしてさらに慌ただしく執務机の鍵のかかった引き出しを引き開け、そこに仕舞われていた護身用の懐中拳銃と弾丸の入った小箱を机の上に取り出し、拳銃の弾倉を押し開いて弾丸を震える手でひとつづつ装填した。さすがに5つの弾丸を装填した懐中拳銃の重みに一瞬戸惑ったものの、すばやくそれをコートの懐中ポケットに忍ばせた美貌夫人は、邸宅の長い廊下を裏庭への勝手口に向かってすばやく移動していた。途中で女中部屋の前を無事通り過ぎたが、夜が更けたとはいえいつ召使らと遭遇するか知れず内心不安で胸がつぶれそうであった。 ようやく裏勝手口の扉を開け裏庭に出ると、ひんやりした夜風に思わずコートの襟元をひきしめながら、千壽夫人は蛭田の離れ小屋まで急ぎ足で駆け抜けていた。 薄暗い小道を抜け、蛭田の小屋の扉の前に立った美貌夫人は、その小屋の小窓からカーテン越しに光が漏れているのを確かめたあと、胸の動悸を静めようとその場で静かに瞼を閉じ、ひと息大きく深呼吸した。 "さあ、千壽……いくわよ。" 再び眼(まなこ)を開いた夫人は、震えそうになる拳(こぶし)をしっかり握りしめ、ゆっくり目の前の扉をノックした。 扉の向こうに人の気配がし、まもなくして扉がゆっくり開いた。 室内の明かりを背にした下着姿の蛭田がそこにいた。 「ぁ……。おくさま、どうなさいました。こんな夜更けに……。」 「蛭田……。あ、あなたに聞きたいことが……。とにかく、なにか上に羽織ってください。」 「ああ、失礼いたしました。しばしお待ちを…。」 まもなくして現れた蛭田は思いがけないことに運転手の制服を着衣していた。 「おくさま……、お出かけでごさいますね。」 「ぇッ!な、なぜ、それを……。」 「お待ち申しておりました。このような夜更けに……となれば、さてはお手紙受け取られたのでは……。」 「ひ……蛭田……。」 「このようなことあれば、おくさまをお連れするよう……かねてより承っております。」 「だ……だれからなの……それは!」 「だれ……とおっしゃられましても……ずいぶん前に運転手のわたくしに文が届いておりまして……。おくさまが、近いうちにわたしを直に訪ねてお越しになるはず。そのときには、速やかに さる場所までお送りするように……と。」 「だれなのですか、それを……。」 「よく存じません、おくさま。なにやら走り書きでしたためた文(ふみ)でございました。末尾に"くぐつし……"と。」 「まあ…!」 「ご存じでしたか‥‥"くぐつし"とやらを‥‥。」 「と、とんでもないわ、わたしもそのものから怪しげな文が…‥。」 「で……、おくさまへのその文(ふみ)には……いったいなにが…‥。」 「……………。」 「お嬢さまの……ことではございませんか、おくさま。」 「あ、あなた………なぜそれを……。」 「なにやら、お嬢さまの身にかかわるとか……わたくしにも。そして、とにかく急ぎおくさまをお連れするようにと‥‥。」 「ど、どこへなの……蛭田……。」 「いえ、それは申し上げられません……、おくさま。決して口外せぬように……との、異を言わせぬ文言で…ございました。」 「ひ、蛭田、お願い、その文(ふみ)を見せて!」 「あぁ………。申し訳ございません。読んだ後……すぐ焼き捨てろと……。」 「……………!」 「蛭田……あなた、どうして……その"くぐつし"とやらの言葉に従順なのです。あなたはわたくしども醍逢家にいま雇われているのではないですか。ましてやこのような得体の知れない人物の‥‥。」 「も、申し訳ございません。おくさま……。でも、お嬢さまの身の安全にかかわる…との恐ろしい文面で……。」 「……………。」 「どうなさいますか? あるいはどなたかにご相談を…‥。」 「だ、だめ。それは……できないわ。こうしているうちにも娘の身が…‥。」 「おくさま、やはり急がれたほうが…‥。」 「……………。」 しばし躊躇(ためら)いを覚えた一瞬のその逡巡を、このとき千壽は素早く自ら封じ込めた。 「蛭田…………、参りましょう。案内しなさい。」 「かしこまりました。