私は、携帯を左手にいつになく胸がドキドキしていた。久美さんは出なかった。それから、待つこと小一時間、連絡が入った。私の携帯に田中久美の文字が。『田中です。ご無沙汰してます。お元気でしたか?』半年ぶりの久美さんの話し振りは、丁寧で、当たり前だがいかにも直樹の母親であった。『直樹から連絡があって、お母さんの様子を見に行ってほしいと言われまして』私は直樹のせいにすることで繕った。『いいんですか?就職したら何かと忙しいんでしょ』『大丈夫です。直樹と約束しましたから』また、直樹のせいにした。結局、次の日の土曜日に訪問することになったが、昼食と夕食の時間帯は避けて、4時に約束した。前の日の夜は、色々考え込んだりして寝付けなかった。直樹の家は、繁華街から車で20分程の新興住宅地にある。中学二年の時からだから約10年住んでいると、前に直樹が言っていた。私は、紺のスーツにネクタイで久美さんを訪ねた。