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1:ときには 薔薇の似合う 少女のように
投稿者:
masato.
◆jvBtlIEUc6
あのひとは いつもバタバタと足早にやってくる
建て付けの悪くなったとびらは ほんの少し力を入れないと開けにくくて いつも 大きな音を立てる ………… そろそろ三代に渡ろうかという老舗の店舗で 事務職を始めて はや10年余りが過ぎた なかなか気難しい社長と 気はいいけれど どこかなんとも噛み合わない奥さん 会社としては ブラックに他ならないとはわかってはいるけれど なんとか今までやってきた これまで 幾人ものひと達が 入社しては辞めていった 事務員の女性も おもてで販売を手掛ける男性達も… 結局 残ったのは あたしと古株のおじちゃんと 少し年下の男性スタッフだけ そんな小さな会社の 小さな店舗に 彼はふらりと現れたんだ… ………… かれはなんとも 男前だった なんというか 正統派の… それが初めて見た瞬間の第一印象で だからといって 既婚者のあたしには それ以上のなにかを考えることはないと 意識的に遮断した 社長の奥さんは よく喋る ぺらぺら ぺらぺらと 誰彼の話 きのう見たテレビの話 真実なんてわからないけど なんとも本人は よくわからないお節介すらも本気なようだ そんな奥さんの口からは いくらでも かれの情報が垂れ流される 結婚していて 子供が何人いて あたしには若く見えていたけど どうやらあたしと同い年で… いままで いろんな仕事をしていて どうやらそれも 中途半端ではなく それなりに実績もありそうな事も 日に日に働く かれの姿を見て 誰しもが感じていた いろんな仕事を経験しているとはいえ 商品への専門的な知識も必要になる仕事柄から 最初のうちこそ まさにブラックな応対で接していた社長すら 数ヶ月するうちには まるでかれを 腹心の部下にしたいかのような目で見始めていた 転機になったのは 古株のおじさんを原因とした お客さんとのトラブルを かれがあまりにもあっさりと解決した時だったように思う 経験と知識はあるものの どうも無責任なおじさんは いつも 時と場所を問わず 社長に怒鳴り散らされ なんともその事務所まで聞こえる声に あたしを含めて 従業員である立場の数名は 萎縮してしまったりしたものだったが どうやら かれは違ったらしい トラブルになっていたお客さんが来店した際 かれはひとりでお客さんに向かい そのまま店舗の外で静かに話した すべては後日談の奥さんの話でしかわからないが かれが社長へした解決後の報告と それを社長から聞いた奥さんの言葉から察するに かなり質の悪いトラブルに発展しかけるところだったようで それを何事も無かったように 他の誰も巻き込まず 数十分の会話で終わらせたかれに 特段の信頼感を抱いたようだ かれは 子供のようによく笑う 誰に対しても臆する事なく 真っ直ぐに向かい合う 事務所の中では 奥さんのする話の内容が かれ一色に染まっていって あの社長すらも愉しそうに聞いている ほんの少しずつだけど なにかが変わっていっていた きっと あたしのなかでさえも… ………… あたしは旦那さんと よく出掛ける ちょっとした買い物にでも 着いてきてくれる そんな彼が あたしは好きだし しあわせだって感じてもいた 不満な事だって もちろんあるけれど だからって離れたいなんて思ったりはしない 子供がいるからだからじゃなくて あたしはいまでも 彼が好きだと思ってる ………… かれと一緒に働きだして あれは何年目だっただろう… 古株のおじさんの音頭で 従業員だけで 新年会を理由にした食事会をした 当時 あたしともうひとりいた事務員の女性が 当日に都合が悪くなり もうひとりの年下の男性従業員も 家族絡みの理由で来れなくなった 結局 集まったのは おじさんと かれと 少し前に出した支店にいた20代の男の子 そして あたしだけだった あれは確か 土曜日の夕暮れ 職場からも近い この辺りでは大きなショッピングモールの駐車場で集合した あたしたちは いちばん大きな かれの車に乗り合わせて おじさんの予約したお店へと向かった あたしの隣には いちばん若い男の子 向かいの席には かれと おじさん 真向かいに座るかれに どこか照れ臭さを感じながら 当たり障りのない会話が続いていくなか ときどきこぼす かれのなんとも子供っぽい我が儘やしぐさに あたしは不思議な感覚のまま