すぐさま裏門の前にお車を。」 「ぁ……わたし、着替えてこなければ。コートの下は夜衣だわ。」 「おくさま、実は……わたしへの先ほどの文ですが、このようなときの用意に、おくさまのご衣裳を取りおいておくようにと……。」 「え……?」 「お嬢さまをお受け取りにでられる際には、いつやらの舞踏会でお召しになったあのご衣裳を……とありまして……、大変勝手なこととは思いましたが、奥女中から内緒であの深紅のドレスをお預かりいたしております……はい。」 「な、……なんという……!運転手の分際(ぶんざい)で………よくもまあ、そ、そんなことを………。 ひ、蛭田! こんな事態でなければ、ゆ、許しませんよ!」 「も、申し訳ございません……。」 「いい加減にしなさい! とにかくあの衣裳は……わたくしは着ません。いつもの普段着に着替えて……。」 「おくさま、それはできれば…およしになったほうが…‥。先様の意に添われなければ、……ど、どのようなことになるか‥‥。」 「な、なんですって!」 「はあ…・先様は‥‥、いえ、その‷くぐつし"とやらは、おくさまのあのドレス姿を……なんとしてでも……と。この期に及んでそのご意向に背くのは、いかがかと……。」 「ひ、蛭田……。」 「とにかくお急ぎになったほうが…‥おくさま。お嬢さまの身に……なにかあってからでは……取り返しが‥‥。」 蛭田はそそくさと部屋の奥に消えると、心得たようにあの深紅のイブニングドレスの入った衣裳包みを胸に抱えて現れた。 「だいじに仕舞わせていただいておりました、おくさま。」 「い……いくらなんでも…‥こ…‥こんなところで着替えれないわ。」 「ごもっともではございますが…、なにぶん急を要します。……むさくるしいところでございますが、おくさま。‥‥わたくしはお車を裏門にお回ししてお待ちいたしておりますので、その間に奥の部屋でお着換えを……。」 「……………。」 有無をいわせぬ態で蛭田は戸惑う千壽夫人の返事を待たず、すぐさま背を向けて車庫に向かって小走りに歩み去った。 「こ……困ったわ。ああ……このドレス…いやだわ。こんなところで……。」 そう思いながらも、胸に忍ばせた拳銃をコートの上からそっと確かめながら、もはや選択の余地はないと悟った千壽夫人はさらなる逡巡を再び封じた。そして衣装包みを抱いたまま急いで靴を脱ぎ、恐る恐る蛭田の四畳二間に入った。鈍い光を灯す裸電球がぶら下がるその部屋はなにやらおとこ臭い異臭が鼻をついたが、さすがにいまはそれどころではない。意を決した千壽夫人は素早くトレンチコートを脱ぎ、身に着けていた薄絹の夜衣を足元に脱ぎ捨てて、いわくつきの深紅のイブニングドレスを手に取り、思い出したくもないあの舞踏会の記憶の蘇ってくるのを振り払いながら、広げた深紅のドレスの中に両足を踏み入れようとした。 ぁ……わ、わたし……下着つけてないわ。 夫人は就寝のとき、薄絹の夜衣をそのまま素肌に纏い、ショーッはおろか下着を一切つけない習慣が身についていた。薄絹の夜衣の下は一糸まとわぬ裸身であった。 まあ……わたしとしたことが…どうかしてるわ。 ……でも……こうなったら仕方ないわ。このまま…このドレスを……着るしか……。 ぐずぐずしている時間はないわ、千壽。とにかく……夜衣より……ましだわ。 そう呟いた美貌貴婦人は、意を決したように足元の深紅のイブニングドレスに両足を素早く踏み入れ、大腿から腰周りに衣裳をひき上げ始めた。 肌に密着する衣装は着付けを手伝う奥女中不在のまま、熟れ盛りの美貌夫人の腰に張り付いてなかなか思ったように滑りあがらない。しかも姿見鏡のない四畳二間で密着ドレスの収まりぐあいを確かめるすべもない。しばし苦闘の末、ようやくむっちりした臀部回りに吸い付くように密着した衣装をどうにか腹部から胸にかけ覆い収め、両腕を素早く衣装袖に通して細い肩ひもを両肩に引っ掛け上半身の布を引き締めた。さらに深いV字状の切れ込みの入った衣裳胸元からはみ出さんばかりになっている豊かな乳房を胸布内側に乳暈の膨らみが隠れるように押込みなんとか収めながら整えた。