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1:雨音
昼休みは公園のベンチで暖かな陽射しだった。なのに帰る時間が近づくにつれ雲は重く、季節が戻ったかのように午後五時にしては街全体が薄暗い。頭上には節電のために管の外された蛍光灯。僕は書類に領収書を添付して隣の席の経理に回す。
「これ、お願いします」 「遅いよ新倉くん。こう言うのは締めの一週間前までに出してって言ってるでしょ」 経理の城戸先輩は僕を一瞥すると、髪を束ねたゴムを外しながらそう言った。 「すいません」 「まったく。今日何日だと思ってんのよ」 眼鏡の奥から鋭利な刃物のような視線。提出した書類は整然と並べられたファイルに収められる。一日遅れたぐらいでこの言い様。少しは融通利かせてくれてもいいのに。 「お先。俺、雨降られる前に帰るわ」 「あ、お疲れ様でした」 部長が帰り、後を追うように新入社員たちも帰り支度を始める。やっと人手不足から解放されると思ったものの、彼らが使えるようになるまでが大変なのだ。今日も残業だろうかと憂鬱な気分に浸っている中、同僚たちまで次々と帰り支度を始める。社長は接待に行ったままの直帰で、こんな日は早く上がれるとばかりに遊びに行くのだろうか。 「あなたも今日はこの辺にしといたら? 今夜は天気、荒れるらしいわよ」 「みたいですね」 気付けば僕と城戸先輩だけが残され、外もすっかり暗い。蛍光灯の数を半分に減らしたのはこの人だった。細かい事ばかり言う人だけど、それでもこの小さな会社が潰れずに持ちこたえているのは、実はこの人のお陰なのかも知れない。 「もう降って来た?」 机の上、冷めたコーヒーの横に短く切り揃えられた爪が乗る。僕は苛立ちを覚えながら窓の外に視線を移す。見下ろしてみれば、黒や透明な傘たち。 「先輩、傘持って来てます?」 「それが持って来てないのよね。だって朝の天気予報じゃ降るなんて言ってなかったし」 視線を戻すもパソコン画面をサラサラと隠す黒髪。遮るように身を乗り出した横顔は眼鏡を下にずらして眉間に皺を寄せていた。この人は他人のテリトリーに土足で踏み込む癖がある。化粧の匂いが僕の空間を侵す。もし社会的立場が逆だったら、きっと説教していただろう。 「誰か置き傘してないかしら」 僕は冷めたコーヒーを飲み干してカップを片付け、鞄に持ち帰る書類を仕舞った。 「やっぱないか。これ、新倉くんのでしょ?」 傘立てを見て嘆く先輩。 「ええ」 「入れてってよ。駅まで」 「はぁ、まぁ、いいですけど」 最後まで会社に残っているのはいつも先輩だった。電源を全て切ってあるのを確認し、ファックス以外のコンセントを抜く。最後にオフィスの鍵を閉めれば、先輩の儀式じみた作業は終わる。 「毎日大変ですね」 「別に。もう習慣になっちゃってるわよ」 一階エントランスからビルを出れば、思ってたより大したこと無さそうな霧雨。 「これなら止むかも知れませんね」 駅まで傘に入れ、帰りの電車も同じ方向。先輩は怖い人っていうイメージがあるから、同じ電車で一緒に帰るのは緊張するし憂鬱だった。 無言が居心地の悪さを助長する中、先輩の家は僕の家の一つ手前の駅。やがて到着してドアが開けば、いつしかどしゃ降りのホーム。 「困ったわね、これ。新倉くん、ウチまで送ってってくんない?」 「傘買えばいいじゃないですか」 「勿体無いじゃない。ウチ近いし帰ればビニール傘二本もあるのよ」 図々しくは無いか、とは言えない。毎日節約に節約を重ねる先輩にとって、自宅の傘が無駄に増える事など許せないのだろう。 「マンションすぐそこだからさ」 もっとも、早く帰ったところで特にやる事もなし、面倒だけど貸しを作っておくのもいいかも知れない。 「しょうがないですね、わかりましたよ」 駅を出れば雨足は強まる一方で、足元と肩が濡れる。生ぬるい風は強く、霧のような飛沫が湿気とともに全身を濡らした。傘はその役目を大して果しもせず。 「ちゃんと差しなさいよ」 「はいはい」 濡れないように傘を掲げれば僕ばかりがびしょ濡れ。まるで下僕か執事にでもなったような気分だ。 先輩の家は線路沿いに坂を登った先の、古びたマンションだった。三十代後半にして独身の一人暮らし。 「少し休んでいったら? そのうち小降りになるかも知れないわよ」 「いえ、大丈夫ですよ」 「タオル貸してあげるからさ、ちょっと上がって行きなって」 仕事を終えたからか、ちょっといつもと印象が違う。仕事の鬼から一転、仕事に疲れた女性へとスイッチが切り替わったのだろうか、口調も普段とは違う。この様子なら、変に説教される事もなさそうだ。 「じゃ、お言葉に甘えて」 これがもし新入社員の女の子だったらウキウキもしていただろう。だが先輩は七つも歳上で、いわゆる行き後れというやつだった。 歳の割には老けておらず、それなりに綺麗の部類に入る。つまり別に結婚出来ないのではなく、本人が結婚そのものに興味無いのだろうと僕は邪推する。 「ちょっと狭いけど我慢して」 「お邪魔しま……」 玄関で靴を脱ぎながら僕は絶句した。なんだこの汚ない部屋は。 「マジですか」 「何が?」 