美也子の受難 １

　もう、１年半も前になりますか、とある整体マッサージに、彼女が治療に通いま
した。
リンパの流れを整える治療方法を謳う整体院だったそうです。

　教えられた場所には看板らしきものも無い、古びた長屋風の佇まい。
恐る恐る、呼び鈴らしきボタンを押すと、中から“子泣き爺”に諂笑（へつらい笑
い）を貼り付けた容貌の、高壮年外れとおぼしき男が出現！
紹介された旨を伝えると、室内に招き入れられ、“下着を全て取って”作務衣風治
療着に着替え、畳上に敷かれた万年床に横たわる指示を受けました。
他の患者など見当たらなく、受付などの従業員も居ない。ヤケに明るい天井照明
と、付けっ放しのＴＶ。狭い空間に3台ものストーブ、汗ばむ程に暖められた澱んだ
空気。足元に散らばるスポット照明を不可思議に眺め、引かれたカーレンの隅でオ
ロオロ着替える美也子・・
　
　改めてお伝えしますが、妄想、創り話の類ではなく、真話です。何故言い切れる
のかと申しますと、紹介者はワタクシなのです。我が身にマッサージを受けてはい
ません、人からの聞伝手で、犯されはしないが、とんでもない整体師がいると聞き
及び、名刺を貰っていたのです。
　今更なのです、一年半も話してはくれなかった。余程ショックが大きかったので
しょう。「私は、あのオジサンと寝たと思ってる。」彼女の言葉です。

　言われたとおり全ての下着を外し、素肌に作務衣風治療着を纏い、所在無げに座
り込む。
この後、行なわれるであろう治療に、不安から独りでに震える双肩を両手で抱き、
カーテンで仕切られた隔絶の空間に視線を走らせ、不穏な空気に悪寒すら覚える。
　「着替えたら、そこの布団に寝て。」布仕切りの向こうから、子泣き整体師の声
が掛かり、『えっ、どうして分かるの。布団で横になって無いのが。』カーテン越
しに影でも窺っていたのか、イキナリ、カーテンが音を発てて走る。
緞帳の幕開きは突然訪れ、諂笑を片頬にこびり付かせた整体師の手が身体に触れ
た。
撫で回す掌が、仰臥した全身に及ぶにつれ、頭をよぎる疑問。『問診？、しな
い？』
問診どころか、「オネエチャン、何処から来たの。誰の紹介。」割れた“こわね”
が耳に引っ掛かる。
震える唇で、「○○からです。紹介は、又聞きでよく分からないのです。」答える
美也子。
「誰かな、うち（院）を知ってる人はそんなに多くないはずだけど・・」
「力を抜いてユッタリして。」当人は愛想笑いの心算でも、歪んだ口元は笑いには
見得ず、不気味さに拍車がかかり胸乳で合わされた腕がコブシを握る。

　整体院とは名ばかりの密室で、万年布団に寝かされ、素肌に着込んだ、華奢な身
体に合わぬダブつき隙間だらけの治療着の上から、異様に太い腕に連なる無骨な掌
で、肩から腕、胸乳ワキ、腹部から脚へと撫で廻す。
美也子のキツク閉じた目には、研ぎ澄まされた触診感だけが伝わり、怯えの中に嫌
悪すら滲む。
短躯にしては、不似合いなほど大きな顔を眼前に寄せられた気配で、微かに開いた
瞳に、脂ぎった子泣き爺の面貌が迫る。
一瞬息を呑み込み、口唇を引き結びながら僅かにカブリを振り、拒絶の意思表示を
するも意に介さず、生臭い息と汚れた歯列を、ひび割れた口元から零れ出す整体
師。

　目を閉じれば不安が増大し、明ければ吐気をもよおす。自身が願う治療とはカケ
離れた状況に、逃げ出したい思いを見透かされたように、薄い皮膚をのせた骨盤を
両脇から握り、指先をツボに押し込む。
瞬時、下半身の感覚が無くなり、整体師の掌が恥骨を覆う。
「リンパの流れはココが要で、早道なんだょ。」「治療だからねぇ。」
いくら治療着の上からだと言っても、下は何も着けない無防備。天井から降り注ぐ
明る過ぎる灯光が、忌まわしき妖光と映る。
掌で恥骨を覆い、「みんなココで直るんだねぇ。」人ごとの物言いで、美也子の注
意を逸らし、微蠕動を始める掌から、邪まな熱が恥骨に浸潤し、そこだけが熱を持
ったように熱く、膨張感すら覚える。

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