こうして慌ただしく着付けを終えた美貌夫人は、急いで脱ぎ捨ててあった外出用トレンチコートを深紅のイブニングドレスの上にしっかり纏った。 身支度を整えた瞬間、思わずこみ上げてくる怒りに千壽夫人はコート胸元の懐中拳銃の握りを掴んでいた。"いざとなったら、これが‥‥頼りだわ。"くぐつし"の正体‥‥この手できっと見極めてやるわ……。"そう呟くと、先ほど脱ぎ捨てた薄絹の夜衣を拾って四畳二間の居間を抜け、慌ただしく靴を履き、トレンチコートの裾を翻して後も見ずに蛭田の小屋をあとにしていた。 美貌貴婦人と雇われ運転手 邸宅の裏門を出ると目の先に醍逢家愛用の外車が、淡い燈火のような車内電灯をともしたまま千壽夫人を待っていた。 車に近づきながら、運転席に蛭田の姿がないことに美貌夫人は一瞬不安を覚えたが、まもなく車の向こう側からやせ細ったひょろっとした人影がすぐに現れた。そしていつものように車の後部座席扉に手をかけ、おもむろに引き開きながら、「お待ち申しておりました、おくさま。」と蛭田が車内に夫人を誘導する。そして後部座席におさまった美貌夫人に向かっていつになく座席扉を開けたまま彼は語り掛けてきた。 「おくさま、……まことに申し上げにくいことなのですが、先様のご要請で……おくさまに……お目隠しをお願いいたしたいのですが……。」 「どういうこと?蛭田。」 「これからお連れする場所までの‥‥ほんの小一時間ばかり…でございます。どうかお嬢さまの身の安全をお考えになって‥‥あとはこの蛭田にお任せいただけないでしょうか。」 「目隠し……ってあなた、こんな夜更けに走る車がどこをゆくのかわかるはずないじゃないの。」 「おっしゃることはごもっともでございますが、途中に道路標識もございますれば……。 それになにより先様が……実はわたくし宛の文に添えて、密封した目隠し頭巾袋を送り付けて参っております。そして…‥お越しになる際にはそれを必ずと…‥。」 「まあ………。その意向に沿えば……間違いなく娘と会えるのでしょうね、蛭田。」 「はあ…そ、それは先様の…………。なにぶん運転手のわたくしには……なんとも……。」 「………………。」 「もし……娘と会えなかったら……蛭田。わたし……本当に許さないわよ。」 「はあ、……。」 美貌貴婦人は蛭田を𠮟って時間を浪費している場合ではないとすぐさま悟ってひとまず矛先を収めた。 「…‥…‥とにかく…‥わかりました。」 「はあ、申し訳ございません…‥。 お目隠しでございますが……、おくさま。……お座席前の雑誌入れの中に、黒い布袋のようなものが入ってごさいます。お車が走り出しましたら、どうかそのお目隠し頭巾の布袋を……お被りいただければ……。」 「……これ‥‥かしら…。」 「あ…、さようでございます。まことに申し訳ございません、おくさま。 では……、あとはお任せください‥‥。」 蛭田は後部座席の扉を静かに閉めると、車の前を回って運転席の扉を開き、いつものように前の座席に乗り込んで、おもむろにハンドルに方手を添え、もう一方の手でエンジンを始動させた。 乗り慣れた醍逢家愛用の外車から、ブウ~~~~~ンという心地よい起動音がいつものように立ち上がり、まもなく正面ライトが点灯すると、車がゆっくり静かに動きだした。 「あ…おくさま、それから…‥、左お座席のお足もとに、おくさまのハイヒールをご用意いたしております。いまお履きの日常靴では……お召しになっておりますイブニングドレスにはお似合いにならぬかと……。」 「………。こんなときに……よくもまあそんなことを、蛭田。わたしは……それどころではないわ。」 「申し訳ございません。おくさま。どうか…あまりお怒りになりませんように…。このようなときでございますから……、やはり……お仕えするわたしどもが十分な気配りを……させていただかねば……と。ましてやご主人さまはすでに遠い外地でごさいますから……。」 「……………………。」 