仕事は几帳面なクセになんてガサツな私生活なんだろう。広いワンルームには散乱した雑誌。洗い物の溜まったキッチン。洗濯機から溢れる衣類。ゴミ屋敷とまでは行かないにしても、少なくとも女性の部屋とは思えない。 「……晩ごはんとか、どうしてるんですか?」 「んー、カップラーメンとかコンビニ弁当とか……」 「掃除とかしないんですか?」 「んー、疲れて帰ったらさ、お酒飲んで寝ちゃうのよね」 「ダメじゃないですか」 口煩くて細かい事ばかり言う先輩のイメージが音を立てて崩れてゆく。 「そうだ、シャワー浴びてけば?」 嫌な予感がしてシャワールームを覗くと、やはり。 「……排水口の髪の毛ぐらい掃除して下さいよ」 「あー……うん」 なんだかいつもと立場が逆になっていた。 「先輩、こんな生活してたら男だって寄りつきませんよ」 「いいのよ。そのうち掃除好きな男でも見つけるから」 「そう言う問題じゃないでしょ」 「まぁまぁ、ほら、ビールでも飲んで寛いでよ」 そう言うと先輩は冷蔵庫から発泡酒を二本取り出した。彼女には少し説教が必要かも知れない。僕は上着を脱いで唯一の座るスペースであるソファーに腰を下ろす。しかし手元に衣類の感触。 「ちょ、勘弁して下さいよ下着脱ぎっぱなしって!」 「あーごめんごめん。ま、気にしないで」 女性も歳を取れば恥じらいも何も無くなってしまうのか。今、彼女は怖い先輩ではなく、ただのズボラな年増女になっている。 「気にしますって。これでも僕、一応男なんですから」 「なんて言うかな、君は弟みたいな感じなんだよね」 だからか。僕の領域に勝手に入り込んで来たり、やたら図々しかったり、時には厳しく僕を叱ったり。 「でも、先輩は先輩です」 「もー、せっかく仕事終わったんだから先輩なんて固っ苦しい呼び方しないの」 不意に見せる笑顔。仕事中には滅多に見せない顔だった。 「どんだけスイッチ切っちゃってんですか。じゃぁ、なんて呼べばいいんです?」 「律子でいいよ」 そう言うと先輩は眼鏡を外した。初めて見たかも知れない。先輩のこんなオフな顔。可愛く見えてしまうのは、いつもと印象が違うせいだろう。 「じゃぁ……律子」 不本意ながらつい名前を呼び捨てに呼んでしまった事に、すぐさま後悔する。 「あ……うぅ……」 「ひとに呼ばしといて照れないで下さいよ! こっちまで恥ずかしくなるじゃないですか!」 「……うん」 俯き加減に視線を逸らすその仕草は、しおらしくもあり、また寂しげにも見えた。彼氏も居ないんだろうなんて勝手に想像を巡らせてしまう。 「せ、せめて律子さんて敬語で呼ばせて下さい」 「うん……ごめんね、新倉くん」 言いながら彼女は僕に発泡酒を渡した。なんで謝るんだろう。プルタブを開ける音が、どことなく気まずかった静寂を破る。 「はい、カンパーイ」 「お疲れ様です」 オヤジみたいな飲みっぷり。プハーとか言っちゃって、これじゃ彼氏も出来なかろうと僕は妙な確信を得た。 「じゃぁ、ちょっと着替えちゃうから、あっち向いてて」 「こ、ここでですか!」 「覗いちゃやーよ」 「覗きませんて!」 なんか疲れる。僕は発泡酒を煽り、ため息をついた。真面目で頼れるしっかり者だとばかり思っていたけど、それは仕事中の顔。いや、逆に会社でのストレスやプレッシャーがあるからこそ、城戸先輩のプライベートはこんな有り様なのかも知れない。 「もういいわよー」 「……ちょ、ラフにも程があります!」 Tシャツはまだいい。許す。だが下がパンツ一枚はナシだ。 「アタシ家ではいつもこの格好だけど?」 「恥ずかしいとか無いんですか? まかりなりにも男子が部屋にお邪魔してるんですよ」 「あらぁ? もしかして、こんなオバチャンの体で興奮しちゃってんの?」 なんだこれ。誘ってんのか? そんな訳ないだろうと、僕は自分の考えを払拭する。 「ウチの母だってパンツ一丁にはなりませんよ」 「やだなぁ、新倉くんアタシの事、そういう目で見てたわけ?」 「聞いてねーし」 先輩はずっと笑ってる。仕事中とはまるで別人のように。 「なんて言うかな、新倉くんてアンパイっていうかさ、信用できるっていうか」 「早い話、男として見られてないって事ですよね」 「アハハ、そうとも言うかな。新倉くんだってアタシの事、女として見てないでしょ?」 「そんな事……ない、ですよ」 綺麗な人だとは思っていた。ただ、この人はいつも鎧で武装していて女性っぽさを感じさせないようにしていた。 「え? アタシって……女としてアリなの?」 そもそも自覚が無い。城戸先輩は急に顔を赤らめ両手でTシャツを伸ばし、今さらパンツを隠そうとする。自ずと僕の視線は胸の谷間に行ってしまい、鼓動が早まる。 「普段あんまり意識してなかったけど、今みたいに自然体な律子さんなら全然アリですよ。て言うか元々先輩綺麗だし」 「お、お世辞なんか言わないでよ」 「いやマジで。スタイルだって抜群だし魅力的ですよ」 「……ありがとう」 まさか先輩の口からそんな言葉が出るとは思ってもみなかった。照れ臭そうにはにかんだその表情は、とても歳上には見えない。 雨音は静かで、小降りになって来た事を教えてくれる。