思い返してみればオレはいつも貴子の背中を見ていたように思う。
外見にしても内面にしても貴子はいい女だった。　
短距離ランナーとして県下でも有名な選手であり、学業も極めて優秀だったが、背中まである髪を茶色く染めた上に、指輪やピアスなんかのアクセサリーをじゃらじゃら身に着けていて、いわゆる「優等生」では決してなかった。
要は自律や尊厳と言ったものに人並み以上の自覚を持っているのだろうが、そういう意識（即ち他人に決して媚びない強気な性格）が裏目に出たのか、はたまた極めて優れた美貌（１７０ｃｍ近くある身長や、抜群に均整の取れたプロポーション、そして何より貴族的な美しい顔立ち）が災いしたのか、クラスや部活動内では大なり小なり「浮いていた」のも事実だった。
とにかく彼女はオレが今まで出会ったどの女とも違っていた。もちろんオレが遊び半分で付き合ってきた多くの女とも違っていた。
いつかあの女の心を自分のものにする、と言う欲望が自分の中に湧き上がるのにそう時間はいらなかった。
それから幾度もオレは貴子にアタックしたが、成果は甚だ芳しいものではなかった。
今になって考えると、彼女はその性格からわかるように軽い男は大嫌いであるので、自分のように節操のない男が彼女の心に入り込めるわけもないのだが、「百人斬り」を自負していたオレの自尊心は痛く傷つき、やがて一つの黒い欲望がオレの中を支配していった。
すなわち心が無理なら貴子の体を支配する、と言う黒い欲望が。

それから数日間、十分な準備を整えたオレは意を決して貴子を放課後の教室に呼び出した。
果たして自分の呼び出しに応じるか不安だったが、約束の時間に教室に来てみると、律儀に教卓の前に立っていた。
メッシュの入った綺麗な茶髪に赤い夕日が反射して、それがいっそう貴子の美貌を際立たせていた。
「何の用？これから部活だから手早く用件を伝えてほしいんだけど」
「相変わらず冷たいねぇ～　何、一言伝えたいことがあるだけさ」
そこで一拍間をおいて、オレは話し始めた。
「オレ始めて貴子さんを見たときから、惚れちゃったんだ。だからもしよかったら付き合ってくれないかな」
貴子はちょっと驚いたように切れ長の目でオレの顔を見ると「悪いけどあんたみたいな男に、あたし興味ないから」と、日頃の貴子にない機械的な声でオレの告白に答えた。
何、この答えは予想通り。だから計画通り「あれ」を使うとしますか・・・
「じゃあ、これから部活だから、もう行くわよ」と、その言葉が終わるか終わらないかの内に貴子はオレに背を向け教室から出て行こうとした。
オレは貴子がオレに背を向けた瞬間あらかじめポケットに入れておいた錠剤を口にし、そして扉を開けようとする貴子を後ろから抱きすくめた。
そしてとっさのことで、反応できない貴子の唇に自分の唇を押し付けた。
貴子の唇は柔らかくそして瑞々しかった。今まで数え切れないくらいの女の唇を味わってきたが、これほどの感動を受けたことはなかった。
しばらく貴子の唇を味わった後、オレは口の中に入れておいた錠剤を舌を使って強引に彼女の口の中に押し入れた。
貴子も必死に抵抗していたが、ついには錠剤を飲み込んでしまった。
オレは貴子が錠剤を飲み込んだのを確認するとそこで抱擁を解いてやった。
貴子は床に床にひざを着き、苦しそうにむせていたが、その体勢のまま顔をこちらに向け「あんた、どういうつもり！！」と殺気立った怒鳴り声を上げた。
「何、ほんの遊び心さ！」オレがそう言って軽薄に笑うと、貴子は勢い立ち上がりオレの顔面に平手打ちをしようとした。
しかし、その平手打ちがオレの顔面に当たることはなかった。
貴子の手のひらがオレにあと数センチというところで、彼女の膝がガクリと折れ、そのまま貴子の体が床に崩れ落ちていった。
貴子に飲ませた錠剤、それは即効性の筋肉弛緩剤だった。しかも媚薬もかねている。
床に倒れ伏している貴子を見ると、自分の中のどす黒い欲望がどんどん大きくなっていく
「Ｉｔ’ｓ　ｓｈｏｗ　ｔｉｍｅ！！」そう楽しげにつぶやくオレの口元がかつてないほど醜悪に歪むのがはっきりとわかった。