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1:ピアノコンチェルト第1楽章『モデラート』
投稿者:
グレッグ・エムジョスキー
夕方、帰宅の準備をしていると社長と営業部長兼任する専務に会議室に呼ばれた。
「今回のプロジェクトは、きみに任せようと思っているんだ」 あるディベロッパーが開発する地方都市の分譲マンションのウェブ広告を指していることはピンときた。 「どうした?何か問題があるか?」 返事をせずにいたあやに社長が問い掛ける。 「いえ。。。」 自信が無い訳ではなかった。いや、むしろ自分自身のアイディアとペースでプロジェクトを進めてみたいと思っていた。それでも、男性社員たちを差し置いて自らがプロジェクトをリードすることには不安もある。 あやの表情からすべてを感じ取ったのであろう、専務が言葉を繋ぐ。 「きみが何を感じているかは理解出来るし百も承知だ。それでも、きみに任せようと社長に箴言したのには理由がある。今回、我が社がコンペを勝ち取れば、男子社員も発奮するだろうし、女子社員への影響も大きい。実力さえあれば、性別も経験年数も関係ないということだ」 小さいながらも不動産関係の広告代理店としては業界では知られている存在であることは、社員全員が自負している。そんな中でプロジェクトをリードするのは大きなプレッシャーがあるが、成功したときの達成感も相当高い筈だ。 「わかりました。最大限の努力をします」 柔らかい微笑みを浮かべ専務とあやを交互に見た社長は大きく頷くと社長があやを見つめる。 「社としても最大のサポートを約束する、きみの思うとおりやってみなさい。ひとつだけアドバイスさせてもらうけど、ネガティブには捉えないでくれ」 「なんでしょうか社長?遠慮なさらず何でもおっしゃってください」 「きみには冒険して欲しいんだ。別の言い方をすれば自分の殻を破って欲しい。今着ている服もそうだ、ラルフローレンか?少しコンサバティブと自分でも思っていないか?」 「はい、仰るとおり多少コンサバティブなデザインかも知れません」 社長がラルフローレン好きな影響がある訳ではないが、自分でも着ている頻度は高いかも知れないとあやは感じた。 「ラルフローレンは単なる例だよ。いつもパンツルックだけど、たまにタイトスカートを履くとか、たまには着崩すとか冒険も必要だろ?セクハラと捉えないでくれよ」 社長の言葉は自分でも常々感じていたことだった。そして、あやは後輩の女子社員たちの言葉を思い出していた。 『あやさん、仕事も出来るしお洒落で私の憧れの存在です』 『あやさんは自分でバリアを張ってます?いかにもキャリアウーマンって感じで、男の人も声掛け難いみたいですよ』 『あやさんって男の人に興味あるんですか?もしかして女性が好きだったりして』 こんなことを良く女子社員たちから言われ、聞かれるケースがある。冷静に自分を振り返っても、大胆になることも冒険することもなく生きてきたと思い自問自答する。 『あなたはなぜ大胆になれないの?それは人前で恥ずかしい想いをしたくないから?あなたは殻を破れるかしら?きっかけが必要なの?きっかけがあれば、私だって。。。。』 「じゃあ、頼んだよ。コンペは5週間後だ。ステータスアップデートは毎週月曜、そして4週間後にリハーサルを開始する。いいね?」 専務の声に、あやは我に帰る。 会議室を出たあやは小さくガッツポーズをした。もうひとりのプロジェクトリーダー候補の男子社員だったら会議室を出た瞬間に雄叫びを上げ、同僚たちとハイタッチを繰り返したことだろう。そんな行為もあやにとっては恥ずかしいと感じる物だった。 あやは、パソコンがシャットダウンする間ももどかしく感じた。プロジェクトリーダーを任された喜びを、ひとりワインで乾杯したい思いもあったが、早く帰宅してワードローブのコーディネートを始めたかった。少なくとも、ファッションで冒険し、殻を破れることを証明したいと感じた。 家に辿り着くとワインのことは忘れてしまったかのように、バッグとジャケットをソファに投げ出す。クローゼットの扉を開くと、ジャケットとボトムスが目に入る。整然と並んではいるが、改めて見ると黒、紺、グレー、ベージュが大半で色気がない。 『わたし、色気のないスタイルしかしてなかったのね。。。。』 あやは、自らのワードローブを見て苦笑した。そして、クローゼットの端に隠れていたニットのジャケットに視線を向ける。いつ買ったのか忘れてしまうほど袖を通すこともなくハンガーに吊るされたままのジャケットは遠目に見ると淡いクリーム色であるが、目を凝らすと細かな花柄の集まりで同じ柄のスカートとセットアップされている。 『オフィスにスカートで行くなんて本当に久しぶり。会社のみんなは驚くかしら。。。。』 姿見の前に立つと、白いブラウスのみ残し履いて黒いパンツを脱ぐ。ニットのスカートを履き、同じ柄のジャケットを着てみる。膝を隠さないスカートの丈に、少し頬を染めてしまったのが自分でもわかる。 姿見の前でポーズを変えながら自身のニットの着こなしをチェックすると、明日着る予定のブラウス、そして、いつものハイヒールの代わりに履く薄いキャメル色のロングブーツを頭の中でコーディネートした。 ニットのジャケットとセットのスカートを脱ぐとハンガーに吊るしクローゼットに戻す。ブラウスのボタンを外すとベージュの地味なブラが顔を覗かせる。一部刺繍は入るが単色で色気とは無縁のブラジである。 『男が見てもセクシーとは思わないかしら?今度の休日に下着を選びに行こうかしら。。。。』 そんなことを考えながら、姿見の前でセクシーに見えそうなポーズを取ってみる。谷間を寄せてみたり、首を傾げてみたり、唇をツンと突き出してみる。 『今までの自分だったら。。。こんなことをする自分を恥ずかしいと思っただろう』 そんなことを思いながら、右手の指先をブラの隙間に差し込んでみる。指先が乳首に触れるとピクンと電流が身体を走った感覚を覚えた。人差し指と中指で乳首を挟んだ指先の力に強弱を加える。 鏡の中に映る自分自身の姿が淫らに思えた瞬間、その行為を止めてしまった。あやは、理由も無くオナニーという行為に嫌悪感を抱いている。それでも、自ら溢れさせてしまった蜜の存在が気になり、ブラと同様に色気のないパンティの上からその部分に触れてみる。 『こんなにも濡れて。。。。』 自分でも驚いてしまうほど濡らしてしまっていた。 この夜、バスジェルで泡立てたバスタブにドイツ産の赤ワインをグラスに注いで持ち込んだあやは、気分が良かった。ライバルの男子社員を押し退け勝ち取ったプロジェクトリーダーの座。そして自分が勝手に作ってしまった殻を破り冒険するという助言の言葉すら心地よかった。 肩までバスジェルの泡に包まれたあやは、右手でクリトリスを、そして左手で右の乳首をゆっくりと弄んだ。オナニーと呼ぶにはあまりにも幼い行為でも、あやにとっては冒険であり、充分に恥ずかしい行為だった。 それはまるで、ピアノコンチェルトを指揮するコンダクターが振るタクトのスピード、『モデラート』のようだった。 第1楽章『モデラート』完
2013/04/21 23:47:33(gx/0ztYx)
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