帰る理由が出来てしまったけれど、左隣に肩を並べてソファーに座る先輩。ブカついたTシャツから細い足がスラリと伸びる。 「アタシね、女として自信無いんだ。だから仕事頑張ってさ、仕事で人から認められるようにって頑張って、気がついたらもうこんな歳になっちゃってて……」 「あんま無理しないで下さいね」 「新倉くん。なんかアタシ、疲れちゃったよ」 きっと寂しいんだ。誰にも弱音を吐けないまま、ずっと一人で頑張って来て。 「……僕でよかったら、いつでもお役に立ちますよ」 そう言いながらぎこちなく肩に手を回せば、僕の方へと寄り掛かってくる。ゴチン、と、彼女の頭と僕の顎とがぶつかって、サラサラの髪が頬に触れればいい匂いがした。疲れて血管が浮き出た手の甲は僕の胸をまさぐるようで、しがみ付こうともするようで。 「どきどきしてるね」 僕の胸元から、くぐもった声。 「ええ、まぁ」 「でもなんか、人の鼓動って癒される」 「そう言うもんですかね」 頭をもたげる欲望を感じて葛藤する。だめだ。冷静になれ。この人は会社の先輩で毎日顔を合わすんだから、軽い気持ちで手なんか出しちゃいけない。そもそも先輩はただこうしていたいだけなのかも知れない。でもこの状況。勝てる気がしない。 「新倉くん」 「は、はいっ」 「もしかして今、エッチなこと考えてた?」 「なっ! いや……」 「アタシみたいな年増でも、したいとか思っちゃうの?」 「そりゃぁ……って言うか律子さんまだ全然若いじゃないですか! 三十代とか普通ですよ普通!」
2021/02/16 09:08:04(dh3ZeD8X)
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うなぎだ
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「しても……いいよ」
「な!」 彼女は僕の胸に顔をうずめたまま、言った。どうにでもなれ。そんな気持ちだった。強く抱きしめれば、思ったより華奢な体がピクリと反応する。いつもピリピリしていて小言ばかり言う先輩とは別人のようで、そのままソファーに押し倒した。 「ホントに、いいんですか?」 頷く先輩は横顔のまま。それが不満で、僕はその頬に手を添えこちらを向かせた。見詰め合えば、なんて切な気で寂し気な瞳なんだろう。彼女を満たしてあげられたら。そう思いながら僕はそっとその唇を塞ぐ。 「んん」 背中に回された手は力なく、肩にばかり力が入っていた。先輩の緊張が僕に伝わる。Tシャツの胸はノーブラで、意とも簡単に探り当てられる突起。僕は自分を抑えきれず、そのTシャツを捲り上げた。 「ちょ、待って、明かりぐらい消してよ」 「あ、す、すいません」 落ち着け。そう自分に言い聞かせてリビング入り口の脇にあるスイッチを切った。点けっぱなしだったユニットバスの白熱灯が廊下に漏れているだけの部屋は、足元も覚束ない。僕はそのまま服を脱ぎ捨て、カバンに潜めてあったいつ買ったかも忘れたコンドームを握りしめてソファーに戻った。 「んん……新倉、くんっ!」 横たわる女体は先輩の裸。ソファーの前で、まるでピアノでも奏でるように指を滑らせれば、肌に触れただけで跳ねるように反応。吐息は官能的な音色となり静かな雨音と重なりあう。この人は一体、何年ぐらい男に抱かれてなかったんだろう、なんて考えながら腿の内側から付け根に指を這わせる。 「や、だめ、新倉くん……」 「すごく感じてるじゃないですか、先輩」 「律子って……呼んで」 じんわりと湿った毛を掻き分け、溝に指を沈めればぬるぬると滑る。 「すごく濡れちゃってますよ、律子」 「恥ずかしい……」 温かな体内へと指を挿れながら、まだまだ張りのある胸を口に含む。静かな部屋に先輩の喘ぎ声だけが響いた。 「挿れて……」 何も考えなかった。まさか先輩とこんな風になるとは思わなかった。しがみつく腕は細く、いつも僕を叱っていた声はまるで別人だった。 「んむ……」 挿れた途端に、きつい締めつけ。痙攣する肩に、震える唇。奥まで。足の付け根と付け根がぶつかり合うほどに、奥まで。 「動かしますよ」 「あ、ん、ゆっくり……お願い」 彼女の全身から立ち昇る熱気。僕の全身から噴き出す汗。体を密着させれば互いの汗と息が混ざり合う。乱れた髪が額に貼り付き、潤んだ瞳は僕を見詰める。 「痛く、ないですか?」 「ん、大丈夫、新倉くん。気持ち……いいわよ」 脳天を突き抜けるほどに心地よい摩擦。大きく形の整った胸を鷲掴みにすれば思ったより柔らかく、優しく撫でれば海老反りにしなる体。 「あっ、い、いいっ、いいのっ!」 ただの男と女になって、ただ強く、強く突き上げては抱き締めて、お互いを貪るように愛し合う。 「いっ……ちゃう……」 「律子……」 彼女の孤独が埋まってゆくように、僕の孤独も埋まってゆく。二人の溝と突起がピッタリ嵌まって一つになった。これで良かったんだ。後悔などは、しない。 とんだ雨宿りになってしまった。と、笑えば彼女も笑う。 「普段からこんな風に笑えばいいのに」 「うん、これからは会社でも笑えるかも」 むせ返るような熱気の中で、二人の荒い息が混じり合うのは、頬と頬とが触れ合うほどに近いから。