ますます かれを 直視できなくなっていた 何事もなく終わった食事会 集合場所の駐車場に戻って ほんの少しの談笑ののち それぞれ 帰路に着いていく おじさんが帰り 男の子が帰り… なぜか かれは最後まで帰らなかった 自分の車に乗り込んだ 運転席のあたしの隣に立ち なにか言いたそうな… 少し寂しそうな… そんな眼差しを あたしは横顔に感じていた あたしは 少し 言葉を失っていた気がする 自分の立場 かれの家庭 なにも言葉にならなかった かれも 言葉にしなかった あたしは そのまま車を走らせ かれを残して駐車場を出た… バックミラーに わずかに かれが浮かんでいた ………… あれから また数年 当たり前のように 毎日は過ぎていく 事務職のあたしは 午後には退社する ほぼ事務所にいるあたしと かれの接点はほとんど無くて ほんの数行の会話が 交わされるだけ… それが当たり前 なのに かれは 少しずつ あたしのこころに近づいて来る 狭い事務所で すれ違いざまに 身体が触れ合う 事務所のなかにある パソコンやファックスを使う為に 入って来ただけのはずなのに 柔らかな眼差しと 何気ないような言葉をひとつ 必ず あたしに置いていく 子供っぽい からかうような冗談を言うときも どこか照れ臭そうな表情を浮かべながら… バタバタと忙しそうに かれがしている また おじさんのフォローというか もはや尻拭いに動き回ってる 誰よりも勤続年数は短いのに それが出来るひとは 他にはいない 社長すら ひとりじゃ難しい緊急の対応を かれは手早く 仕入先や取引先と連携して処理をしていく そして 最後のひとおし すべての下準備 お膳立てをした上で 最終判断を社長へ委ねる 最近は特に 難しい仕事を かれに社長が頼む姿を 見ることが多くなった気がする あいつに任せとけば大丈夫だろう なんて言葉を いままで かれに対して以外で聞いた事がない ムードメーカーで 気難しいお客さんとも笑顔で会話をする姿を あたしは時々 事務所から出た際に 静かに遠くで見つめていた そんな かれが あたし以外に誰もいない事務所に来たとき 決まって溜め息をこぼしていく事に気付いてしまった ほんの少しだけ あたしが 他の人とは違うのかな… なんて あの日のかれの眼差しが あたしのなかに よみがえる 「北野姉を見て癒されよう」 ある日 かれが急に発した言葉に あたしは戸惑いを隠せなかった [北野 亜衣] 同じ歳なのに かれはあたしをそう呼ぶ そのときも 少し照れ臭そうに そんなことを言いながら あたしを直視できないでいた 同じようなことが起きた日 あたしは つい 言葉にしてしまった 「そんなこと言って ぜんぜん こっち見てないじゃん」 かれはちょっと困ったような顔をして 無理に笑い飛ばすように 事務所を出て行った なんとなく気まずいような お互いによそよそしいような そんな数日が続いたのち また かれがため息をこぼす
2022/04/24 00:39:44(H4wFeyy4)
投稿者:
masato.
◆jvBtlIEUc6
今日は特に深刻そうで なんとも言葉を掛けづらい 疲れた表情を浮かべている
それなのに かれはまた あたしに少し視線を投げて 無邪気な冗談を口にする あたしは心配だった… だけど それをうまく言葉に出来ずに 戸惑いながら こぼしてしまった言の葉は あたし自身を 戻れない場所へと連れ去った 「あたしで なんで… 癒されるの?」 かれは笑った ちょっと 驚いたような顔を ほんの一瞬だけしたけれど 嬉しそうな声色で さっきまでのため息が嘘のように あたしを柔らかく見つめて言った 「ひとの笑顔って なんか… 癒されません?」 あぁ… そういうことか… なぜか あたしは少し 悲しくなった なぜか… じゃない 理由はわかってる [あたしは… 特別じゃない…] ヤバいと思い とっさに浮かべてしまった その表情を隠そうとして かれから視線をそらした時 「おれ… 北野ねえの笑顔 好きなんですよ」 完全に油断した… その言葉を フィルタリングする理性は働いていなかった いい歳した既婚のおばさんが まるで… 「北野ねえ 可愛い…」 少女のように 真っ赤になってしまった あたしの顔を かれは 無邪気な男の子のような瞳で 見つめていた…
22/04/24 01:12
(H4wFeyy4)
投稿者:
ojaman95
続きをお願いします
22/04/24 04:49
(f46i4M4/)
投稿者:
masato.
