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1:魔法使いの決心...
投稿者:
健二
健二です。
何の因果か藤森先輩と隆が付き合うようになって、別な意味で沙也ちゃんと藤森先輩が親密になった様な気がしている。 それは互いが人に公言出来ないような能力を持った女の子同士なのだから、その部分の苦しみを分かち合える相手が居ると言う のはある意味の安心感には繋がるのだろうとは思うのだが、ちょっとかわいそうなのは2人がその手の話をする時には沙也ちゃ んの魔法で周りの人には聞こえない会話になってしまうのと同時に隆が感情の無い人形状態にされてしまう事だったが、その分 はあんな美しい藤森先輩に愛されるのだから我慢と言う所なのだろうか。 どうせ本人には自覚はないのだろうし。 その日も講義が終わった後、4つある学食のうちのいつもの場所で三々五々に集まる約束をしていたのだが、最初は隆たちとあ わせて4人だけ、しかも男のみのグループだった僕らの集まりも、ここ一週間ほどの間に大きく様変わりした。 まず沙也ちゃんがそこに加わったのだが、今はキャンパスの憧れの存在であるユキミキコンビに加えて、彼女たちにひけを取ら ない有名人である藤森彩香までいるのだから、なんと言っても目立つ。 それなりに奇麗で雰囲気のある僕らの大学の学食ではあったのだが、元々はそんな所に顔を出す様な3人ではなかった。 それに加えて今日は藤森彩香が隆と連れ立って2ショットで仲良く現れたものだから、学食の空気が色めき立った。 過去3年間以上に渡って男と2ショットでキャンパス内を歩く藤森彩香を見た事のある学生は1人としていなかったのだから。 「はーい、彩香、お疲れ」 業界慣れしているとでもいうのか、藤森先輩はそんな挨拶を送ってよこすユキミキコンビの隣に座り、自然と沙也ちゃんを含め て4人になる車座状態を形成して他愛のない話を始める。 逆に隆はヒロと沙也ちゃんと隣り合って座っていた僕の方にやってきて、僕とヒロの両方に腕を廻して顔を真ん中に割り入れ、 小声でこう漏らした。 「このまま続くと、俺は絶対早死にする...」 一言だけ呟いて対面に席を取った隆は、座ると同時に大きく「はぁ~」とため息を着く。 「どうした、隆、あんな奇麗なネーちゃんゲットした割には、元気無さすぎだって」 そう言いながら隆と藤森先輩と自分の飲み物を運んできた直也が隆の隣に席をとった。 「ありがとう直也君。でも、ネーちゃんは無いでしょ!」 直也からアフォガート・アル・カフェを受け取りながら藤森先輩が直也を見上げてにっこり笑うと、照れた様な笑いを返しなが ら隆にアイスコーヒーを渡して席に着いた瞬間、直也の顔が曇った。 自分のコーヒーをトレーからゆっくりおろした直也の視線は、次には自分の股間に下がっていった。 僕はもしやと思い藤森先輩の方に目を向けると、沙也ちゃんと共にイタズラな子供っぽい笑いを浮かべて僕にウインクしてみせ る。 「とりあえず、俺、トレーを帰してくる...」 自分のコーヒーに一口も口を付けないで再び立ち上がった直也だったが、やはりちょっと歩き方がおかしい。 多分藤森先輩に一瞬でもの凄い量を射精させられたんだろうと直感したが、沙也ちゃん一人でも厄介なのにまたとんでもない女 の子と知り合っちゃったなと思わずにはいられない僕だった。 案の定、直也はトレー返却口を径由してトイレへと一直線だった。 「何だあいつ、腹の調子でも悪いのか?」 事情を知らないヒロが不思議そうに視線を送っていたのだが、その注意を自分に引き戻すように隆が小声で話し始めた。 「何かさぁ~、綾香って普通の女の子とちがうんだよなぁ...」 「ふざけんなよ、彩香じゃねえだろ、藤森さんって言えよ、藤森さんって!」 正直、羨ましいのか、真面目に話を始めた隆の言葉にチャチャを入れるようにヒロが割って入る。 「もちろん、自分の彼女がミスキャンパスだなんて言うだけで普通と違うんだけど...その...凄いんだよ...」 