自然と唇を重ね合わせ、舌を絡ませる。 「しちゃったね」 「しちゃいましたね」 「またしてくれる?」 「いいんですか?」 恋人でもないのに。それとも、僕は先輩と付き合うようになるのだろうか。先輩は、僕の事をどんなふうに思ってるのだろう。 「空気、入れ換えましょうか」 窓を開ければ、涼しい夜風とともに虫の声が流れ込んでくる。雨はすっかり止んでいた。 「あー、それ捨てちゃだめ」 「もう使わないでしょ!」 日曜の朝は雲ひとつない快晴で、大掃除には持ってこいだ。 「ちょっと律子さん、雑誌なんか読んでないで手伝ってくださいよ。だいたいその雑誌、捨てるやつでしょ」 「いやー、ついつい」 会社では相変わらず仕事に厳しい先輩で気まずくもあったけど、いつも通りに接してくれた。でも会社の外では、明るく笑う女性に変わる。 「ほら、掃除機かけるから、そこどいて下さいよ」 「えー、掃除なんか後でいいじゃない。それよりさ……」 言いながら、昼間から僕の服を脱がそうとする。このだらしない部屋を掃除するには、まだ随分と時間が掛かりそうな気がした。 新入社員の三人が帰って、オフィスには僕と先輩以外誰も居なくなった。僕はもう先輩を見る目が女を見るそれへと変わっているのに、先輩のスイッチはまだ切り替わっていない。人を寄せ付けない威圧感と言ったら大袈裟だろうか、そんなオーラを発していた。 「そろそろ上がりません?」 「あー、アタシまだこの書類片付けなきゃなんないから、新倉くん先帰っていいよ」 「そう、ですか」 また先輩の家に行ってエッチな事したいという下心は見事に砕かれた。 誘ったのはどちらからと言う訳でも無く、その後付き合おうと言う訳でも無く、ただ一度部屋の掃除をしに行った際になし崩し的に二度目のセックス。先輩にとって僕はどんな存在なのかハッキリしないまま、モヤモヤした日々が続いていた。 「それじゃ、お先に失礼します」 「はい、お疲れ様ー」 事務的なやりとり。あの日以来、僕は先輩の体が忘れられなくなってしまった。夜毎布団に入っては、彼女の体を想像してしまう。メアドを知っても何て書けばいいのか迷い送れない日々。僕が何かを打破しなければ何も変わらないような気もする。 「そうだ城戸先輩、今度飲みにでも行きませんか?」 「え? あ、まぁ、別にいいけど」 意外って顔された。別に変な事言った訳でも無いのに。 「明日週末だし、明日なんかどうです?」 「二人で?」 敢えて聞くのかそんな事。 「あ、まぁ、他の人も誘って構わないんですけどね」 「いいわよ。付き合ってあげても」 あくまで超上目線なんだ。そこは。 「ありがとうございます」 変にプレッシャーを感じ、ついそんな風に言わさられている僕。 会社は社長以下二十人ほどの零細企業と言うやつだった。半分が営業で外回りに出ており、企画宣伝を担当する僕には一人の新人がつき、経理は城戸先輩が一人でこなしている。先輩の下にも新人がついていたが、入社ひと月もしない内に辞めてしまったのだ。 土曜日は暖かな陽射しで、昼休みは公園のベンチ。気兼ねなく煙草を吸えるのは灰皿のあるこの場所しか無い。僕と同じように周辺のオフィスから喫煙難民たちが集まる。 「あ、新倉先輩。どこでメシ食ってたんスか」 声を掛けて来たのは新入社員の森下だった。三つ年下の新卒だが、妙に馴れ馴れしい所が馴染めない。 「三原だよ」 「ああ、あのタンメンが美味いとこっスね。自分どっちかって言うと船見坂の方が好きなんスよね」 一人の時間が邪魔される。コイツも城戸先輩同様僕のテリトリーを荒らす。 「あの店、ラーメンも美味いけど店員で可愛い娘がね、いるんスよ」 「ふぅん」 「ほら、ウチの会社って、たいした女いないじゃないっスか。そう思いません?」 「まぁ、そうかもな」 コイツは会社に何しに来てるんだ。 「しいて言えばそうだな、城戸先輩とか巨乳でいいかも知んないっスね」 「なっ! お前、ああ言うのが好きなんか?」 「城戸先輩てなんか怖そうだけど、でも案外夜んなったら豹変してすげーエロくなったりするんじゃないかなって思って」 いい加減な事を言いやがる。当たってるけど。 「お前、城戸さんも範囲内なんだ」 「そりゃぁもう、熟女ってほどの色気は無いけど素材はいいんスよねぇ、あの人」 分かってるじゃないか。案外コイツとは気が合うかも知れない。 「まぁな。でも手とか出すんじゃないぞ。あの人怒らせたら会社居らんなくなるぜ」 「マジっスか!」 釘を刺しておいた。妙な真似をされても困る。 「あーでも、あんな人とヤレたら別にクビんなってもいいかなー」 笑えない冗談だ。 彼女の本当の魅力は僕だけが知っていると言う優越感があった。彼女に比べたらお茶を運ぶ新人の娘が子供っぽく思えてくる。 「ちょっと新倉くん、この書類、判、捺してないじゃない」 「あ、すいません」 「ちゃんと確認してから出してよね」 でも仕事中はいつも苛立っていて、特に僕に対しては相変わらずキツかった。眼鏡の奥の瞳が遠く感じる。そんな先輩はいつも社内の雰囲気をピリピリとした緊張感で包むと同時に、空気を重くしていた。 営業の連中はだいたい午後の外回りから直帰で、夕方ともなるとオフィスには五人くらいしかおらず、特に土曜ともなると休みの連中も多い。 「新倉先輩、今日飲みにでも連れてって下さいよ」 「ん、あ、今日はちょっと……」 森下が言い出した。社長も部長もおらず、頼みやすい僕しか居なかったのが好都合だったのだろう。しかしよりによって今日はまずい。今日は城戸先輩と……。 「城戸先輩もどうスか一緒に?」 「ア、アタシ?」 「新倉先輩のおごりで」 「まてまて」 「まぁ、アタシは構わないけど……」
