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『無題』七
カテゴリ: 官能小説の館    掲示板名:ノンジャンル 官能小説   
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1:『無題』七
投稿者: 菊乃 ◆NAWph9Zy3c


その日は、まだ寒かった。


あたしは、買ったばかりのワンピの、綺麗な春色を、黒いコートの下に隠して、自分がかつて住んでいたマンションに向かって、夜道を足早に歩いていた。


…今日は、カップルが多い。

あのジャイアンなら、今日は、アベックが多い。とでも、表現するのだろう。



手を繋がないと、歩けないのだろうか。もしかしたら、連中の手はマジックテープで出来ているのかもしれない。まぁ、それなら、迷子の心配はないだろう。安心だ。


とにかく、彼等にとって、今日という日は、特別あま~い一日なのだ。



ズルズルと下がってくる、デカいバックを、肩にかけなおしながら、歩く。



荷物が多い。

そして、重い。

心も、重い。




このマンションは、オートロック式で、部外者が勝手に立ち入ることは、出来ない。…ことになっている。しかし、物事には、大抵、穴がある。
このマンションだとて、例外ではない。



何食わぬ顔で、マンション内に侵入し、薄暗い階段を登って行く。


住人に会うことは、無かった。

まぁ、会ったとしても、住人がマンション内の全ての人間の顔を把握しているとは、思えない。にっこり笑って、こんばんは と、挨拶すれば、怪しまれることは、絶対にない。最近のマンション内の人間関係なんて、そんなもんだろう。と思う。



七階に辿り着いた。息があがる。太股が、ず~ん と重い。

以前は、このくらいの階段なら、一気に駆け上がったのに。今は、四階から上なら、絶対にエレベーターを利用する。それが運動不足に拍車をかける。


「“あぶない”立入禁止」
という看板の掛ったドアが、ある。

ここで遊んで、あぶない目にあったことなど、一度も、ない。

ドアノブに、手をかける。
そしてあたしは、そのドアの中へと、吸い込まれた。


屋上に、出た。ピンと張った空気のそこに、かつてのあたたかさは、無かった。

屋上の左隅に、かなり大きな、クリーム色の四角い物体がある。

…貯水槽だ。最近の建築物には、あまり見掛けないように思う。

パンプスを脱いで、脇に付いている銀色のはしごで、貯水槽の上へと、よじ登る。

はしごは、ひんやりと冷たくて、手が、痛い。痛くて、また、少し緊張して、手が震えた。


大した高さではないのに、随分、登ってきた気が、する。

相変わらず、周りに背の高いビルやマンションはなく、ここいらでは、一番、宇宙に近いように思えた。馬鹿にデカいバックの口から、水色のタッパーと、赤い水筒が覗いている。



腕時計を、見る。


午後 八時四十八分。


約束の時間まで、あと、十分くらい。…ちゃんと、十分前集合だ。



来ないことは、知ってる。分かってる。


…だけれど。あたしは、待ってる。










朝 七時四十五分 。無駄にやかましい目覚まし時計のベルがなり響く。その音が、低血圧ぎみのあたしの、脳天まで震わす。

うう… と唸りながら、ベットから這い出る。

…十三歳のあたし。処女。

母親は、昨夜も帰らなかったようだ。家には、あたし一人。


口をゆすいで、果汁30%の安くて、すっぱ過ぎないジュースを飲んで、歯を磨いて、顔を洗って、髪をとかして、情報番組とニュースの中間くらいの温度の爽やかな朝番組の、芸能と占いのコーナーだけ見て、制服を着て、スカートのウエスト部分を二つ折って、鞄を持って、鍵をしめて、 出かける。