◆jvBtlIEUc6
………… あたしは煙草のにおいが嫌いだ 彼も結婚する前から吸っていたけど あたしが嫌いな事をわかっているから 家のなかで吸うことはない 事務所を出て 裏口から外に出る 歩いて数分の距離の地方銀行へ 毎日 あたしは入金に出掛ける お客さんや業務の合間を縫って かれは裏口の外で 煙草に火を着ける あたしの嫌いな 煙草のにおい… その匂いが かれの居場所を あたしに教える… ………… あの日 かれの瞳に あたしは すべてを見透かされたように感じた 真っ赤に染まった顔も 呼吸をいくら飲み込んでも 鎮まらない鼓動も 子供のように真っ直ぐな かれの瞳に 照れ隠しの言い訳ひとつ 声にならなかった 電話が鳴り かれが受話器を取る ふたりきりの沈黙が終わる かれは颯爽と事務所を出て行く 残されたあたしは うつむいたまま… [助かった…] ほんとにそう思った もしも あのまま見つめられ… もしも そっと抱き締められていたら… もしも… きっと… あたしは… [助かった…?] 気付けば あたしは 自分の肩を 抱くように振れていた しばらくして事務所を出ると 裏口の方から 煙草の匂い [かれが あたしを呼んでいる…] ほんの少し くちびるを噛んで あたしは再び 事務所に戻る 忘れ物をした素振りを見せて ほんの少し タイミングをずらす 鼓動が また 高くなる…
22/04/24 22:52
(H4wFeyy4)
投稿者:
masato.
◆jvBtlIEUc6
………… あれから数日間 特に手間取る業務もなくて あたしは少し 早めの退社をしていた そうでなくても 社員の少ない会社 人手が足らなくならないように 表の男性陣たちは 順番にお昼休憩に入っていく かれが入社したばかりの頃は かれが1番最初にお昼を取っていた 新人から徐々に責任者へと 休憩の順番が流れるのが 暗黙の了解のようだった けれど いつしか かれが1番最後になっていて いまでは 先のふたりが揃った後 店内が落ち着いたのを確認してから かれが休憩に入るのが当たり前になっていた その為 遅いときには午後1時を過ぎて 2時を過ぎる事も 多々あった 月末も近付き あたしも顧客への請求書作成に追われ 久しぶりに少し遅い退社を迎える タイムカードを通し 小さなリュックを背負って事務所を出る 軽く挨拶をしながら 店内に目をやる かれの姿はなく あたしは裏口から会社を後にする 少し離れた場所にある広い空き地が 従業員の駐車場になっていて 見なれた 古いアパートの前を通り過ぎた時 あたしは 思わず振り向いた かれがいつも仕事中 腰に付けている数本の鍵 裏の倉庫や社用車 シャッターの鍵を ひとまとめにして 引っかけている かれが歩くたびに その鍵が揺れ その音もまた かれの存在を あたしに教える 振り向いた あたし 後ろから 離れた位置で あたしを見つめながら歩いていた かれ… 重なる視線… 振り向いたまま 歩みを止めてしまった あたしに かれは ゆっくり追い付いて 再び歩き出す あたしの歩幅に合わせて そっと静かに 車道側を並んで歩く 背の低いあたしの背中に そっと かれの右手が伸びるのを感じて あたしは少し 肩をこわばらせた 「これ なあに?」 ドキッとした… 肩を抱かれるのかと思った… かれは あたしのリュックに付いた ちょっと子供染みた人形を触りながら 背の低いあたしを 愛おしげに見下ろしていた 他愛ない会話が また あたしと かれを近付けた ……… かれは まだ あたしを好きだなんて言っていない あたしも 自分から かれに近付くことなんて出来ない なのに… こんなに かれを想うの… ただの勘違いかも知れない かれにとっては 極普通の触れあい方なのかも知れない あたしが勝手に ひとりで舞い上がって… なのに… なのに… かれの瞳が 言葉より深く あたしに刺さる あたしのなかで 響いてる 力仕事だってするくせに 綺麗なままの かれの手に あたしが自分から 触れてしまったのは かれと出逢って 5回目の 春の終わりの頃だった
22/04/25 00:19
(HMmC5pe8)
投稿者:
masato.
