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1:雪菜17 ~【矢と稲妻の書】その10~
投稿者:
液男
◆p.LufJKJx.
轟音とともにやってきたヘリコプターは、駅前公園の広場にゆっくりと着陸した。
俺と雪菜が近付くと、ドアが開き、中からひとりの人物が降りてきた。雪菜が、今回の【矢と 稲妻の書】騒動を解決するために呼んだ、《連盟》の仲間だ。 小柄な女性……いや、少女と表現した方がしっくりとくる。金色のストレート・ヘアをツイン テールにした、白人の女の子だ。歳は、十歳前後ぐらいだろうか? 瞳は澄んだ空色で、白磁の ような顔の中で、頬だけが健康的な薔薇色をしている。 服装は、ちょっと正確に言い尽くせそうにない。これぞゴシックロリータ・ファッションとい うのだろう。黒地に白のフリルを大量にあしらったミニスカート・ドレスを、これ以上なく見事 に着こなしている。髪をとめているリボンは赤く、ピンク色のバラの飾りがついていた。 「ハイ、ユキナ。来てあげたわよ。『最速』のあたしを呼ぶからには、荷造りはすでに済んでる んでしょうね?」 流暢な日本語で、彼女は雪菜に話しかけた。腕を組んで胸を張り、背の高い雪菜を見上げなが ら偉そうに言うさまは、生意気ではあるが、それ以上に可愛らしさを感じさせる。これが萌えか。 「大丈夫よ、ローザ。運んで欲しいのは、私と彼のふたりだけ。送り先は沖縄、時間は三十分…… いいえ、十五分以内。いける?」 「イケルかイケナイか聞くのは、あたしの【車輪と紙袋の書】を侮辱する行為よ。十分で到着し てやるわ」 「それもそうね、任せたわ。……さ、連れて行って」 フン、と鼻を鳴らし、親指で背後のヘリコプターを指し示す少女――ローザ。乗れ、というこ とらしい。 雪菜がまず乗り込み、続いて俺が乗り込む。その際、ローザの目線が、俺の体をつま先から頭 頂部までじろじろと観察しているのを感じたが、あえて何も言わなかった。 最後にローザが乗り込み、ドアを閉める。重く硬いはずのヘリのドアにしては、ひどく軽い音 がしたが、これはなぜなのだろう。 ヘリの中は身を屈めなければならないほど狭かったが、コクピットと合わせて三つの席があり、 座ってしまえば狭さはあまり気にならないような作りになっていた。俺たちが着席したあとで、 ローザが小さな体をひるがえしてコクピットに――運転席に座り、機械をいじくり始めた。グリー ンのランプがいくつも灯り、機械がブーンと音を立てて動き出す。 「んじゃ、テイクオフといきましょうか。お客様方、安全のためにシートベルトの装着をお忘れ なきよう。あたしの乗り物の中で頭ぶっつけて死んでも、責任は取らないからね」 俺も雪菜も、言われた通りにした。やがて、モーターの回転する音が徐々に高まり、窓の外の 景色がゆっくり下降し始めた。ヘリコプターは、公園の広場に三分も腰を落ち着けず、再び空へ 舞い上がったのだ。 しかし、ヘリコプターが空を飛ぶ乗り物だというのはわかっているが、その速さはどれだけの ものなのだろうか? 個人的には、あまり速いというイメージを持てない。おそらく、速さ比べをしたら、普通の飛 行機の方が早いのではないだろうか。ジャンボジェットとか、そういった旅客機の方が、単純な スピードでは断然優れているはずだ。そして俺たちは、ジェット機でも間に合うかどうかわから ないスピード勝負を挑まなくてはならないのだ。 そういった質問をローザにしてみたところ、彼女は肩をすくめ、心底バカにした声で、こう言 い放った。 「ノー・プロブレム。魔法使い舐めんじゃあないわよ、一般人。 ヘリでダメなら、もっと速いの用意すりゃいいだけでしょうが」 そしてローザは、何かもぐもぐと、口の中でつぶやいた。それが彼女の魔法を操るための言葉 だと、機体に変化が現れてようやく、俺は悟った。 床や壁や天井が、わずかに歪んだ。