パパ活市場における均衡と価格決定のメカニズムについて、
社会心理学科の女子大生とホテルで会話を交わす。

**見えざる市場と均衡価格**

18時ちょうどに僕たちは喫茶店を出て、
池袋の雑踏のなかを歩いた。

金曜の夜ということもあり、
様々な人々が賑やかに交差していた。

冬の空気は乾燥していて、ビルの隙間を抜ける風がコートの裾を揺らした。
僕は彼女と並んで歩き、時折、互いの肩が触れ合った。

彼女は特に気にする様子もなく、スマートフォンを片手に持ち、
小さなバッグをもう片方の手にぶら下げていた。

僕たちが向かったのは、ホテルバリアン池袋。

大きなベッド、広いリビングスペース、無駄に長いカーテン、
厚手のカーペット、間接照明の灯るバスルーム。
まるで映画のセットみたいな部屋だった。

僕はネクタイをゆるめ、
彼女はソファに腰掛け、静かに息をついた。



「ねえ」彼女が言った。

「パパ活って、均衡価格の話と関係あると思わない？」

僕はグラスにミネラルウォーターを注ぎながら頷いた。

「どういう意味？」

「たとえば、パパ活市場には供給側と需要側があるわけよね。
需要側、つまりお金を出す側の人たちは、より良い条件を求める。

供給側、つまり私みたいな女子大生たちは、それに見合う価値を提供しようとする。
この関係のなかで、最適な価格が決まるんじゃないかな」


僕はベッドの端に腰を下ろし、水を一口飲んだ。


「それは基本的なミクロ経済学の市場均衡の話だね。売り手と買い手の間で価格が調整されて、

需要曲線と供給曲線が交わる点で市場均衡が成立する。でも、この市場には面白い特性がある」


「たとえば？」


「まず、商品の差別化がある。
一般的な市場なら、価格だけでなく品質やブランドの違いが影響を与える。

パパ活市場も同じで、提供されるものは単なる『時間』じゃなくて、
容姿、会話のスキル、知的レベル、さらには相手との相性まで含まれる。

均一な財じゃなくて、極めて異質な財が取引されているんだ」


彼女はシーツの上に足を伸ばし、
考え込むように天井を見つめた。


「それって、労働市場と似てるのかな？」


「その通り。労働市場では、スキルや経験、学歴が賃金に影響を与えるよね。

パパ活市場でも、経験や市場価値が価格に反映される。
でも、労働市場と違うのは、情報の非対称性が極端に強いことだ」


「情報の非対称性？」


「うん。たとえば、企業が社員を雇うときには履歴書や面接、試用期間を通じて相手の能力を評価できる。

でも、パパ活の場合、事前の情報はプロフィールや写真、それに短いメッセージのやり取りだけ。

だから、買い手である男性側は常にリスクを抱えているし、売り手である女性側も、相手がどんな人物なのか、どれだけ信頼できるのかを見極めるのが難しい」


「なるほどね」彼女は頷いた。


「それって、アカロフのレモン市場の問題と同じ？」


「そう、それがまさに『レモン市場』の問題なんだ。
レモンが腐っているかいないのかは、ナイフで切って中身を見てみないことには、外見では分からない。

つまり、本当に価値のあるものを提供できる人も、
そうでない人も混ざっていると、最終的に市場全体の価格が下がってしまう。
結果として、質の高い取引が成立しづらくなるんだ」


「でも、それを解決するために、中古車市場やメルカリのように評価制度やレビューがあるんじゃない？」


「その通り。市場の透明性を高めることで、情報の非対称性を少しでも解消しようとしている。

でも、ここで面白いのは、パパ活の市場は完全競争市場ではなく、寡占市場に近いってことだ」


彼女は顔を上げた。

「どうして？」



「完全競争市場なら、売り手と買い手が無数にいて、価格が均一になる。

でも、実際にはそうならない。

なぜなら、売り手ごとに差別化があり、買い手にも価格の決定力があるから。

需要側、つまり男性側のほうが、供給側である女性より多くなると、

【需要＞供給】

価格交渉力は女性側に移る。

でも、逆に供給側である女性側が多くなれば、

【需要＜供給】

供給過剰となり、自然と価格は下がるんだ。

コロナ禍のパパ活市場がまさに供給過剰だったと言える。

それまで参入してこなかった一般層が大量に流れ込んできたおかげで、
価格は下落し、質の高い女の子や普通の女の子が市場に参入してきたからね。

このように、需要と供給のバランスが市場の均衡を決めるんだ」


「それって、パパ活市場の価格がある程度高止まりしている理由？」


「そうかもしれない。あと、もうひとつ重要なのは『価格のシグナリング効果』だよ」

彼女は枕に頬をつけ、興味深そうに僕を見た。


「それって？」

「たとえば、価格が高いと、それだけで価値があるように見える。


実際に内容が伴っていなくても、
価格が高ければ『この人は特別なんじゃないか』と思わせることができるんだ。
これはブランド戦略でもよく使われる手法だよ」


「なるほどね」

彼女は目を閉じた。


「じゃあ、結局のところ、パパ活市場は自己調整的なものなの？」


「市場は自己調整するけど、それは必ずしも公平な結果をもたらすわけじゃない。

市場が決める価格が、必ずしも倫理的に正しいとは限らないからね」

「そうだね……」彼女はしばらく黙った後、ぽつりと言った。


「でも、市場原理がすべてを決めるわけじゃないよね。人間は合理的な計算だけで動くわけじゃないし」


「それはアダム・スミスも言ってたよ。

市場は『見えざる手』によって調整されるけど、

結局のところ、人間は共感や道徳感情によって行動する。

市場のメカニズムだけでは説明しきれないものが、

僕たちの社会にはあるんだ。

市場のメカニズムが何故、このように機能するのか、

実は過去現在における世界中の経済学者の間でも、未だに結論は出ていないんだ。

もし、この理論を構築し、誰もが納得できる、

普遍的な価値のある論文として発表されるならば、ノーベル経済学賞は確実だと言われているんだ」

彼女は微笑んだ。


「じゃあ、私たちは今、市場の一部なのかな？」


僕は少し考えたあと、こう答えた。


「たぶんね。でも、僕たちがこの市場でどんな均衡点にいるのかは、まだよく分からない。

少なくとも、僕が君に渡している金額で、僕は自らの効用を最大化できている、ということは間違いない」

彼女は小さく笑い、ベッドサイドのライトを消した。

部屋のなかは柔らかい暗闇に包まれた。

市場の均衡点は、たぶんまだ揺らいでいる。

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