砂利道を鈍い跳ねおとを立ててゆっくり走行する車の緩やかな振動を感じながら、千壽夫人はふつふつと沸き上がる不安と怒りに胸を苛まれながら、このような事態を招いた"くぐつし"なるものがいったいどのような人物なのか、しばし思いを巡らせていた。 "すくなくとも……このイブニングドレスを知っている……ということは、あの舞踏会にいた誰かに違いないわ。でも、あの深夜の舞踏会……軍人から外交官や下級兵士…それに外部の関係者も大勢いたわ。そのなかの…‥一体誰が……。それにしても……陸軍将校の妻である娘を拉致するような……大それたことをする人物なんて……。ま、まさか……。" 「ぁ…………おくさま、そろそろお目隠しを……。」 「もう…ですか……。仕方がないわね…………。」 千壽夫人は手にした黒い布頭巾の袋を広げおもむろに頭部顔面全体を覆った。 その瞬間であった。思いがけないことに一種独特の強い香りに鼻腔を襲われてさすがに千壽夫人は戸惑った。 ぁ……なに?これ………。なにか強い‥‥匂いが……。大丈夫かしら…‥? それにしても、なんの香り…‥かしら…‥。 あ…これ、そ‥‥そうだわ…‥。 「蛭田……この布頭巾……。"ラベンダー"のとても強い香りが…‥。」 「おくさま、その頭巾袋には……あらかじめ香料が……しみこませてあるそうでございます。 お好きな香りかどうか……この蛭田……少々不安でございましたが…‥。」 「ちょっと強いけれど…………でも、いい香りだわ……。どうして……このような……。」 「おくさま、ご不自由ではございましょうが……どうかそのまま……。おくさまのご不安なお心を少しでも安んじていただけるように……、先様のご配慮かと……。」 そう語り掛けると同時に蛭田がアクセルを踏んだと見えて、車の速度が急に早まり、乗り慣れたその車のゆったりした後部座席に身をゆだねた千壽夫人は、むせるような香ばしいラベンダーの香りに包まれたまま、たちまち深い座席クッションに沈んでゆく自らのからだの心地よい重みを感じながら、ようやく出発までの慌ただしくながい緊張のひとときからしばし解放され一息ついていた。 "どこへ……向かうのかしら……。坂道を下っている‥‥ということは、国道にでるのだわ、きっと。邸宅の丘をくだったかなり先の‥‥あの国道を……。右に回るか……あるいは………。" 愛用車の車中の人となって極度の緊張と不安がしばし和らぜいだせいか、加速しながら大きく左に回り込んでゆく車の行く先を漠然と推測しつつ、鼻腔を満たしてくる強いラベンダーの香りに思いがけずも癒されながら、千壽夫人はいつになく全身に気だるい脱力感が生まれてゆくのを感じていた。 疲れたのかしら……なんともいえないこの虚脱感……。 まもなく乗り慣れた愛用車の走行振動の心地よい揺れに身をゆだねながら、美貌夫人はうとうと微睡(まどろみ)始めていた。 美貌貴婦人と雇われ運転手 美貌貴婦人はほんのしばし気を抜いてほんの数分短いうたた寝をしたと思っていた。 はっと気がつくと、すでに車は停まっていた。 扉の開く音がして、蛭田の声掛けに思わず被っていた頭巾袋を千壽夫人は脱ごうとした。 「おくさま、お目隠し頭巾はしばしそのままで……どうかお願いいたします。」 「どうしたの、蛭田。車は停まって‥‥。」 「はい、目的地に着いております、おくさま。」 「ええっ……もうですか?」 「はい、おくさま……小一時間近く……走行中、おやすみになっておられたようで……。」 「えっ…‥!」 「深夜遅くの急なお出かけ……お疲れがでられたのではございませんでしょうか。」 「…………‥。」 「館(やかた)入口はすぐ目の前でございます。…ご案内いたします。 なにとぞ頭巾袋はそのままで…‥。 おくさま、どうかお手を…‥。」 「…………‥。」 千壽夫人は不覚にも熟睡してしまっていた自分に少なからず驚きを覚え当惑していた。 「このようなときに………わたしって……。」 目隠し頭巾を被ったまま美貌貴婦人は、蛭田に手を取られて扉の外に足を踏み出そうとした。 「ぁ……おくさま、ハイヒールを…‥。