◆jvBtlIEUc6
背後でガラガラと大きな音をたてながら
事務所のとびらが開く 小さく鳴る鍵の音 ため息混じりの かれの息遣い 背中合わせの席に かれが座る ほんの少し 首筋に視線を感じながら あたしは振り返らずに かれをうかがう キーボードを叩く 優しい指先 しばらくの沈黙 小さな独り言 かれも また 振り返らずに 背中越しに あたしの名を呼ぶ 無言のままで 振り向くあたしを かれも背中で感じながら ぎこちない口調で あたしに甘える ほかのひと達はやらないのだけど かれだけは こうしてしばしば 商品のカタログや仕様 部品や詳細を 事務所のパソコンを使って検索しに来る わからないものを調べるなんて 当たり前の事だけど 問い合わせるにも まず手元に資料を置いて 知るべきポイントを整理し把握する 当たり前を当たり前に 都度 真摯に繰り返す姿にも あたしは 好意だけではない感情を抱いていた そんなかれが なかなか上手く 資料を切り出してプリント出来ずに あたしに甘えるように頼る時間が 誰にも言えない楽しみだった かれの肩越しに パソコンの画面を見る 説明を聞きながら かれの横顔を見つめる 椅子から乗り出して 右手を伸ばす 今日のあたしは どうかしていた… マウスに添えた かれの右手に わたしは それが 至極自然な行為であるかのように 必死で震える指先を 誤魔化しながら ふわりと 自らの手を重ねた… かれの指先が 一瞬… ピクリと跳ねる それでも かれも何事もないような顔で 右手とマウスを そのまま委ねる 鼓動が高鳴る… あたしも かれも 目の前の画面から 目を反らせなかった お互いの表情を 確かめたい衝動を 抑えながら 視線が重なる事を恐れた… わたしたちは 冷静を装いながら すぐそこにある くちびるの その柔らかさと 熱だけを想ってた…
22/04/29 00:01
(3hU1t/dl)
投稿者:
masato.
◆jvBtlIEUc6
……… 事務所の奥に 2階へと続く もうひとつのドアがある そこはかつては 先代が住んでいた居住スペースになっていて そこでお昼を取る従業員もいた とはいえ 古くからの商品が ところせましと並ぶ店内や倉庫と同じく そこへと続く階段の端っこや 通路の脇にまでさえも 資料や伝票用紙などが積み重ねられて とても住居とするには 快適性など皆無だった あれから数日後… 事務所の中へと入ってきた かれは 狭い事務所をスイスイとすり抜けて そのドアの向こうへと消えた ごそごそと 階段のあたりで なにかを探している気配がして あたしは席を立ち そっと 階段の昇り口にある 電気のスイッチを押した 「なに 探してるの?」 わざわざのぞきに来た あたしに かれは ちょっと遠慮がちに答えたけれど あたしは 後ろ手にドアを閉め そのまま 狭い階段を少し昇った 一緒に探し始めた あたしに かれはしばらくの間 戸惑っていたけれど 「北野ねえ…」 小さく 囁くような声で… それでも 確かに聴こえる距離で 耳許で… かれは あたしの名を呼び そっと 後ろから肩を抱いた… あたしは 確信犯だった… かれの手に触れた日 あの瞬間から もう かれの事しか 考えてなかった かれが欲しい… 止められなかった それでも… 抱きしめられた瞬間に あたしは 言葉も 呼吸も 失った そのまま 無言で かれは さらに あたしを抱き寄せて そのまま 何も言わないで あたしの首筋に くちびるを寄せた… ただ それだけの行為に あたしは思わず 吐息をこぼし その腕のなかに 包まれたままで かれの方へと 向きを変えた 狭く 薄暗く 埃っぽい… そこがまるで ふたりだけの 秘密の場所であるかのように かれの胸元に 頬を寄せ 鼓動の音を 確かめる 言葉はいらない… 胸の高鳴りだけが 真実だった そして かれは くちづけた… 最初は軽く… 確かめるように くちびるを重ねて 二度目は少し あたしの下唇を挟むように… そして 少し 視線を絡めて あたしは 開いたくちびるに かれの告白を 受け入れた…
22/04/29 01:51
(3hU1t/dl)
投稿者:
masato.