隆がそう言ったのを聞いて僕はピンと来た。 おそらく藤森先輩は新しく得た力を使って隆とのセックスライフを楽しんでいるつもりなのだろうが、いかにセーブしようと普 通の人間にとっては耐えられない状況になりがちな事は想像に易かった。 「自分ではそんなつもりでは無くてもさ...その...彼女が求めるままに何度でも出来ちゃうんだよ...」 隆がテーブルの中心に顔を突き出しで小声で話し出したとき、トイレから帰ってきた直也が話に加わる。 「それっておのろけか、自慢ってこと? 俺はこんなに出来るんだみたいな...」 「まあ、隆は高校時代から野獣みたいなやつだったからなぁ」 ヒロにまで突っ込まれても、隆は笑顔一つ見せずに深刻な表情で話を続けた。 「そりゃあ、エッチは嫌いじゃないさ...でも、一晩に10回を超えるとなるともう...」 「10回!」 「10回だって??おまえ、バカになるぞ」 「でも、出来るんだ、というか、されちゃう感じなんだよ...健二はどうなんだよ、あんな可愛い沙也ちゃんとデキちゃってるん だから」 突然の振りに、僕は答えに困窮した。 「そんなこと、言えないよ...恥ずかしいし」 そう言いながら、こんな会話を聞かれたらどうしようと思った僕は、楽しそうに会話を続けている沙也ちゃんたち女子グループ の方に目をやった。 ちょうどその時、携帯が鳴ったのか藤森先輩が鞄から携帯を取り出し、ディスプレイに目をやったと思うと難しい顔をしながら 電話に出て一言二言会話をした後、沙也ちゃんに何か話しかけた。 それを聞いた沙也ちゃんがこっちを向いた瞬間、皆の会話が止まった。 見回すと隆たち3人とユキミキコンビの2人は魂の抜けた様な表情になり、ゆっくりとした動作でそれぞれの飲み物を飲んだり している。 「日の出テレビから電話があったみたいなの...あの運転手の所属していた」 そう僕に説明している沙也ちゃんの顔は、既に強ばっていた。 「それも、会長に代わるから少しお待ちくださいって...私に直接電話でお話しされることなんか今まで一度もなかったのに」 「藤森さん、申し訳ありませんが、会話の内容を聞いてもいいですか?」 そう沙也ちゃんに尋ねられた先輩が小さく頷いた瞬間、電話のウエイティングメロディーが僕の頭の中で直接鳴っている様な感 覚で聞こえてきた。 しばらくするとその音楽が突然途絶えて女の人の声に代わる。 「藤森様、お待たせいたしました。当社会長の月枝に代わりますのでお話しくださいませ」 すると、間を置かずに今度は男の太い声が響き出す。 「月枝です。藤森くん、元気にしていたかね」 「はい会長、先日はいろいろとお世話になりました。私は元気で卒業に向けて色々と準備をさせて頂いております」 「それは良かった、ところで入社研修に向けて今担当の者と話をしていたのだが、この間君にお願いしておいた件でどうしても 今日中に直接確認しておきたいことができてしまい、今日これから我が社に出向いてもらいたいのだが、万難を排して来てくれ るね」 ずいぶん勝手な言い分だとは思ったが、不安そうに僕と沙也ちゃんを見つめる先輩に沙也ちゃんは大きく頷いてみせる。 「もちろん...大丈夫です。何時に、何処に伺えばよろしいでしょうか...」 「そうか...局にある会長室に来てほしいのだが、では、君の学校に車を17時に差し向けよう。新しい運転手が行くと思うが、大 学正門前で良いかね」 「はい、大丈夫です。では、17時に大学正門前に伺います」 「それでは、会える事を楽しみにしているよ」 「はい。では、失礼いたします」 不可解な顔をしながら電話を切った藤森先輩に、沙也ちゃんが語りかける。 「会長さんから? 直に...」 「そうなの、直接お話しする事などほとんどなかったのに...でも、断わらなくてよかったのかしら...新しい運転手さんって...な んか不安...」 その言葉に、沙也ちゃんが敏感に反応する。 「私の魔法が効かない世界、というか私が認識出来ない場所にいるということ...」 今度は、僕がその事に対して僕が理解を求めるように質問した。 