21/02/16 09:11
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うなぎだ
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「じゃぁ決まりだね」
城戸先輩といかに抜け駆けするかを思案していたのに、先輩は僕と二人きりでなくてもいいらしい。結局森下の半ば強引な提案のために、三人で飲みに行く事となってしまった。 チェーン店居酒屋は学生たちのバカ騒ぎで、森下は水を得た魚。 「お前、同期の連中と飲みに行ったりしないのか?」 「なんかあいつらノリが悪いんスよ。すぐ家に帰っちまって」 確かに飲み会などを開こうと言い出す人間は、新人に限らず少なかった。僕もまた、煩わしくて言い出したりもしなかったが。 「城戸さんは、普段飲みに行ったりなんかしないんスか?」 森下は僕の右隣に座る先輩に視線を移してそう言った。 「アタシは、家に帰ってから缶ビール飲むぐらいね」 「一人で?」 「そ、そうね」 「えー、寂しいっスよそれは。彼氏とか居ないんスか?」 怒涛の質問攻撃。やはりコイツの目当ては城戸先輩だった。テーブルにザル豆腐と枝豆が運ばれて来る。 「居ない……かな」 「勿体ないなぁ。城戸さんだったら名乗り上げる男いっぱいいるでしょうに」 ここに居る。そう思いながら僕はジョッキを煽りつつ、横目で先輩を覗き見る。 「彼氏かぁ。欲しいわね」 先輩は枝豆をくわえつつ、僕を見詰めながらそう言った。一瞬目が合ってしまい、心臓が跳ね上がる。僕は顔が赤くなるのを隠すために俯いた。 「俺みたいの、どうスか? 俺、全然空席っスよ」 「でも、森下くんかなり年下じゃない。わざわざアタシなんか相手しないで、若い娘と付き合いなさいよ」 「歳の差なんか関係ないっスよ。ねぇ、新倉先輩」 「え、あ、ああ」 いきなり振られて狼狽える。その時、右膝に添えられる先輩の左手。テーブルの下で森下からは見えない。彼女を覗き見ればいつもと違う顔つきで、また変なスイッチが入ってしまったのだろうか。 「そりゃアタシだって、好きになっちゃったら歳の差なんか気にしなくなっちゃうけど」 テーブルの下で僕の手を握り締める細い指。かと思えば手の甲をいきなりつねる。 「でしょ? だから俺だって可能性あるって事っスよね」 僕は痛みに耐えながら苦笑い。先輩はそんな僕を見詰めながら悪戯っぽく微笑んだ。 「アタシね、昔、裏切られたり酷い目にあったりして、男と付き合うのとか面倒になっちゃったんだ。ちゃんとした彼氏とか居ないまま、もう十年ぐらい経つかしら。男運悪いのよね」 今度は優しく撫でられて、手のひらに汗が滲む。テーブルの上ではビールと唐揚げが運ばれて来ると同時に空いたジョッキが下げられる。 「恋愛に臆病になっちゃってるんスか?」 「そうね、だから、もし好きになれそうな人が居ても自分から逃げちゃったり、その場かぎりになっちゃったり……」 言葉は全て僕に向けられているような気がした。思い上がりかも知れない。だけど手から腿へと滑る手が、その全てを肯定する。 「苦労してるんスねー」 「そうよ。君みたいなガキには理解できないくらいね」 一刀両断、いきなり牙を剥き出した先輩。その場の空気が凍り付く。 「き、厳しいなぁ。城戸さん、かなり酔ってます?」 初めて見るパターン。仕事中とも、彼女のマンションに上がり込んだ時とも違うスイッチが入っている。 「酔ってるわよ。ちょっとお手洗い行ってくるわね」 そう言い残して彼女は席を立った。姿が見えなくなった途端、身を乗り出してくる森下。 「ちょっと先輩、なんスかあれ。城戸さんてあんなキャラでしたっけ?」 「うん、俺も初めて見たし、ビビった」 「もしかしてあの人、スゲー酒グセ悪いんスかね」 「かもな」 「やっぱ敷居高いなぁ城戸さんは」 森下は下がったテンションを回復せんとすべく唐揚げを一口で頬張り、新しく運ばれて来たビールで流し込んだ。 「僕もちょっとトイレ行って来るわ」 これで森下も先輩の事諦めてくれるだろうか。そんな事を考えていたら、ちょうどトイレから出て来た先輩とすれ違った。 「あ、新倉くんもトイレ?」 「はい。大丈夫ですか? 先輩」 「ちょっとペース速かったかしら。ねぇ新倉くん、今日はちゃんとアタシの事、送って行きなさいね」 「あ、はい」 まさか、とことん飲むつもりじゃ……。 「でも森下くんてさ、見てる分には面白いわね」 「まぁ、アイツ分かりやすいですからね」 「もうちょっとイジメちゃおうかしら」 悪だ。