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1:ときには 薔薇の似合う 少女のように
投稿者:
masato.
◆jvBtlIEUc6
あのひとは いつもバタバタと足早にやってくる
建て付けの悪くなったとびらは ほんの少し力を入れないと開けにくくて いつも 大きな音を立てる ………… そろそろ三代に渡ろうかという老舗の店舗で 事務職を始めて はや10年余りが過ぎた なかなか気難しい社長と 気はいいけれど どこかなんとも噛み合わない奥さん 会社としては ブラックに他ならないとはわかってはいるけれど なんとか今までやってきた これまで 幾人ものひと達が 入社しては辞めていった 事務員の女性も おもてで販売を手掛ける男性達も… 結局 残ったのは あたしと古株のおじちゃんと 少し年下の男性スタッフだけ そんな小さな会社の 小さな店舗に 彼はふらりと現れたんだ… ………… かれはなんとも 男前だった なんというか 正統派の… それが初めて見た瞬間の第一印象で だからといって 既婚者のあたしには それ以上のなにかを考えることはないと 意識的に遮断した 社長の奥さんは よく喋る ぺらぺら ぺらぺらと 誰彼の話 きのう見たテレビの話 真実なんてわからないけど なんとも本人は よくわからないお節介すらも本気なようだ そんな奥さんの口からは いくらでも かれの情報が垂れ流される 結婚していて 子供が何人いて あたしには若く見えていたけど どうやらあたしと同い年で… いままで いろんな仕事をしていて どうやらそれも 中途半端ではなく それなりに実績もありそうな事も 日に日に働く かれの姿を見て 誰しもが感じていた いろんな仕事を経験しているとはいえ 商品への専門的な知識も必要になる仕事柄から 最初のうちこそ まさにブラックな応対で接していた社長すら 数ヶ月するうちには まるでかれを 腹心の部下にしたいかのような目で見始めていた 転機になったのは 古株のおじさんを原因とした お客さんとのトラブルを かれがあまりにもあっさりと解決した時だったように思う 経験と知識はあるものの どうも無責任なおじさんは いつも 時と場所を問わず 社長に怒鳴り散らされ なんともその事務所まで聞こえる声に あたしを含めて 従業員である立場の数名は 萎縮してしまったりしたものだったが どうやら かれは違ったらしい トラブルになっていたお客さんが来店した際 かれはひとりでお客さんに向かい そのまま店舗の外で静かに話した すべては後日談の奥さんの話でしかわからないが かれが社長へした解決後の報告と それを社長から聞いた奥さんの言葉から察するに かなり質の悪いトラブルに発展しかけるところだったようで それを何事も無かったように 他の誰も巻き込まず 数十分の会話で終わらせたかれに 特段の信頼感を抱いたようだ かれは 子供のようによく笑う 誰に対しても臆する事なく 真っ直ぐに向かい合う 事務所の中では 奥さんのする話の内容が かれ一色に染まっていって あの社長すらも愉しそうに聞いている ほんの少しずつだけど なにかが変わっていっていた きっと あたしのなかでさえも… ………… あたしは旦那さんと よく出掛ける ちょっとした買い物にでも 着いてきてくれる そんな彼が あたしは好きだし しあわせだって感じてもいた 不満な事だって もちろんあるけれど だからって離れたいなんて思ったりはしない 子供がいるからだからじゃなくて あたしはいまでも 彼が好きだと思ってる ………… かれと一緒に働きだして あれは何年目だっただろう… 古株のおじさんの音頭で 従業員だけで 新年会を理由にした食事会をした 当時 あたしともうひとりいた事務員の女性が 当日に都合が悪くなり もうひとりの年下の男性従業員も 家族絡みの理由で来れなくなった 結局 集まったのは おじさんと かれと 少し前に出した支店にいた20代の男の子 そして あたしだけだった あれは確か 土曜日の夕暮れ 職場からも近い この辺りでは大きなショッピングモールの駐車場で集合した あたしたちは いちばん大きな かれの車に乗り合わせて おじさんの予約したお店へと向かった あたしの隣には いちばん若い男の子 向かいの席には かれと おじさん 真向かいに座るかれに どこか照れ臭さを感じながら 当たり障りのない会話が続いていくなか ときどきこぼす かれのなんとも子供っぽい我が儘やしぐさに あたしは不思議な感覚のまま ますます かれを 直視できなくなっていた 何事もなく終わった食事会 集合場所の駐車場に戻って ほんの少しの談笑ののち それぞれ 帰路に着いていく おじさんが帰り 男の子が帰り… なぜか かれは最後まで帰らなかった 自分の車に乗り込んだ 運転席のあたしの隣に立ち なにか言いたそうな… 少し寂しそうな… そんな眼差しを あたしは横顔に感じていた あたしは 少し 言葉を失っていた気がする 自分の立場 かれの家庭 なにも言葉にならなかった かれも 言葉にしなかった あたしは そのまま車を走らせ かれを残して駐車場を出た… バックミラーに わずかに かれが浮かんでいた ………… あれから また数年 当たり前のように 毎日は過ぎていく 事務職のあたしは 午後には退社する ほぼ事務所にいるあたしと かれの接点はほとんど無くて ほんの数行の会話が 交わされるだけ… それが当たり前 なのに かれは 少しずつ あたしのこころに近づいて来る 狭い事務所で すれ違いざまに 身体が触れ合う 事務所のなかにある パソコンやファックスを使う為に 入って来ただけのはずなのに 柔らかな眼差しと 何気ないような言葉をひとつ 必ず あたしに置いていく 子供っぽい からかうような冗談を言うときも どこか照れ臭そうな表情を浮かべながら… バタバタと忙しそうに かれがしている また おじさんのフォローというか もはや尻拭いに動き回ってる 誰よりも勤続年数は短いのに それが出来るひとは 他にはいない 社長すら ひとりじゃ難しい緊急の対応を かれは手早く 仕入先や取引先と連携して処理をしていく そして 最後のひとおし すべての下準備 お膳立てをした上で 最終判断を社長へ委ねる 最近は特に 難しい仕事を かれに社長が頼む姿を 見ることが多くなった気がする あいつに任せとけば大丈夫だろう なんて言葉を いままで かれに対して以外で聞いた事がない ムードメーカーで 気難しいお客さんとも笑顔で会話をする姿を あたしは時々 事務所から出た際に 静かに遠くで見つめていた そんな かれが あたし以外に誰もいない事務所に来たとき 決まって溜め息をこぼしていく事に気付いてしまった ほんの少しだけ あたしが 他の人とは違うのかな… なんて あの日のかれの眼差しが あたしのなかに よみがえる 「北野姉を見て癒されよう」 ある日 かれが急に発した言葉に あたしは戸惑いを隠せなかった [北野 亜衣] 同じ歳なのに かれはあたしをそう呼ぶ そのときも 少し照れ臭そうに そんなことを言いながら あたしを直視できないでいた 同じようなことが起きた日 あたしは つい 言葉にしてしまった 「そんなこと言って ぜんぜん こっち見てないじゃん」 かれはちょっと困ったような顔をして 無理に笑い飛ばすように 事務所を出て行った なんとなく気まずいような お互いによそよそしいような そんな数日が続いたのち また かれがため息をこぼす
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2022/04/24 00:39:44(H4wFeyy4)
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