「どういう事なの?」 「昨日私が魔法で存在を消した運転手さんの代わりに「新しい」運転手をよこすと言った事。私の魔法で、今の運転手さんには それなりのキャリアが有る事になっているはずだから、その事を理解した上で「新しい運転手」って言ったというのは...以前の 運転手であった彼の存在を認識しているということ...私たちのように...彼は...この世に存在しなかった事になっているのに...」 悲しい顔をして話す沙也ちゃんの回答に、複雑に思考を働かせて考えてみる。 つまり、沙也ちゃんが「魔」の存在となってしまった運転手を魔法で始末した際には、僕らを除いて彼と言う存在はこの世に出 現しなかった事になっているはず。 それを「新しい運転手」と言う事は魔法の効力が無い状態を表している事に他ならないということなのだろう。 それ以外の人たちにとっては、今日やってくる運転手が以前からその仕事に就いているという認識を持っているという事を言い たいのだと思った。 「でも、それに対してどのような反応を藤森さんがするかによって、何かを探ろうとしていたのかもしれない...」 「私、どうしたらいいのかしら...」 携帯電話の着信履歴を眺めながら不安そうにしている藤森先輩をなだめるように、沙也ちゃんが彼女の両手を優しく握った。 「私たちが付いて行きます。ね、健二君」 唐突にムチャ振りされてもとは思ったが、魔法使いが味方についていればある意味怖いものはないと自分に言い聞かせて首を縦 に振る。 「いずれにせよ、もう返事をしてしまった訳だから、準備をしましょ? もう16時を廻ったし...」 そう沙也ちゃんが切り出すと、とたんに皆の動きが慌ただしくなる。 「じゃあ、彩香、俺は直也のパソコン選びに付き合うから、また夜電話するよ」 隆がそう切り出して席を立つと、ユキミキコンビも続いて席を立つ。 「私たちも、事務所に顔を出さなきゃいけないから、みんなまたね」 連れ立って席を離れると、遠巻きにしていた何人かの学生がおそるおそる近づいて来てサインをねだったりしていた。 「このままの格好ではちょっとまずいかしら...でも、一度家に帰っている時間はないし...」 そう呟いた藤森先輩が、話の途中で驚いた顔をしながら自分の手にしていた鞄を改めて眺めると、続いて自らの服装に目をやっ てから、沙也ちゃんの方に視線を移す。 「お気に召さなければ、他の感じにしますけど」 すでに僕を含め、沙也ちゃんも先輩もエレガントなスーツ姿に変わっていたのだが、スーツなんか着た事も無かったので自分自 身どのような反応をしていいのか一瞬戸惑った。 「ありがとう星野さん。でも、健二君なかなかいい感じよ、初々しくて」 「とにかく、正門に移動しましょ? 作戦はそれからと言う事で...」 沙也ちゃんに促されて僕らは席を立ち、車が迎えにくる大学正門前へ移動を始めた。 道すがら藤森先輩の緊張を和らげるために何気ない話題を交えながら会話をしていた僕たちだったが、目的地に近づくにつれ先 輩の緊張感が高まって行くのは僕にもはっきり解った。 20分ほど早く到着したのだが、正門前には既に日の出テレビの社旗を掲げた黒塗りの車が待機しており、白い手袋をした柔和そ うな運転手が藤森先輩の到着を待っている状況だった。 運転手は藤森先輩を確認すると、慣れた様子で後部座席のドアをあけながら挨拶をして来た。 「藤森さん、ご無沙汰しております、お待ちしておりました。それではどうぞこちらにお乗りください」 先輩は沙也ちゃんに助けを求めるように視線を向けて来たが、沙也ちゃんが大きく頷いたのを確認すると車へと歩を進めた。 腰が引けていた僕は、沙也ちゃんに押し出されるようにそれに続く。 「よろしくお願いいたします」 先輩に続いて車に乗り込もうとした僕は、運転手の事が気になり顔色を伺っていたが、何事も無いように先輩に続いて僕と沙也 ちゃんをにこやかに迎え入れると、後部座席の扉を閉めて運転席に納まり、車を発進させた。 「大丈夫かな...」 「大丈夫かしら...」 