先輩が悪に見える。彼女は多少ふらつきながら席へと戻って行った。 エンジンのかかった先輩は誰も止める事が出来ない。増え続ける空のジョッキと反比例して減り続ける森下のテンション。 「あれだけキツけりゃ、確かに彼氏も出来ませんよね」 会計を済ませていると森下が耳打ちしてきた。 「だから言ったろ? 手、出さない方がいいって。よりによってお前、会社の先輩とか口説こうとすんなよ」 店を出てもまだ九時を回ったばかり。それでも森下はすっかり疲れた顔をしており、二軒目に行こうとも言わずに帰って行った。 「あー、なんかスッキリした」 「新人へこませてストレス解消しないで下さいよ」 残業サラリーマンとホロ酔いサラリーマンで電車は混んでいた。僕は必死に吊革に掴まりながら、凭れ掛かる先輩の体重を支える。 「そんなつもり無かったわよ。だいたい森下くんがグイグイ来たのよ。それとも、アタシがアイツと付き合っちゃっても良かったの?」 「まさか。それは有り得ないでしょ」 先輩は僕に抱き付くようにしがみつき、胸元に顔を押し付けながら話す。 「ちゃんと、付き合うなって言いなさいよ」 「先輩……」 眼鏡が胸板に刺さって痛い。 「嘘でもいいから、俺だけの物だって言って」 「……いいんですか? 僕なんかが先輩を独占しちゃっても」 顔を上げた先輩と見詰め合えば、ズレた眼鏡の奥に潤んだ瞳。 「アタシ、新倉くんの言う事だったら、何でも聞くよ?」 僕の家の二つ手前の駅。プラットホームは夏を予感させる虫の声。家路につく人々の波が引き、残された僕たち二人は抱き合っていた。 「先輩。僕、先輩の事、好きです」 「律子って呼んでよ」 「律子……さん」 「アタシもね、好きになっちゃったみたい」 風と共に快速電車が通過する。その轟音の中で唇を重ねた。アルコールに混じって香水の匂いが鼻腔に広がり、僕の頭を痺れさせる。 図々しいと思っていた森下の積極性が、今では少し羨ましく思える。頼りない自分。いや、ただ単に自信が無かっただけなんだ。一人ベッドの上で悶々としていた自分。歳上とか先輩とか関係なく、本当は自分の気持ちを、もっと早くぶつけるべきだったんだろう。 僕が掃除したお陰で多少サッパリした部屋。なのに二人とも、明かりを点けるなり荷物を放り投げる。靴も上着も床に散らかる。 「待っ……」 ソファーに倒れ込む先輩。覆い被さる僕。貪るように、強く彼女を抱き締めた。 「律子……」 抑えきれない衝動のままブラウスのボタンを外そうにも、その手は震えて上手く外せない。 「アタシ、自分で脱ごうか?」 「あ、すいません」 笑っている。僕にしか見せないような笑顔で。 「もう、敬語とか無し。会社じゃないんだから」 「ごめん……」 「先に新倉くんから、脱がしちゃうね」 「いいですよ、自分で……」 「だめ。じっとしてなさい」 ソファーの前に立たされた僕は先輩のなすがままで、ネクタイもシャツも、そしてパンツまで脱がせてもらった。恥ずかしくて股間を隠そうにも隠れないほどに。 「元気……」 「うん……」 ソファーに座る先輩にまじまじと見詰められながらも、興奮している事を主張している。 「しゃぶってあげるわね」 上目遣いに見詰められて、僕はぎこちなく頷いた。二つだけボタンが外されたブラウスの胸元から胸の谷間が顔を覗かせている。やがて彼女は舌を這わし、おもむろにそれを口に含んだ。サラサラと髪が内腿を擽り、僕は置き場に困った手を彼女の頭に添える。先輩の口を犯している、そう思うだけですぐに昇り詰めてしまいそうになる。静かな部屋に啜るような音が広がり、気付けば彼女も自らの股間を弄っていた。 「んばっ、新倉くんの……おっきい」 ぎゅっと握られながら、お腹から胸へと柔らかな舌がせり上がってくる。僕は擽ったさに耐えながら、それでも乳首を舐められて体を震わす。 「ね、新倉くん、挿れてくれる?」 「う、うん」 そう言うと彼女はタイトなスカートをめくり上げてパンツを脱ぎ下ろし、片足をソファーの肘掛けに乗せながら足を開く。指で広げられた秘密の穴に、痛いくらい勃ちっぱなしの僕をいざなう。彼女の手が添えられ、そして僕と先輩は立ったままで繋がった。 「あっ……うー……」 正面から抱き締めながら、下半身は先輩の中に。暖かさに包まれながら、僕はその細い腰に手を回し、引き寄せるようにして奥まで。荒い息づかいが僕の首筋を撫でる。 「すごい……新倉、くん……いろんなふうに、して」 しがみつく先輩の体重を受け止めながら腰を小刻みに動かせば、摩擦が脳天に突き抜ける快感へと繋がる。ブラウスを通して感じる体温と柔らかさ。僕の顔にくっ付く彼女の乱れた髪を掻き分けて、その恍惚とした瞳を見詰めながら唇を塞いだ。 「ほん……んんん」 忙しなく舌を挿れ、口の中を探る。歯茎や舌、歯の裏側、上顎のざらつき。先輩の体の内側を侵し続けてゆく。彼女はびくりと震え、逃げるように頭を離した。 「だめ……アタシ、すぐ、イッちゃいそ……」 「先輩って、こんなにいやらしかったんですね」 「そんな……こと……」 後ろを向かせてソファーに手を着いてもらえば、突き出される小振りのお尻。