お願い致します。」 「なにをいうの、蛭田。目隠しのままでは……履き替えは無理だわ。」 「あ…おくさま、どうかそのままで、……ハイヒールをお手にお渡しいたしますから。」 「…………。」 手渡されたハイヒールをどうにか手探りで履き終えた千壽夫人はさすがに怒りを覚えたか思わず苦言を吐いていた。 「蛭田、目的地に着いたのならもう目隠しなど……!」 「申し訳ございません。今しばらく……今しばらく、どうかご辛抱を……。」 「……………。」 「どうかお手を……おくさま。」 そう促され蛭田に手を取られて車外に踏み出た瞬間、思いがけないことに美貌貴婦人はまるで腰が抜けたようにからだが沈みその場に崩れ込みそうになった。あわてて蛭田が美貌夫人の肩先を抱え込んだ。 「大丈夫ですか、おくさま。」 「あ……変だわ‥…‥。からだに…‥力が入らない…‥。」 「さすがにお疲れが出たのではございませんでしょうか、おくさま。 差し支えなければ、わたくしの肩に寄りかかって頂ければ……。」 千壽夫人は思いがけない全身の強い脱力感に当惑しつつ膨れ上がってくる言いようのない不安に思わず行動を躊躇していた。 「おくさま、大丈夫ですか。‥…‥お嬢さまは‥‥すぐそこの館におられると思いますが…‥。」 「ああ、京華‥…‥。」 ここまできたのよ。なんとしてでも京華に会わなければ…‥。 それにしても、この場に及んで‥…‥どうして…からだに力が入らないの‥…‥? 思いもしないからだの変調に強い戸惑いを覚えていたにもかかわらず、美貌貴婦人は助けを求める愛娘の面影に背を押されるように、そのまま運転手の肩に身をゆだねていた。 蛭田は美貌貴婦人の脇下にからだを入れ、いまにも崩れそうになる夫人の腰に手をまわしてそっと抱え、ぴったり寄り添いながら目の前の古びた館の正面扉に向かってゆっくり近づいた。 うう~~……。コート越しに…‥むっちりしたおくさまのおからだの感触が…‥なんとも た、たまらん…‥。ああ…‥ふくよかな乳房の膨らみが…‥触れてくる…‥。 頭巾袋にたっぷりしみこませた"ラベンダーの香りの媚薬"……思いのほか‥効いてきよったわ。 かねてより沼山さまから伺っておった色事師、あの"くぐつし"のことばに…‥偽りはなかった…‥。 小一時間近くラベンダーの香りの媚薬を吸い込んでおられたとなれば、この千壽おくさま…‥いまや全身の脱力感で……もはや逆らうことなどできまいて…‥。 いまにして思えば、あの色っぽいお写真眺めながら、このむっちりしたおからだ……思い浮かべ‥‥毎夜自らを慰めるしかなかった…‥しがない運転手のわしやが‥‥、ここへ来てようやく長年の夢がかなうのか! たかが雇われ運転手のわしなど‥‥畏れ多くてそれこそ触れることなど永遠に叶わぬはずの美貌おくさまの…‥この熟れ盛りのおからだ……。こうやってお腰をお抱えしておるだけで、夢にまで見た千壽おくさまのこの柔らかい肉づきが……、はや、獣(けもの)のような肉欲をわしのからだじゅうに滾らせてくる…‥。 おお…‥蛭田、もうすぐじゃわ! 抜けるような美貌とそのお美しいお姿に思わず我を忘れた…‥あのときから、忘れようにも、片時も忘れられず…‥悶々と過ごしてきたわしじゃ。他ならぬその千壽おくさまの……この熟れづいたおからだを、まもなく一糸まとわぬ素っ裸に剥きあげさせていただいて…‥たっぷり時間かけて……思う存分‥‥拝見させていただけることになろうとは…‥。こうなりゃ、……それこそ…‥尻の谷間の産毛まで‥じっくりと‥だなぁ‥。ぐふふふふ……。 美貌の千壽夫人を抱きかかえるようにして寄り添いつつ、その豊媚な臀部の弾けるような肉付きを腰に回した手のひらでそっと撫で確かめながら、夢見心地で一歩づつ踏みしめるように歩んだ雇われ運転手の蛭田は"くぐつし"の館(やかた)正面の扉の前にようやくたどり着いた。
2026/03/01 00:17:42(5LC9jrc7)
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