期しくも同じ言葉を発した僕と藤森先輩に、喋る様子を見せずに沙也ちゃんの声が聞こえて来た。 「この運転手さんには「魔」の痕跡はまったく感じられないわ。私たちの同席も魔法で当然のことと認識しているから、今の所 は安心して。でも、局についたら相手に悟られないように別な方法を考えているから...大丈夫よ」 その言葉から、最後に残った「魔」との対決を決意した沙也ちゃんの思いと力強さが伝わって来た。 沙也ちゃんが話していた別な方法というのは、テレビ局に到着してすぐに感じることが出来た。 車を降りると、先輩を迎えに来たスタッフも、その後入館証の発行手続きをしてくれた受付でも、まるで僕と沙也ちゃんの2人 がそこに存在しないかの様な応対だったのだ。 しかし、僕たち同士はもちろん、藤森先輩だけには僕らは見えているようで時々目を合わせてくれるのだが、すれ違う人々たち 全てと目線が全く合わないし、僕らを意識せずにまっすぐ進んでくる様子はとても異様に感じられた。 「健二君、よけなくても大丈夫よ。私たちは空気の様な存在になっているから」 イタズラっぽい笑顔を浮かべながそう言った沙也ちゃんに、僕は引きつった笑顔を返す事しか出来なかった。 藤森先輩は、案内役のスタッフに先導されながら局内を奥へと進んで行き、大きなエレベータの前で昇りが来るのを待つ事に なった。 当然、忙しく行き来する様々なスタッフが同じように昇りのエレベータが来るのを待つ為に集まって来たのだが、僕たち2人の からだはそのうちの何人かと重なる状態となってしまう。 到着したエレベータは当然すし詰め状態になるのだが、自分の存在に重なる人がいると言うのは何となく気持ち悪い。 「今、僕の体ってどういう状態になっているの?」 沙也ちゃんの魔法で、自分の声は周りの人に聞こえなくなっているのだろうと言う確信のもと、恐る恐る聞いてみた。 「そうね...仮に私たちの体を構成している素粒子を私の魔法で安定に存在出来るボース粒子に変換したと説明したら...」 「排他定理が働かなくなって、同じ場所に同時に存在出来る!...凄い」 「さっすが、ホーキング博士の本を読んでいるだけ有るわね、そんなものかしら...実際はちょっと違うけど」 「えー、じゃあ、なんなのさ。結構感動したのに...」 「だって、例えば今、私たちは実際に会話しているのに誰にも聞こえないとか、うーん、私たちの居る状態、そう垂直方向に排 他定理が働かないとすればこのエレベーターには乗リ続けられないでしょ? 床を通り抜けちゃう訳だし、だから....めんどくさ い!とにかく私の理解出来る範囲の全ての事が具現化される、それが魔法なの!」 一瞬ではあるが、沙也ちゃんの魔法の物理的解釈を共有出来たと言う喜びは無惨にも砕け散った。 エレベーターは上層部へと上って行くに従って次第に人数も減り、おそらく一般のスタッフの出入りする事の少ない管理部門の 階層に停止した。 「こちらでございます」 案内役のスタッフに続いて降りてゆく藤森先輩を追いかけるように僕らも後に続く。 全ての手はずが整っていたのか、案内役のスタッフは先輩を待合室等に案内する事無く、直接会長室と書かれている重厚なドア の前に立つと厳かにノックして重そうな扉を開く。 「失礼します。藤森様をご案内いたしました」 案内されるままに中に入ると、数人の秘書が控える前室の様なところで1人の秘書が先輩を迎えた。 「ご苦労様でした。藤森様、既に会長はお待ちしております。ご案内させて頂きます。どうぞこちらへ」 案内役のスタッフから引き継いだ秘書が、更に奥にある扉で仕切られた部屋へと藤森先輩を促す。 「ここにいる3人のうち2人に「魔」の気配をかんじるわ...」 沙也ちゃんはそう言いながら立ち止まって部屋の中を注意深く見回した。 藤森先輩は既に会長の待つ部屋へと通され、その扉は案内した秘書によって静かに閉じられてしまった。 「さあ、私たちも行きましょう」 沙也ちゃんに促されて僕もその部屋へと歩を進めようとしたのだが、目の前の扉が閉まっていると思うと体がすくんでしまう。 