「健二さん・・・私、離れられない・・健二さんから離れられないの・・シ
テ・・もっとして・・。」
自分から、他の女に気持ちが移りかけているのを知りながらも、それを責めら
れない。
ひとたび彼に抱かれると、照江の肉体がその全てを許してしまう。
蔭山を失いたくないと言う思いが、彼の身勝手を許してしまうのだ。
好色、淫乱な照江が、町子との仲を疑い始めたのを、蔭山は何となく気が付き
はじめていた。
何故なら、同じ職場で働く者同士、照江の目を盗んで町子を口説くのは中々難
しいものがある。照江の目から避ける事は難しい。
彼が今出来る事と言えば、照江を懐柔するしかない。
下手に彼女を怒らせるのは、蔭山にとって得策では無かった。
照江に対する餌は、無論彼女の好きなセックスだ。
蔭山の身体の下で、照江は喘いでいた。
深々と差し込まれた蔭山のペニスが、何度も照江の中をかき回している。
その度に、照江は何度も喘ぎ声をあげては、彼にすがった。
「いいの～、いいの～。だいすき・・、けんじ・・だいすき・・」
蔭山は、これでなんとか照江の口を防ぐ事が出来たと思っていたのだ
が・・・。


女と言う生き物を、蔭山は完全には理解していなかったのかもしれない。
身体と心は別のものだ。
照江は、その最たるものと言えるだろう。
蔭山と知り合い、身体の関係が出来てから、その間の照江を彼はもっと理解す
るべきだった。
照江の蔭山を思う気持ちは、彼の想像を超えていた。

蔭山が出勤すると、職場の一人が、
「副店、鈴木さんが、辞めさせられたそうですよ。」
いきなり蔭山に話しかけた。
「鈴木さんが？　」
「詳しい事は判らないけど、店長から話が有るんじゃないですか？」
その話は、彼にとって寝耳に水の話だ。
何を隠そう町子とは、昨夜店を終えた後、ずっと一緒にいたのだ。
昨夜が2度目の情事だった。
あの燃え方は普通では無かった。
仲の良さそうな夫婦に見えていたが、性的には満足していなかった。
その町子が、やっとその気になった処だった。
辞めるなんて話は、一度も出て来なかった。
「蔭山君！　ちょっと良いかな？」
そんな時、店長から呼ばれた。
詳しい話が聞かされるだろうと思い、彼は店長の元へ向かった。
「鈴木さん、辞めたそうですね？」
店長の表情も確かめず、いきなり問いかけた。
「ここじゃ何だから・・外へ出ようか？」
店長の様子が尋常でない事に、蔭山は気がついた。
店長の後ろに付いて外へ出た。
その時、照江と目が会った。
照江の顔に、不気味な笑みが浮かんだ。
「えらいマネしてくれたね？　如何責任を取るつもりかな、君は？」
店長が、行き成りそう言い放った。
「何の事ですか？　話の意味が、良く判らないのですが？」
「鈴木さんのご主人から、本社に電話が有ったそうだよ。そう言えば、君なら
判るだろう？」
蔭山の顔から、血の気が引いた。
同時に、先ほどの照江の顔が浮かんだ。
「昨日、鈴木さんの家に電話が有ったそうだよ。奥さんと君の事を、親切に教
えてくれたそうだ。」
それ以上先、蔭山の耳に店長の言葉は入らなかった。
「判っていると思うけど、君は首だからね。それと鈴木さんのご主人、君の事
を訴えるそうだ。」
（照江の奴、アイツがチクッタな、アイツに決まっている！）
蔭山がそう思った処で、もはや如何にもならなかった。
蔭山の身体から力が抜けて行った。

（これで健二さんは私のもの。町子なんかには絶対に渡さないわ。だって
私・・・、もう離れられない・・・。）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　終わり　
＜影法師＞

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