僕がこの会社を選んだのは,社長の人柄に惹かれたからだった。
僕だけじゃなく,他の社員も皆そうだ。
社長:「菱木君,進み具合はどうかな?」
僕:「順調です,この分であれば問題はないと思いますよ」
社長:「そう,お願いね」
図面に目を落としながらのやり取り・・・。
僕がこの設計事務所に来たのは22才,今は36才だからもう10年以上になる。
当時から変わらず10人にも満たない小さな会社だが,センスの良さから全国から仕事は舞い込む忙しさだ。
社長は50才に手が届くくらいだから,出会った頃はまだ30代後半だったことになる。
なのに人柄に比例するみたいに外見は素敵なまま。
母でありながら社長であるこの人は,絶えず女を保つ必要があったのかもしれない。
美貌も宣伝になり,センスの良さが引き立つ。そして人柄の良さが口こみで広がってゆく。
僕が入社した頃はまだ軌道には乗っておらず,遠方へ出向いた際にはビジネスホテルや安い旅館に素泊まりをしたものだった。
節約の為とはいえ社長と相部屋だった。親子ほど年の離れているからか,信用からなのか,どちらにしても僕は嬉しかった。