その肉を左右に広げれば、恥ずかしげに閉じた肛門の下、僕を迎え入れようと口を開く膣。普段からは想像もつかない姿だった。でも、このブラウスと捲り上げたタイトスカートは紛れもなく仕事をこなしている時の格好で、僕はこの彼女のいやらしい姿を、ずっと眺めていたくなった。溢れ出た粘液に濡れる穴が、呼吸するように閉じたり開いたりしている。 「早……く」 先輩は頭をソファーに押し付けて、自らの両手でお尻の肉を左右に広げた。 「もっと見ていたい」 「恥ずかしいから、そんな見ないで……」 ぴたり、と、後ろから宛がう。するすると、吸い込まれてゆく僕の性器。皺だらけのブラウスには、しっとりと汗の跡。 「行きますよ」 深く、深く沈めてゆき、ついには僕の股関節が先輩のお尻に密着した。 「うぅー……」 いつもとは違う声色。僕は背中のブラウスを鷲掴みにして、腰を引いては激しく突き挿れるを繰り返す。お尻を叩くような音と合わせて、先輩の短い叫び声がワンルームに響いた。 「ひっ……いっ……くっ……」 勢いよく噴き出す液体が僕の下半身を濡らした。これが潮吹きと言うやつなんだろうか。どんどん溢れてきて、先輩の膝は痙攣。ついにはガックリと崩れ落ちてしまった。 「だ、大丈夫ですか?」 「……うん」 ソファーに横たわる先輩。汗で額に貼り付いた髪を指でよけ、頭を撫でる。こうしていると、いつも見せる気の強さなど微塵も感じられない。 「もっと、抱いて……新倉くん」 「はい」 僕は先輩をベッドに連れて行き、裸にさせた。そして横たわる彼女と体を密着させ、全身でその素肌を感じる。お互い強く抱き合っていると、幸せに包まれてゆく。 「好きよ。新倉くん」 「俺も好きですよ。律子さん」 指を絡め合う。僕のデスクの上にいつも上がり込んで来ていた赤いマニキュアが今、僕の手の中に。
21/02/16 09:12
(dh3ZeD8X)
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うなぎだ
◆OIVbvWW3pE
「アタシね、本当は寂しかったんだと思う」
柔らかな胸に顔を埋めれば、そのしなやかな指が僕の髪の毛を掻きむしる。 「こうして誰かに抱かれたいって、心のどこかで望んでたのかもね……あっ」 乳首を口に含んでみれば跳ね上がる肢体。 「でも……抱いてくれるのが、新倉くんで……良かった」 「先輩は、僕が一緒にいてあげなきゃって、思ったんです」 いつも無理してる彼女。細かい事ばかり言うくせに掃除も洗濯もしないで、威張っているくせに寂しがり屋で。そして、いつも男に興味ない素振りなのに本当はいやらしい人。 「だから……二人の時は、本当の律子さんでいてください」 「うん……」 僕が、彼女を癒してあげたい。そう思った。腰から足にかけて撫でれば吐息。胸の膨らみを口に含めば喘ぎ。ゆっくりと繋がって行けば、震える唇。 「あっ……ん、そこ」 「ここ?」 かき混ぜるように激しく。時にはゆっくりと奥まで。背中に差し入れた左手は彼女の肩へ。右手は頭を抱え込むようにすれば先輩は僕の腕の中。ずっと朝まで、こうして繋がり続けていたかった。 カーテンがぼんやりと白い。静けさの中、僕の隣で寝息を立てる温もりで、ここがどこだか思い出した。裸のままの寝姿に抱き付けば、目を覚ます先輩。 「ん……おはよ、新倉くん」 「おはようございます」 昨夜は二人して結構酔っていたけど、あれは夢なんかじゃなかった。 「んふ、朝から元気……」 寝起きで裸のまま抱き合っていたら無理もない。 「せ、先輩、やめ……」 優しく握られて更に固く。まだ夢の中を漂ってるような、そんな気がする日曜の朝は怠惰。 「このまま新倉くんに首輪はめてウチで飼いたいな」 「僕ぁ犬じゃないです」 僕の首に手を回して、先輩はそんな事を言った。 「仕事から疲れて帰って、誰かがいつもお出迎えしてくれたら素敵じゃない。ついでに掃除とか洗濯とかもしてくれたら、もっといいわね」 「それじゃ普通に主婦じゃないですか」 毛布の中、手持ちぶさたとでも言いたげに、僕の性器を弄り続けている。汗ばむ下半身。 「そうね。アタシ、奥さんが欲しいのかも」 ケラケラと笑った。確かに、彼女に主婦業が向いていないのは明白だ。 「そうだ! 新倉くん女の子の格好とか似合いそうじゃない?」 「やめて下さいよ。僕はオカマじゃないんですから」 「でも新倉くんて結構童顔だし、絶対似合うわよ。ね、ちょっとアタシの下着、着てみなさいよ」 ふとした瞬間、彼女は命令口調になる。そして上から言われると条件反射的に逆らえなくなってしまう僕は、やはりこの人の犬なのかも知れない。 毛布を捲り上げてタンスを漁っていた先輩は、その手に女性用下着を持ち僕に見せた。 「マ、マジですか!?」 「んふふー、覚悟しなさい」 どうやら冗談ではないらしい。僕を起こして背後に回り、背中から抱き締めるようにブラを宛がう。 「新倉くん痩せてるから大丈夫そうね」 胸の辺りが締め付けられて、なんか変な気分。 「恥ずかしいですよ、こんなの」 「二人しか居ないんだからいいじゃない。似合ってるわよ」 そして、到底穿けそうもない小さなパンツを僕の投げ出した足に通す。