窓の外の景色に、異常が起きた――無数の紙が、書物から ちぎり取ったページみたいな、文章の書かれた長方形の紙が、俺たちの周りを囲むように舞い始 めた。何事かと思って見ていると、その紙の一枚一枚が窓に貼りつき、色を変え、質感を変え、 窓を新たなものに作り変えていった。広く、薄かったヘリコプターの窓は、厚く、狭いものに変 わった。 この時、俺が外から機体の様子を見ることができていたら、ヘリコプターが今まさに変身して いるということに気付いただろう。回転するプロペラは紙切れとなって飛び散り、外壁もボロボ ロと紙になって崩れ、その紙が再び機体に貼りつき、まったく違った形になって馴染んでいく。 そう、この機体は、ローザの魔法でできていたのだ。ローザの持つ魔法の書を構成する紙束が 組み変わり、鋼鉄や強化ガラスでできた飛行機を作り上げていたのだ。 「これがあたしの【車輪と紙袋の書】の魔法よ。ありとあらゆる移動手段を用意できる……」 もはや、俺たちが乗っているのはヘリコプターではなかった。飛行機、でもない。流線型で、 噴射口のついている、ロケットに近い飛行物体だ。 「こっから先はお口にチャックね。音速を何段かぶっとばすから、気をつけていても舌を噛むわ よ……イア! ゴォ!」 ドウ、という爆発音。そして、前から後ろにかかる慣性が、俺たちの体を潰さんばかりにシー トに押さえつけた。 黄色い噴射炎と、真っ白な飛行機雲をあとに残し、俺たちは沖縄へ向けてばく進した。 ・・・・・・。 男はビデオを新しいものに取り替えていた。 衛星放送で発信された、KBA48000の舞田夏子のライブを再生する。そう、今度はこの アイドルのライブを、【矢と稲妻の書】でメチャクチャにしてやろうと思っているのだ。 今度はどんな風な屈辱を見せてやろう。魔法を使える彼ならば、どんなことでも可能なのだ。 そして、能力の性質からして、彼のことを阻止できる人間もおそらく、この世にはいない。 無敵だ。あとは、男自身の想像力の問題だ。 そして、画面の中で、ライブが始まった。 観客で埋め尽くされたホールの舞台に、舞田夏子が登場する。歓声が沸き起こる。夏子は、笑 顔でファンたちに手を振ってみせる。 さあ、どうしてやろう。人気絶頂のアイドルグループのメインメンバー、若く、キレイで、は つらつとしていて、生きているのが楽しくて仕方のなさそうな、希望に満ちたこの少女の人生を、 どう踏みにじってやろう。 挨拶が済み、とうとう夏子が歌い出す。男は、画面の中の夏子に向けて、【矢と稲妻の書】で できたライフルを向ける。 そして……。 ・・・・・・。 ライブ開始の十分前。 俺たちは無事、コンサート会場にたどり着いていた。ロケットがヘリコプターに戻って着陸し、 そこからさらにスポーツカーになって会場入りするまで、まさに目まぐるしいとしか言いようの ない旅路だった。 途中、妙な場所に寄り道をしたが……それを含めても充分間に合うあたり、移動の速度自体の 速さに驚かされる。 そして、そこからの行動も電撃的だった。人の精神を操る【慈悲と友愛の書】を使った雪菜が、 警備員やマネージャーを操って、舞田夏子の控え室まで案内させた。出番を待っていた彼女も、 精神を操られ、一瞬のうちに眠らされ「保護」された。 これでライブに出なければ、おそらく彼女は【矢と稲妻の書】の被害を受けずに済むだろう。 事件が起きているのは、いつも生放送の最中。きっと、画面越しにでも本人を確認していないと、 【矢と稲妻の書】は人を攻撃できないのだ。 だが、それで事件が解決したわけではない。【矢と稲妻の書】を操る犯人は野放しだし、これ 以降の生放送番組を全て中止させ、出演者を保護するなんてことはできない。 何らかの方法で、反撃を試みなくてはならないのだ。 しかし、時間の向こう側から攻撃してくる敵に対して、反撃するなどということが可能なのだ ろうか? 「まあ、できなくはない、と思うわ」 雪菜は、ちょっと考えたあと、こともなげにそう言った。 「かなり、運に頼らなくちゃいけないけど。