「大丈夫よ、さあ、来て」 と沙也ちゃんに腕を引っ張られ、僕たち2人は秘書室と会長の執務室の仕切りを難なく通過してしてしまう。 視界が開けると、藤森先輩は既に会長との再会の挨拶を済ませた様子で部屋の中の大きなソファーに座っていた。 会長と呼ばれる人物はそのさらに奥にある重厚なデスクに腰をかけてタバコに火をつけようとしている。 「変だわ、あの人には「魔」の痕跡は感じられるけど、みんなをまとめている様な力強さは感じられないの...なにかあるわね」 そう言う沙也ちゃんの顔を見ると、緊張しているのか可愛さよりも引き締まって凛々しさのほうが前面に出た様子で隙がなかっ た。 タバコに火を付けて一服した会長が、大きく煙をくゆらせながら落ち着いた様子で口を開く。 「今日、藤森君にわざわざ来てもらったのは、ちょっと私的な事で申し訳ないのだが、私の可愛いしもベの1人であったあの運 転手...覚えているかどうかは解らんがね、君の学校に現れた魔法使いによって別の世界に飛ばされてしまった事は、君も知って いることと思うが、どうだね...」 いきなりの直球の質問に、藤森先輩は答えに窮する。 「君が素直に呼び出しに応じたのは、私のしもベとしての支配がまだ及んでいる事、あるいは、既に何らかの方法で私の支配か ら逃れて何かしらの目的で素直に応じた...あるいはあの魔法使いの策略に我々2人ともが踊らされている。まあいろいろ考えら れるのだが、君自身がまだしもベとしての日が浅い為に正確な状況は今の私にも解らないのだが、一つ確かな事は君がどうであ れどうやらこの場にあの魔法使い、星野君と言ったかな。彼女が同席している事は間違いないと思うのだが」 そう話し続ける会長の言葉に動揺した藤森先輩が僕たちの方へ視線を流すのと同時に、沙也ちゃんが口を開いた。 「やはり貴方には魔法で姿を消して近づいても、効果はあっても無駄なようでしたわね」 どうやらその瞬間に沙也ちゃんは魔法を解いたらしく、それまで合う事の無かった会長との目線が初めて僕たちの方に向けられ た。 「星野君だけでは無く、力の源を持つ健二君も同席しているとはちょっと驚きだったが、とりあえず私と会うためにここまでた どり着いた聡明さと、私の前に姿を現す事の出来た勇気に敬意を表して、ちょっとした贈り物を差し上げよう」 すると、広い会長室の天井に近い空間の一部分が一瞬揺らめいたと思うと、空中に多数のラメが舞っているかの様にきらめき始 めた。 「沙也ちゃん!」 先日、僕の部屋で起こった状態が再現されるのではないかと思った僕は、とっさに彼女の名前を叫んだ。 しかし、沙也ちゃんはにっこり笑って頷いたかと思うと、まるで蛍のように全身がうっすらと輝いた。 空間のラメは瞬く間に無数の無機質な金属の針となり、群れとなって僕たち3人に降り注ぎ始める。 「残念だけど、私は貴方たち一族の血を引く魔法使いではないの....それに、今の私は弱ってはいないわ...だから、こんな事をし ても無駄...」 沙也ちゃんの体から発する薄緑色の光に包まれている僕たちに直接届く針は1本もなかった。 針が緑の光に触れると、まるで空気のように蒸散してしまうだけでは無く、無慈悲に床に突き刺さった無数の針も、一瞬の空気 の揺らぎとなって消えてしまう。 「今度は会長、貴方がその存在を無くす番ですよ...」 凛々しい顔で会長を睨みつける沙也ちゃんの目線に沿って、僕も会長の方へゆっくりと自分の視界を移した。 しかし、会長は柔和な笑顔を崩すこともなく、静かにタバコをくゆらせて続けていて、何も起こる気配さえ無い。 あわてて視線を沙也ちゃんに移すと、眉間にシワをよせて考え込んでいる様子だった。 「やっぱり、ここに居るのは傀儡の存在...本物の存在をこの世界に投影しているだけ...」 「じゃあ、彼には魔法が効かないと言う事なの」 怯えた表情で質問する僕に、沙也ちゃんは唇を噛み締めるそぶりを見せた後、落ち着いた様子で答えた。 「効かないのではないはず...ただ、ここに居る存在が私の魔法の対象ではないだけ。