その所要時間、わずか三十分。動きの一つ一つに無駄は、無い。


朝は、寒い。

顔がピリピリする。


太陽がアスファルトに反射して、キラキラと、硝子の破片のようだ。




中学校には、お菓子等の、授業に関係の無い物は、持ってきてはいけないことになっていた。
この手の決まりは、全国共通、どの学校にも、あったのではないか、と思う。



でも、今日は、その決まりを無視する女子の数が、一年で一番、多い一日。


当日に努力したところで、もう手遅れなのに、窓ガラスの前で、念入りに髪をクシャクシャにする、何とも微笑ましい男子の姿を、よく目にする一日。

大人びた優等生も含め、みんながソワソワする一日。



今日は二月十四日。


バレンタインデー。


恋に恋する、年頃の、少年少女にとっては、一大イベントだ。


あたしは、ギリギリまで、チョコを用意しようか、迷っていた。小さい頃は、毎年あげていたけれど。


小学生のときは、クラスを盛り上げる、お調子者の男たちの天下だ。お調子者=人気者。顔は猿でも、ゴリラでも。
更に、足が速ければ、その地位は不動のものとなる。

それが、中学生になると、事情は変わってくる。顔が良くて、背の高い、これからの人生は薔薇色であろう男たち。世に言う、イケメンたちの台頭。
足の速さより、球技の上手さがポイントになる。

お調子者たちの都落ち。彼等の天下は終わったのだ。…沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。ってなもんだ。


そういう訳で、比較的おとなしい、健ちゃんが、モテはじめたのは、中学入学から、約半年後のことだった。

顔は相変わらず、可愛らしかったけど、中学に入って、バスケを始めた健ちゃんの身長は、一気に伸びて、あっという間に、あたしは、抜かれてしまった。


健ちゃんのベビーフェイスと、爽やかな笑顔は、同級生のみならず、女の先輩のハートをも、見事にブチ抜いた。


あたしは、正直、微妙な気分だった。




その日は一日、嫌な気分だった。クラスが違った為に、学校内で、健ちゃんには、会わなかった。


別によかったけど。結局、あたしは、学校の決まりを守ってしまったから。チョコは、用意してなかった。




部活が終わって、最終下校時間になった。


男子バスケ部の部室の脇のコンクリートに、二つの人影があった。

健ちゃんと、名前の知らない、女の先輩。顔は知ってた。バド部の人だ。


馬鹿みたい。年下の男に手を出すなんて。ろくでもない馬鹿女だ。


さっさと支度を済まして、足早に、家へと歩いた。


何がチョコだ。何がバレンタインだ。馬鹿馬鹿しい。どいつもこいつも、みんな馬鹿だ。中学なんて、馬鹿とアホの集合体だ。


ほとんど沈んだ太陽が、人間の血の様な、真っ赤な光を残していた。



家に着いた。鞄を床に叩きつけ、制服を脱がずに、晩御飯を作り始めた。今日は、肉だ、肉を食うのだ。

食べきれない程、大量の鶏の唐揚げができた。ぽん酢とガーリックを使った、ネギソースまで作った。かなりの力作だ。

一人で、晩御飯を食べていると、玄関チャイムが鳴った。
…何だ、飯時に。この野郎。と思いながら、ドアを開けた。


健ちゃんだった。


「あ、夢ちゃん、今晩は。」

と、マフラーの隙間から言って、馬鹿みたいに笑う。


「夢ちゃん、九時にさ、上に来てよ。義理チョコ、いっぱい貰ったんだ。クッキーもあるよ。俺一人じゃ、食いきれないんだよね。だからさ。ぢゃ、待ってるから。あとでね。」


と、自分の言いたいことだけ言って、帰っていった。

何て勝手な男だ。あたしは、行く なんて、言ってない。

上 というのは、昔から、あたしたちの基地だった、屋上の貯水槽の上のことだ。


行く なんて言ってない。だけど、支度を始めてる自分がいた。

寒いだろうから、あったかいお茶を、魔法瓶の赤い水筒に注いだ。
それと、水色の大きなタッパーに残っていた唐揚げを詰めて、小さな白いタッパーに、自慢のネギソースを入れた。
それらを、紙袋にいれて、家を出た。




