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それまで実家から片道3時間かけて、
八王子まで通学をしていたのを辞めて、 大学二年の5月、僕は家を出て、 八王子で一人暮らしを始めた。 すでに一年間通っていた街だから、 特に不安はなかった。 むしろ、自由を手に入れた気分だった。 でも、最初の夜、部屋の天井を見つめながら、 言いようのない恐怖に襲われた。 まるで太平洋の沖合にぽつんと浮かぶ十坪ほどの小さな島に取り残されたような気分だった。 次の夜、IDO公式サービスの「友達広場」という伝言ダイヤルに電話をかけた。 #4桁の番号を入力し、自分の電話番号とメッセージを残す。 しばらくすると、 見知らぬ女性から電話がかかってくる。 僕は彼女たちと朝まで話した。 それが僕の夜の過ごし方になった。 実家にいた頃、僕はすかいらーくのキッチンでバイトをしていた。 その経験を活かして、八王子でもキッチンの仕事を始めた。 すかいらーく八王子東町店。 JR八王子駅と京王線八王子駅との、 ちょうど真ん中にこの店はあった。 学生の街、とだけあって、 従業員のほとんどを学生が占めていた。 働き始めて一ヶ月が経った。 ある夜、四つ下の夜間高校に通う女子高生のバイトの女の子が、 「終電逃したから泊めて」 と言って僕の8畳間の部屋に転がり込んできた。 時間は、深夜零時を回っていた。 彼女の家は、隣の西八王子駅から、 さらにバスで30分ほどのところにあった。 断る理由が見つからず、仕方なく部屋に入れ、 彼女をベッドに寝かせ、僕は座椅子を倒して寝た。 深夜、彼女が起きてきて、 そっと僕の隣に座った。 「手、つないでもいいですか?」 彼女はそう言って、僕の手を握った。 そのまましばらく膠着状態が続いたあと、 彼女は持ってきていたペットボトルのお茶を口に含み、 突然僕の唇に押し当てた。 そして、含んだお茶を無理やり僕の口に流し込んだ。 自分の体温とわずかに異なる温度差が、 とても奇妙で悪くはない感覚だった。 「今のをもう一度、やって欲しい」 僕たちはなんとなく一ヶ月ほど付き合ったが、 ある日を境に僕は彼女を避けるようになった。 理由は単純だった。 店での彼女の評判がすこぶる悪かったからだ。 僕は自分の評判が悪くなるのを恐れた。 その後、すぐに、同じ店で働いていた家政大学の女子大生と親しくなった。 彼女はときどき僕の部屋にやってきて、 テレビゲームをしたり、大学のレポートを書いたりした。 気が向けば料理を作り、一緒に食事をした。 ある晩、彼女は「今日は泊まっていく」と言った。 僕たちは同じベッドに横になり、静かに眠った。 でも、それだけだった。 「何もしないの?」 と彼女は僕の腕を枕にしながら言った。 「どうすればいいか分からない」 彼女は「ふーん」と言って、目を閉じた。 それから一週間後、僕は彼女と関係を持った。 彼女は十八歳で、僕は十九歳。 「私は少しだけ入れたことはある」とその場で彼女は言った。 僕は正直に初めてであることを告げて、 どうやって入れたらいいのか、彼女に確認をしながら、 よそよそしく勃起したペニスを彼女の中にゆっくりと押し込んだ。 「デカっ!指と全然違う」 彼女は本当にそう言った。 先ほどまでとは打って変わり、苦悶に満ちた表情で、 お世辞にも愛おしいとは言えない顔つきで、 別人と思えるくらい本当にブスな顔をしていた。 僕の方はと言うと、 初めて女性器の中に入れて思ったのは、 とても温かい、という単純なことだった。 こんなにも女性の体の中が、温かいものだとは思わなかった。 そして次に驚いたのは、人の体の一部が生温いゼリーのように滑らかで湿っているということだった。 どのような構造になっているのか不思議で仕方なかった。 鰻のぬめった表面でできた小さな穴に触れているような感覚だった。 少しずつ腰の動かし方に慣れてきたところで、 下腹部の奥から、何かが膨れ上がってくる感覚を覚えた。 それは、急激に膨らみ続けた風船が、 ふっと指先の力で解放される瞬間のようだった。 あるいは、暗闇の奥でずっと小さな出口を探し求めていたものが、 ようやく細い光を見つけ、慌てて飛び出すような感覚とも言えた。 僕にはそれを拒む術がなかった。 ゴムは付けていなかった。 避妊しなくていいと思っていたからではない。 