そして、本当の会長は私のイメージ出来な い時空でも空間でもない...存在を認識できない場所にいるから...」 と言う事はここに居る会長は、異次元なのか異空間に姿を隠している本物の存在のこの時空への投影とでも言うべき存在として 僕らに対峙しているとでもいうことになるのだろう。 その偽物に向けて沙也ちゃんが魔法を行使すれば、偽物を消したり変化させたりする事は容易いとしても、すぐに本物の会長が それに代わる存在を今の攻撃のように次々と時空を超えて送り込んで来る事が可能だとすれば、堂々巡りで意味は無い。 それにしても考えれば考えるほど頭が混乱してくる。 何でも出来る「魔法」で本物の会長の存在を感知する事はできないのか、とか... 「星野君とか言ったね。君が我が一族から分岐したのとは違う純粋種の魔法使いである事はうすうす気づいてはいたよ。つまり 私が仕掛ける魔法使い抹消の方法やチャンスは思ったより少ないと言う事になる。そんな君の前に実体を伴ってノコノコ出て行 けばどうなるのか、以前の運転手であった荒川も身を以て学習した事だろう。だが、私はそんなには愚かではないと言う事 だ...」 目の前に居る「会長」としての存在が、ひとまずタバコをもみ消し落ち着いた様子で話し続けるが、僕が思うに現状では沙也 ちゃんが会長を滅ぼす事が出来ないのと同時に、会長自身も沙也ちゃんを打ち負かす手段に事欠いている状況になっているよう だった。 「一般の人間のようにこの時空で自然の生み出す生命として生まれてくる純粋種の魔法使いの弱みは、その人生において学習す る正義感だろうね。ただ、普通の人間には備わっていない魔法という力をもった君たちは、苦労と言うものを知らないからその ほとんどが心が荒む事も無く正義感と優しさの固まりとなって成長する...そこで藤森君だ。君は我が子種として存在した前の運 転手の荒川君に我が一族の力を授かったはず、私にとっては孫種になるのだ。どうだろう可愛い魔法使いさん、一つ提案なのだ が、このまま睨み合いを続けていても埒があかないであろうから、私と、特に藤森君の今後を考え、お互いが幸せになる為に私 もそこに居る健二君のパワーをあきらめよう。そのかわり、君も今後我々の活動には目をつむってくれればそれで良い。どうか な?悪い提案ではないと思うが...」 憎らしいほどの余裕をみせて会長が沙也ちゃんに交渉を持ちかけた。 「だめよ...健二君に手を出さなくても、貴方たちは自分たちの存在を維持する為に何らかの事件を起こし続けるはずだから...そ んなことを許す訳にはいかないわ」 「ほほう...きれいごとを...私たちが生きて行く為には多少の人間の生命力が必要なのだよ。そう言う星野君でさえ、昨日は荒川 君と言う1人の人間の存在を一瞬で奪ったのではないのかね?」 予想はしていたのだが、その会長の投げかけに対する沙也ちゃんの反応は僕の想像以上に彼女に大きくのしかかっているよう だった。 回答を避ける沙也ちゃんを尻目に、会長が再び口を開いてたたみかける。 「そうでなければ、藤森君に我が一族の力を全開にしてもらい、そこに居る健二君に君たちの言う「魔」の種を与えさせるとい う選択もあるのだよ...そうなれば星野君、君はまた1人の存在をいとも簡単に葬り去るという選択を取るのかね...自分の学友、 先輩と言うべき存在を」 その時、再び唇を噛み締めて会長を睨みつけ、自らの行動に迷いを見せる沙也ちゃんの前に藤森先輩が割って入った。 「会長、残念ながら私は既に星野さんの魔法によって、貴方のしもベからは開放されているのです。だから、貴方の命令には従 えません」 毅然と言い放った藤森先輩だったが、会長は以外にも眉一つ動かさずに新しいタバコに火を付けてから口を開いた。 「予想していた事では有ったが、藤森君が我がしもベでは無くなっていた事は残念だ。しかし、このまま私が現職を続けて行く 為にも、君たちが私の正体を知っていると言う事は好ましい事ではない。