銀色のはしごをよじ登り、クリーム色の貯水槽の上に手をかける。


すると、健ちゃんが手を差し出す。

「ほら、つかまって」

差し出された手を、しっかりと掴む。


じ~んと熱い、男の子の手だった。


「夢ちゃん、六分八秒の遅刻だよ。十分前行動は、基本でしょ。」

変わらない、健ちゃんの、えくぼのオマケの付いた、笑顔があった。


あたしも、笑い返しながら、

「健ちゃん、細かすぎだって。そんな、みみっちいことばっか言ってると、円形脱毛症になるよ?したら、あのバド部の先輩も、萎えるね。絶対。」

と、毒づいた。


「あぁ、見てたの?…参っちゃうよね。」

溜め息と一緒に、そう言って、苦笑いする。



健ちゃんは、鞄から、色とりどりの、箱や袋を取り出す。なるほど、かなりの数だ。一人じゃ、食えないだろう。



「ところでさ、夢ちゃんは、チョコ、くれないの?」

と、本気で不思議そうな顔をして聞く。


「こんなにあったら、もう、いらないでしょ。どうせ捨てるんじゃあ、もったいないし。」

あたしがそう言うと、


「夢ちゃんのだったら、ちゃんと食べるよ。俺。」

などど、平気で言う。


寒いからか、ピンクのほっぺしてる。



健ちゃんは、あたしが持参した唐揚げを、かなり気に入ってくれた。



「俺が、唐揚げ好きなの知ってて持ってきたの?このタレとか、すげぇ、美味しいよ。俺、チョコよりこっちのが、全然いいわ。はははッ。」

…あたしは、この笑顔のためなら、鶏の唐揚げだろうが、ゾウの唐揚げだろうが、何だって作る。



その後、チョコに付いてた、ラブレターの中の言葉にいちいち、ツッコんでみたり、誤字・脱字を指摘したり、ラッピングのセンスに文句つけたり…と、しばらく二人で、恋に恋するどっかの乙女を笑った。


健ちゃんは、旨い、旨い、と言いながら、唐揚げばかり食べ、あたしは、どっかの乙女達が、健ちゃんへの愛を込めて作ったのであろう、チョコやクッキーを、遠慮無く、バクバク食べた。



膨れた腹を摩りながら、二人して、仰向けに寝転んだ。



寒くて、ピンと張りつめた、澄みきった空に、幾千もの星が輝いている。



健ちゃんのはく息も、あたしのはく息も、同じ色だった。



同じように、広がって、交わって、同じように、真っ黒な空へと、消えた。



目を閉じれば、静かな世界に、健ちゃんが呼吸する音が、健ちゃんが、生きている音が、すぐ近くに、聞こえる。



だだっ広い星空を見てると、宇宙に吸い込まれて、自分たち、二人きりしかいなくなったみたいだ、そんな風に思えた。



すると、健ちゃんが、
「俺たちが、今一番、宇宙に近いみたい…」

と、呟いた。



健ちゃんとなら、宇宙に吸い込まれたって、いい、と思った。本気で、そう思った。




その翌年も、その次も、またその次の年も、あたしは、バレンタインに唐揚げを作った。

そして、夜の九時に、貯水槽の上で、健ちゃんへの愛の詰まったチョコを、遠慮無くかじった。











腕時計は、十時三十分を指していた。

少し、古びたマンションの屋上にある、貯水槽の上には、女が一人、仰向けに寝転んでいた。


…知ってた。分かってた。なのに、心をえぐられたように、痛かった。

かさぶたを、またはがしてしまった。

健ちゃん…あたし、ちゃんと十分前に来たよ。あったかいお茶だってあるし、健ちゃんの好きな、唐揚げも、持ってきたよ。美味しいって言ってくれた、特製のネギソースだって、あるんだよ。




あの日と同じ、寒くて、ピンと張りつめた、澄んだ星空が、暗闇が、あたしを飲み込もうと、迫っていた。

あたしは、どうして、こんなに弱いんだろう。あたしは、どうして、こんなに小さいんだろう。


暗闇が、あたしを包み始めていた。


 
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2007/04/16 00:32:57(moJs1pa.)
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