単純に用意をしていなかったからだ。 そして、何の予告もなく、それは向こう側へと抜けていった。 不可抗力だった。 本能的に息が止まり、目をギュッと閉じて、そのまま彼女の奥に精を出した。 自分のことなのに、僕には何の相談もなく、本当に突然のことで、 どのタイミングでペニスを抜けばいいのか、 どのように外に出せばいいのか、全く分からなかったし、 汚い精液を彼女の体に浴びせるのは申し訳ない気もした。 とにかく、あの時はどうしたらいいのか分からなかった。 朝になって、ベッドを見ると、 薄っすらとピンク色の染みが滲んでいた。 「あんなものは、二度と入れたくない」 「そんなに痛かった?」 「大根って、鼻の穴に入ると思う?」 「それはどうやっても入らない」 「そう、大根は鼻の穴には、入れてはいけないものなの」 それが彼女の本当の初体験の感想だった。 彼女はこれまでの二人とは違い、 明るく、ポジティブで、料理や裁縫も得意だった。 彼女の着る服のほとんどが、自分で作ったものだった。 それは驚くほど上手に仕立てられていた。 ある日、彼女が胃腸炎で入院した。 僕はお見舞いに行ったが、 特に心配することもなかった。 そういう感情が僕にはなかったのかもしれない。 「ちょっと、腕見せて」 そう言って、ベッドから起き上がった彼女は、 僕の長袖をまくり上げ、 油性マジックで大きく「木村みずき」と書いた。 「何これ?」 「おまじない。他の女の子が近づいてこないように」 彼女が退院するまで、 どんなに洗っても、その文字は消えなかった。 半年後、彼女は突然こう言った。 「別れよっか?」 「どちらでもいいよ」 それが僕たちの最後の会話だった。 翌日、彼女はバイトを辞め、僕の部屋にはいくつかの私物が残った。 それを綺麗に段ボールに詰め、彼女の家に送った後、僕は呟いた。 「大根は鼻の穴に入れてはいけない」 *** 大学三年になり、 またファミレスで新しい彼女ができた。 西葛西の医療系専門学校に通う同い年の絢子。 ショートカットで、高橋尚子に少し似ていた。 同い年の女の子と付き合うのは、 この時が初めてで、これが最後だった。 「車好きなんだ?」 「うん。マセラティが見たい」 僕たちは幕張メッセの東京モーターショーに出かけた。 渋滞する道で「車に関するしりとりゲーム」をした。 「ロールスロイス」 「スバル」 「ルノー」 そんな風に時間を潰しながら、やっと駐車場に入れた。 会場では手をつないで歩き、マセラティの前で記念写真を撮った。 その帰り道、蘇我駅近くの「レストラン万世」で食事をした。 僕が高校生の頃、初めてバイトをした店だった。 「ロブスター、美味しいよ」 「ごめん、甲殻類アレルギーなの」 「え?」 「エビとかカニとか食べると、最悪死ぬかも」 「……その時はどうすればいいの?」 「薬あるから大丈夫。でも、もし苦しそうにしてたら、これ飲ませて」 そう言って、彼女はカバンから小さな薬のボトルを取り出した。 僕はそれをじっと見つめながら、使い方を頭に入れた。 彼女を一生守りたいと本気で思った。 他人を心配したのはこの時が初めてで、 今思えば、この時が最後だったのかもしれない。 その夜、彼女を家まで送り届けた。 助手席の彼女を見つめ、キスをしようと近づいたが、 シートベルトがロックされていて、 僕の唇は彼女の少し手前で止まった。 「かっこ悪い」と彼女がクスッと笑った。 シートベルトを外し、もう一度キスをした。 翌日、彼女からメールが届いた。 「やっぱ付き合うのやめる」 電話をかけたが、出なかった。 すぐにメールによる返信があった。 「他に彼氏が二人いるの。あなたは唯一、車を持ってたから。断るの勿体なかったし。でも、キスが下手だったからやめる」 僕はそのメールを何度か読み返した。 情報量が多すぎて、すぐには理解できなかった。 翌朝七時、捨てられたと思っていた彼女からメールが届いた。 僕は心底嬉しかった。 「風邪で体調悪いから、西葛西まで車で送って」 東京プリンの歌にそんな歌詞があった。 僕は電話をかけて、短く言った。 「ふざけるな」 電話を切ると、すぐにまたメールが来た。 「体調悪い相手に最低ね」 僕はようやく目が覚めた。
2025/02/26 21:53:41(z9j34kqH)
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