だが君が望む我が局のアナウンサーになる為には、も う一度我がしもベとなってもらうしかないのではないかと私は思うのだが...どうかね?」 その言葉に、今度は藤森先輩が眉間にシワをよせてうつむいた。 無限の時間が経過した様な感覚の中、会長が一服したタバコの煙がその時が永遠ではない事を認識させた。 「一つだけ...聞いておきたい事があります」 「何だね...」 決心したように顔を上げて藤森先輩が会長に質問を投げかける。 「会長に、私の本当の思いは...伝わっていますか? 人間であるとか、「魔」であるとか以前に、私の事を可愛がって下さるお 気持ちがあるのでしょうか...」 その質問に、目の前には「存在しない」会長は、最初こそ戸惑いの表情を浮かべたが、ひとときを置いて不適な笑みを浮かべて うなづいた。 「もちろんだとも、君の事は私が「魔」であろと、この世の自然が生んだ一つの「美」として受け入れるべき存在だと思ってい るよ。さあ、再び私の元に来る決心がついたようだね...」 その言葉が合図であるかのように、会長室の入り口から4人のスタッフが入ってきて僕らの事を遠巻きにして整列した。 おそらく彼らは月枝会長の直属のしもベたちといった所が正解だろう。 「藤森先輩、本当にそれでいいんですか?」 ハブとマングースの睨み合いのような状態だった会長室に突然起こった動きに、沙也ちゃんは身構え、僕は落胆するのと同時に 先輩の本心を聞きたくて思わず尋ねずにはいられなくなり、先輩の方へ一歩踏み出そうとするのをなぜか沙也ちゃんが遮る。 しかし、それを無視して藤森先輩はスーツの襟を正したかと思うと、ゆっくりとした歩調で会長席へと近づく。 「うれしいですわ、月枝会長。私を認めて下さって。では、私の事を...私の全てを...見て、感じて下さい...そして...ご自分で慰 めたらいいわ...激しく!」 会長の姿をじっと見つめながら、誘惑するように話し始めた先輩の口調が、最後は命令するかのごとく厳しいものになってい た。 「なっ、なにが...ぐわっ」 突然、実在しないはずの会長が顔色を上気させたと思ったら、すぐに全身をガクガクと揺らし始める。 「感じて...私の事を...想像して...さあ!」 「そんな...あおおっ...やめて...くれ...ううおおーーっ」 社会的地位も高く、恰幅のよい男が突然自らの一物を引っ張り出してしごき始める光景など、誰が想像できようか。 突然の出来事に動揺していたスタッフたちだったが、次第に「魔」の本性をむき出しにし始め、僕と沙也ちゃんに襲いかかろう としていた。 だが、一歩踏み出したとたんに沙也ちゃんが振り向くと、4人はその場で固まってしまう。 「星野さん、今のうちに会長の所在を...」 目を白黒させながら激しい自慰を強制させられている会長の傀儡の側で、想像を絶する快楽を送り続けている藤森先輩に近づい た沙也ちゃんは、落ち着いた様子で笑顔を浮かべて彼女に答えた。 「こんなに激しく感じていたら、どんな異空間のどの時空座標に隠れていようが、すぐに解るわ...もうここに呼び出してる...」 そう言いながら会長の方を沙也ちゃんが振り返ると、豪華な椅子で身をのけぞらしながら咆哮を上げて自らを激しくしごきた て、よがり続ける会長の姿が一瞬ダブったと思えた次の瞬間に、明らかにその場所に実在するという存在感を漂わせ始めた。 「ぐわわわーーっ....ああっ....おおおっ、おおおっ」 既に何度も絶頂を迎えたであろう会長は、沙也ちゃんの魔法によって射精の瞬間のまま停止させられた。 「私の勉強の成果が正しいなら...会長さんの「魔」の意識は凍結出来ていないはず。聞こえていますよね、私の声。でも、貴方 がこの時空で自然の生んだ生命として存在する私が認識出来ない存在だというのなら、貴方の生命意識のエネルギーは私たちの 五感では感知できない超対称性粒子による活動だと仮定すれば、貴方の存在を消滅させる為には...」 そう言いながらキリッとした視線を会長に投げかけると、着こなしていたイタリア製とも思えるスーツをはだけさせてグロテス クな一物を露出しながら強烈な快感に顔を歪めた様子で硬直していた会長の肉体が唐突に変化し始めた。 