こちらの都合がいいように、相手が行動してくれれ ば……可能性は一パーセント以下ってところでしょうね。 でも、それでも誰かがこの敵をとめなくちゃいけないんだから……一応、やってみましょうか」 それがどんな方法なのか、俺はすごく気になったが、雪菜は教えてくれなかった。 「上手くいくかわからない作戦の説明って、ちょっと恥ずかしいでしょ? だから、今は秘密。 でも、あなたにもちょっとだけ協力して欲しいの。これをやってもらえなかったら、私の計画 はそもそも実行できないっていう、重要な役割よ。ね、お願いしていい?」 雪菜に上目遣いでおねだりされては、うなずかずにはいられない。それが、どんな困難な仕事 であろうとも。 しかし、俺が頼まれたのは、思っていたよりは難しくなさそうな仕事だった。 「この控え室にいて、舞田夏子さんを見張っていて欲しいの。彼女はライブに出ないけど、もし 相手が、カメラに写っていない相手でも攻撃できる魔法使いだったら、舞田さんは大変なことに なるわ。 ローザ、あなたも。彼と一緒に、この部屋にいて。もし、舞田さんに異変が起きたら、私の携 帯を鳴らしてくれればいいから」 言いながら、雪菜は控え室から出て行こうとする。 俺は、彼女が戦いに行くのだということを察した。おそらく、この指示は、敵と雪菜との戦い に俺が巻き込まれないようにするための、一種の方便なのだろう、と気付いてしまった。 しかし、俺はそのことに文句を言える立場にない。魔法使い同士の戦いに、俺が出ていっても、 雪菜を守ることはできないからだ。ローザの言った通り、俺は何の力も持たない「一般人」なん だから。 「じゃ、ちょっと行ってくるわ。ふたりとも、あとはよろしくね」 「うん。ユキナ、頑張って」 雪菜を勇気付けるように、笑顔で言うローザ。雪菜に対しては、この幼女は素直に好感を表現 するらしい。 俺は、ああ、とだけつぶやいて、雪菜の後ろ姿を見送った。無力感。俺の全身を、その感覚が 覆っていた。 ・・・・・・。 「さて。これで、彼にはこれから私がすることを、見られずに済むかしら」 コンサート会場の通路を歩きながら、雪菜はつぶやく。 手には、彼女の魔法の書である【墓場と地下牢の書】がある。それのページをめくりながら、 彼女は呪文を唱える。 ごきん、と音がして、雪菜の背が五センチほど縮んだ。 背中まであった長い黒髪が、肩までの長さになり、色も明るいブラウンに変わった。それが更 に、ポニーテールに結い上げられる。 顔の造作も変わる。目が丸く、大きくなり、鼻の形、唇の形も微妙に変わる。化粧っ気のなかっ た肌に、ファウンデーションと頬紅の色がつき、アイライナーが目の輪郭を濃くする。マスカラ がまつげを太く、長く見せ、唇にはラメ入りのピンクのグロスが乗った。 最後に、服装が変わった。うなじの髪の毛が伸び、色を変えて編み込まれ、全身を包む。それ は、白いブラウスに赤と黒のチェックのプリーツスカートという、KBA48000の舞台衣装 として完成した。足元は、白のハイソックスと黒のエナメル靴だが、これは雪菜の自前であった。 通路の途中にあった姿見で、雪菜は自分の容姿をチェックした。そこには舞田夏子がいた。寸 分の狂いもない、完璧な舞田夏子の影武者が。 「まあ、この方法が一番よね。反撃するには、敵に仕掛けさせないといけない、と……。 あ、声も変えなくちゃ。声帯を変化させれば充分よね……あとは、歌だけど……何とかなるか しら」 夏子になった雪菜は、ひとりでブツブツつぶやきながら、舞台の方へと歩いていった。 夏子を待っていたスタッフに挨拶をし、所定の位置につく。そして幕が開き、ライブは開始さ れた――何の滞りもなく。 スポットライトを浴び、何千何万という観客に向かって、笑顔で手を振る。 誰もそれが、偽者だとは、気付かない。 つづく。
2011/07/06 19:40:40(a/EQ0vi1)
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