立ち膝になれば引き上げられて、キツそうに思えたそれは意外と穿けるもので。 「もう。勃ってるから先っちょが顔出しちゃってんじゃない。興奮してんの?」 「すいません……て言うか、情けないですよこれー」 「アハハ、なんかすごくエロいわぁ」 こんな楽しそうにはしゃぐ先輩は初めて見た。だから、まぁいいかなんて思っていると、彼女はポーチを持って来て口紅を取り出す。 「待って下さいよ、それはさすがに……」 「じっとしてなさい」 意図せず女の子座りとなった僕は、ギュっと目を瞑る。顔じゅう弄られて、その間もずっと彼女の含み笑い。 「こんなとこかしら」 ゆっくりと目を開ければ、にこやかに手鏡を持つ先輩。 「いやいやいやいや、ないないないない」 「えー、可愛いじゃなーい。このまま首輪して街中引き摺り回してあげたいくらいよ」 「勘弁して下さいよー」 本当にやりかねないから怖い。また先輩の新たな一面を見たような気がする。 「可愛いわよ新倉くん。本当に女の子みたい」 頬にキスされて、なんだか気恥ずかしいような嬉しいような。それも束の間、先輩の細い指先が、女性用下着からはみ出した僕の敏感な先端を撫でる。 「あっ……」 思わず声が漏れてしまった。右の頬からゆっくりと首筋へと伝う舌にぞくぞくして、右肩がびくりと跳ねる。 「やめ……先輩……」 「先っちょから何か出て来ちゃったよ」 「そ、それは……」 尿道から裏の筋伝いを、優しく撫でる指先。腰が跳ね上がる。ブラを上にずらされ、乳首を舐められただけで快感が突き抜け、僕は苦しいくらいに呼吸が早くなる。 「んあぁっ!」 頭や顔の表面ががジンジンして、感覚が麻痺してきた。過呼吸の症状。そんなに僕は息が荒くなっているのか。 「感じるんでしょ。女の子みたいに」 「は、はい……」 顎の下にあった先輩の頭が、お腹の方へと沈んでゆく。 「うっ……く!」 舌先で尿道を擽られ、全身が震える。先端から徐々に全体へと唇に包まれて行き、僕は思わず強く、すがるように彼女の肩を掴んだ。心許ない女性用下着は下に捲られ、下半身が解放されたかと思いきや、細い指先に捕われる。すかさず激しい手の動きで……。 「律子さん……あんまり、こすんないで下さいよ。僕……」 「イッちゃう?」 悪戯っぽい顔。顔を赤くして頷く僕。 「ダメ。まだイッちゃ」 時間が止まった。口を離した先輩が僕を見上げ、向けらる嗜虐的な微笑み。仰向けに押し倒され、押さえ付けられ、やがて僕に跨がったかと思えば、迫る股間。 「今度は新倉くんが舐めるのよ」 「ん」 押し付けて来た部分はすでに濡れていて、固い毛が鼻先を擽る。窒息しそうで咽ぶ。僕は必死になって舐めた。 「あぁっ……」 口いっぱいに、鼻腔の奥まで先輩が広がり、脳が侵食されてゆく。ごりごりと擦り付けられ、呼吸も困難。僕の顔はぐしゃぐしゃに濡れてゆく。 「なんか、アタシが新倉くんを犯してるみたいね」 顔が解放された。新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。半ば放心状態でいると、先輩は僕の性器にゴムを着け始める。 「じっとしてなさいね。今、食べてあげるから」 僕の目を見ながらそう言うと、お腹の上でしゃがみ込むように腰を落としてゆく。やがて下半身が彼女の温もりに包まれる。髪を振り乱しながら、お尻をリズミカルに上下させる先輩。その締め付ける体で僕を擦り上げ、絞り上げ、いやらしい音を立てながら快楽の果てへと連れ去ってゆく。 「いくっ……」 「アタシ……もっ!」 倒れ込み、覆い被さって来た先輩に抱かれながら僕は、昇り詰め、出しきり、そして果てる。強く抱き締める先輩の腕は拘束。 「新倉くんは……アタシのもの」 気付けば、あの日みたいに天気が崩れ始めて静かな雨音。二人の体温で部屋の気温はすっかり高くなり、蒸し暑いほど。 「律子さんの……変態」 「ンフ、そうかも」 なんだかこのままずっと飼われるんじゃないか。そんな気がした。 街はすっかり梅雨入りしたと、ニュース番組が宣言していた。もし僕が居なければこの部屋はカビだらけになっていただろう。 プシュ 「缶ビールとか開けてないで、洗い物ぐらい手伝って下さいよ」 「いや、まず仕事から帰ったらコレでしょ」 先輩のマンションには必ず立ち寄るようになって、自宅へ帰らない日もすっかり多くなった。もう、半同棲と言っていいだろう。 「そうやってビール開けちゃうから炊事とか洗濯とかしなくなっちゃうんですよ」 「まま固い事言わないで、新倉くんも一本飲みなさいよ」 なんだかいいようにコキ使われているような気もするけど、放っておけない僕の性格も良くない。 「晩ご飯は適当な炒め物でいいですか? 残った人参使わないといけないし」 「んー、その前に、新倉くん食べちゃおうかな」 「ちょ、センパ……」 外は相変わらず雨だから帰るのが面倒。そう言って雨が降るたびに先輩の部屋に泊まっては、雨音を聞きながら朝まで抱き合っていた。 ――完――
21/02/16 09:14
(dh3ZeD8X)
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