「イメージ出来るわ...貴方の生命体としてのエネルギーである超対称性のボース粒子を対称のフェルミ粒子に魔法で変換してみ たの、それが貴方の正体...」 この世の存在でありながら、人類の英知が検知出来ない存在を沙也ちゃんが魔法によって僕たちの前に姿を表すようにしたらし いことは何となく理解できたのだが、純粋で検知不可能なエネルギー態で有ったものが実態化するに従い、科学で証明されない 人間の第六感みたいなものが以外に正確だったと思えて来た。 なぜなら沙也ちゃんの見つめる先で、会長の体が見る見るうちに人間から「魔」と古くから呼ばれてきた生命体へと変わって行 くのだが、その肌は漆黒に輝き、その姿は様々な文献に記されてきた悪魔とか鬼とかと呼ばれるものに近く、僕たちにとって醜 悪に感じられるどこかで見た様な存在へと変化し続けていたからだ。 「魔法で全てがフェルミ粒子化しハドロンの固まりとなった貴方は...全ての質量をエネルギーとして消散するといいわ...この太 陽系の中心で」 そう言って会長室の小窓の方へ沙也ちゃんが視線を移した瞬間、会長席には全く別の人間が既に座っていた。 それは沙也ちゃんの魔法によって今までの会長が滅びた事を意味していた。 そこに居る新しい会長には、別の出世物語が有ると言う事になる。 おそらくそれまで会長であった「魔」の存在は、沙也ちゃんの魔法で一瞬のうちに太陽に移動させられ、6~70キロあった体重 の質量全てがエネルギーに変換され、それが地球上では大惨事となるエネルギーでも、恐るべき量の太陽の放射のほんの一部と なってこの時空の宇宙空間に放射してしまった事だろう。 それにしても沙也ちゃんの勉強熱心さには頭が下がる。 同時に沙也ちゃんの魔法で硬直させられていた4人のスタッフが音を立てて床に崩れ落ちた。 本人たちには何の変化も無いのだが、沙也ちゃんが「魔」であった会長を呼び出した時と同じ様な感覚が今度は逆に何らかの存 在感を消して行くように働いているのが感じられた。 それまでは気がつかなかったが奇麗に磨かれた会長室の床に、倒れている彼らのを投影する反射像がぼんやりと浮かび上がって きたからだった。 「会長の呪縛から解き放されたのね....」 方法は違うが、同じ経験を既にしていた藤森先輩が小さく呟く。 「彼らを縛っていた超対称性粒子部分の大元とのエンタングルメントがなくなったようね...彼は、大きな幹だったのね。おそら く彼に関わっていたスタッフや、芸能界の何人かも、いま同じように開放されたと思うわ...私は、「魔」の一族の一つのファミ リーを滅ぼした...」 おそらく性格的に自分を責めるであろう沙也ちゃんの事を考え、何かしら励ます言葉をかけようと歩み寄った僕だったが、新し くそこに「存在」していた会長の言葉がそれを遮る。 「藤森君は良いとして、君たちはいったい...それに他の諸君はここで何を...」 そこまで口には出来たのだが、おそらく沙也ちゃんの魔法で新しい会長の時は止まった。 「また藤森先輩に助けられましたね。魔法で心を読む様な事もしなかったけど、貴方に受け継がれた「魔」の力で彼を快楽の淵 に誘い込むとは思っても見なかった...それがあんなに効くなんて事も...」 「会長が私を見る目が...何となくだけど、私の力は届くと思ったの。いや、彼自身が自ら私の力を引きつける事を望んだ...から かしら。でも、この力は「魔」で有った時に健二君の「聖液」を受け止めたから...」 そう言うと二人は、男性ならそれだけで誰もが服従してしまうであろう優しい笑顔を見せて僕の方を見つめる。 ここでも僕は結果的にはオロオロしていただけで、自分の存在がなにか特別なものである様な自覚は当然なかった。
2010/09/05 10:58:45(CzDiiqKf)
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