◆jvBtlIEUc6
………
ほんの数分にも満たない わずかなときに 繋いだ左手と右手 その指先 息苦しさも快楽へと繋がる 深いくちづけ 腰にまわされた かれの右手が 逃げ出しそうな あたしの身体を抱き寄せるから 絡めあう舌から 零れる吐息に 熱っぽい声が 混じって落ちる… [やってしまった…] きっと かれも思ってる だけど それは頭の中だけで 胸の奥から あふれて返った悦びが 痺れるように ふたりの身体を支配する 溶け合いたい… 溶けてしまいたい… このまま あなたと… 瞳をとじて… ……… ドアの向こう 事務所の入り口の方から 小さな物音が 聴こえた気がして あたしと かれは ふたりに戻る いつもの声色で 階段を降りてドアから出る あたしの視線を かれがニアミスさせる お互いに笑顔で いつものふたりで 背中を向けて それぞれの場所へ戻っていく ガラガラと 事務所のとびらが閉まる… あたしは思わず ひとりで笑った こんな気持ちは 久々だった 甘酸っぱいような… せつないような… そして小さく… かれの名前を呟いた…
22/04/29 21:12
(3hU1t/dl)
投稿者:
masato.
◆jvBtlIEUc6
……… 連休直前の木曜日の午後 少し退社の遅れた あたしは 事務所で話す 社長とかれの話に 耳が離せなかった 通常は正午くらいまで営業している土曜日を 棚卸しもあって さらに早く閉めようかと言う社長 棚卸しはいつも 社長家族が総出でおこなう それにともなって 通常は出勤予定のかれと 少し年下の男性従業員には そのまま休んで連休してもいいと言う かれは 少しの時間でも営業するならと 出勤するつもりでいると伝え その代わりに 棚卸しに集中してくれたらと言う 商売柄 土曜日も 朝イチにお客さんが集中する事もあって 最初から休みには出来ない かれの申し出を 社長は何も言わずに受け入れた あたしは 悪い女だと思った… ……… 土曜日 午前10時過ぎ 早々に 店のシャッターが閉まる音が 周囲に響く あたしはたぶん 昔から優等生だった 自分もそのつもりだったし 周りからも そう思われていた自覚がある 駐車場 かれの車の陰で あたしは 初めて なんとも悪い事をしているような罪悪感と 抑えきれなかった衝動と かれを想う高揚感と そして こうまでして かれを求める 自らの欲深さに ほんの少し 嫌気がしていた ……… ピピッと 機械音が鳴り かれの車の鍵が開く 少し離れた位置から 足音が聴こえる… 足音は すぐに目の前まで近づき あたしは もう逃げられない後悔と 息も出来ないような恥ずかしさに 真っ赤になって うつむいていた… かれの車の陰 運転席側 足音は 膝を抱えて座り込んでいた あたしの すぐそこで止まり 一瞬が永遠のような沈黙のなか あたしは 消えてしまいたかった きっと かれは驚いただろう… 普通に考えて 車の陰にひとがいたら あたしなら 叫び声を上げてしまうかも知れない それが知り合いだったとしても 正直 自分でも気持ち悪い (こんなの…ストーカーじゃん…) かれに会いたい… かれに会える… そんな高揚感や期待は消え失せ 後悔と絶望だけが 降り注いでいたとき 思いもかけず あたしは優しさに包まれた かれは うずくまって座っていたあたしを 地面に膝をついて 抱き寄せた… 手にあった荷物は その場に転がし 抱きしめながら 頬を近づける 「亜依…」 かれが初めて あたしの名前を呼び捨てる あたしはなんだか 感情がぐちゃぐちゃになって 訳もわからず 泣いてしまった そんなあたしを なにも言わずに 抱きしめ続けて 頭を撫でて… おでこに軽い キスをした あたしは かれに 溺れてた…
22/04/29 22:14
(3hU1t/dl)
投稿者:
masato.
◆jvBtlIEUc6
……… 連休直前の木曜日の午後 少し退社の遅れた あたしは 事務所で話す 社長とかれの話に 耳が離せなかった 通常は正午くらいまで営業している土曜日を 棚卸しもあって さらに早く閉めようかと言う社長 棚卸しはいつも 社長家族が総出でおこなう それにともなって 通常は出勤予定のかれと 少し年下の男性従業員には そのまま休んで連休してもいいと言う かれは 少しの時間でも営業するならと 出勤するつもりでいると伝え その代わりに 棚卸しに集中してくれたらと言う 商売柄 土曜日も 朝イチにお客さんが集中する事もあって 最初から休みには出来ない かれの申し出を 社長は何も言わずに受け入れた あたしは 悪い女だと思った… ……… 土曜日 午前10時過ぎ 早々に 店のシャッターが閉まる音が 周囲に響く あたしはたぶん 昔から優等生だった 自分もそのつもりだったし 周りからも そう思われていた自覚がある 駐車場 かれの車の陰で あたしは 初めて なんとも悪い事をしているような罪悪感と 抑えきれなかった衝動と かれを想う高揚感と そして こうまでして かれを求める 自らの欲深さに ほんの少し 嫌気がしていた ……… ピピッと 機械音が鳴り かれの車の鍵が開く 少し離れた位置から 足音が聴こえる… 足音は すぐに目の前まで近づき あたしは もう逃げられない後悔と 息も出来ないような恥ずかしさに 真っ赤になって うつむいていた… かれの車の陰 運転席側 足音は 膝を抱えて座り込んでいた あたしの すぐそこで止まり 一瞬が永遠のような沈黙のなか あたしは 消えてしまいたかった きっと かれは驚いただろう… 普通に考えて 車の陰にひとがいたら あたしなら 叫び声を上げてしまうかも知れない それが知り合いだったとしても 正直 自分でも気持ち悪い (こんなの…ストーカーじゃん…) かれに会いたい… かれに会える… そんな高揚感や期待は消え失せ 後悔と絶望だけが 降り注いでいたとき 思いもかけず あたしは優しさに包まれた かれは うずくまって座っていたあたしを 地面に膝をついて 抱き寄せた… 手にあった荷物は その場に転がし 抱きしめながら 頬を近づける 「亜衣…」 かれが初めて あたしの名前を呼び捨てる あたしはなんだか 感情がぐちゃぐちゃになって 訳もわからず 泣いてしまった そんなあたしを なにも言わずに 抱きしめ続けて 頭を撫でて… おでこに軽い キスをした あたしは かれに 溺れてた…
22/04/29 22:25
(3hU1t/dl)
投稿者:
masato.
◆jvBtlIEUc6
……… しばらくして ようやく顔を上げれたあたしに かれは なんとも 優しい瞳で微笑んで あたしを助手席に乗せて 駐車場を出た 「車は?」 あたしの車は あの時のショッピングモールに置いていた それを聞いても かれは あたしをそこに送ろうとはしなかった あたしは それが嬉しくて かれの左手に 右手を重ねた… あたしたちの住む地方都市と 隣町をバイパスする国道 あたしも かれも なにも言わずに ただ エアコンのボタンの上にある デジタルの時計だけを気にしていた 車がどこに向かっているのか… 方向なんて 気にしてなかった それでも ふたり たどり着く場所だけは わかっていた あたしは 重ねたかれの手と 車を走らす横顔を 熱に浮かされた瞳で見つめながら 静かに揺れるシートに 身を沈めた ……… 国道をそれて しばらく進むと 小さな丘の上に 白く こじんまりとした建物が見えた あからさまな それではなくて 可愛らしい 南国のコンドミニアムのような佇まい かれは手早く 車を停めて なにか 言葉を探していたけど あたしは かれの手から手を離して 「行こ…」 かれは うなずき エンジンを切った… ……… 部屋に入ると そこもなんとも こざっぱりとしているのに 可愛らしくて こんな場所を訪れるひとの目的なんて みんな ひとつしかないはずなのに なんだか ちょっとした デートみたいな気持ちになった こじんまりとした空間に 白い壁紙と 白いベッド かれは そこに腰掛けて あたしの意を察したように ポツリと短い 昔話を始める… ……… 結婚するより以前の昔 付き合っていた彼女と ほんの数回だけ来た事がある場所 かなり前だから もう無いかもと心配もしたけど いまも綺麗なままで良かったと かれはどこか 遠い目をした たぶん かれにとっては 誰にも言わない 想い出に繋がる場所 いかにもなホテルでもなくて そこへ あたしを連れて来た なんだか それがあたしには嬉しくて その指に 早く触れて欲しいと思ってた…
22/04/29 23:14
(3hU1t/dl)
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