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1:『無題』十三
投稿者:
菊乃
◆NAWph9Zy3c
あれは、中二の夏。 誰のことが好きだ、とか、誰に告白された、とか、とにかく、あたしたち中学生の話の中心は、恋愛だった。恋愛が、全てだった。 健ちゃんとは、相変わらず、付かず離れずだった。告白なんかして、失敗したら、うまくいかなかったら、あたし達はどうなるのだろう。 気まずくなるのは絶対に嫌だった。 だったら、今のままでいい。 それなら、今のままがいい。 健ちゃんがいつも側にいてくれて、いつも笑っていてくれる。 これ以上、一体、何を望もう。 これ以上、一体、何を願おう。 紫地の布に、桃色の百合の花の模様、帯は紅に近い、より濃い桃色。 着付けは、菊乃がやってくれた。 浴衣姿のあたしは、マンションの廊下で、健ちゃんを待っている。 少し早く着きすぎたあたしは、下駄をはいた足を、無意味に遊ばせながら、健ちゃんを待っていた。 健ちゃんは、約束の時間ちょうどに、やってきた。 「あっ、夢ちゃん浴衣着てる!可愛いね。」 そう言って、にっこり笑う。 身体こそ、大きくなったけれど、やっぱり健ちゃんの笑顔は、えくぼは、可愛らしい。昔と、変わらない。 「可愛いね。」健ちゃんの、その一言を聞く為に、わざわざ浴衣を着たのだ。 あたしも月並みな、中二の女子だった。 夕暮れ時の、橙色に染まったアスファルトの道路に、二つの真っ黒い影がのびている。 あたしの下駄が、カラ、コロ、と音を立てる。 あたしに合わせて、健ちゃんも、ゆったりと歩く。 今日は、近所の神社の、お祭りの日。 そんなに大きなお祭りではなかったけれど、当時のあたし達にとっては、夏のビックイベントだった。 鳥居をくぐると、左右両側に、ぼやっとした赤い提灯が、何処までも続いている。 狭い境内に、たくさんの露店が所狭しと並び、人々がひしめきあっている。 おはやしの、笛や太鼓の音、人々のざわめき、笑い声、鉄板の上でソースが弾けて焦げる音、迷子の子供の泣き声、いらっしゃいッ!という、露店のおじさんの威勢の良い声、クジで当たりが出たのだろう、鐘の音もする。 お祭りの音。夏の音。 お好み焼き、たこ焼き、いか焼き、焼きそば、焼きとうもろこし、じゃがバター、ベビーカステラ、わたあめ、チョコバナナ、りんご飴、あんず飴、かき氷…。 食べ物のにおい、人々の汗のにおい。 夏のにおい。 ぼやっとした何百もの、赤い提灯。 まるで、夢の中に居るようだった。現実の世界とは、明らかに異なる、虚構の世界。幻想の輝き。 置いて行かれぬよう、迷わぬよう、一人ぼっちにならぬよう、あたしは、健ちゃんのTシャツの裾を掴んだ。 すると健ちゃんは、振り返って、にっこり笑って、あたしの手をとった。 その瞬間、あたしの心臓は、安っぽいスーパーボールみたいになってしまった。 スーパーボールは、あたしの内側で、めちゃくちゃに跳ね回っている。物凄い、音がする。 健ちゃんの手は、男の手だった。 健ちゃんは、あたしの手をひいて、あたしの半歩前を、歩いた。 健ちゃんには、ずっと、ずっと、あたしの手をひいていて欲しかった。 ずっと、ずっと、あたしの半歩前を、歩いていて欲しかった。 あたし達は、静かな公園に居た。遠くで、お祭の喧騒が聞こえる。 あたしの手には、お好み焼きの入ったパックがあった。 まだ温かくて、いいにおいがする。 二人でそれを食べた。 そして、キスをした。 健ちゃんの顔が近付くと、ふわっと、シャンプーのような、いいにおいがした。 初めての、キスだった。 その味は、イチゴでもなければ、レモンでもない、それは、紛れもなく、お好み焼きのソースの味だった。 あまりに突然で、不意打ちだったので、ドキドキする暇もなかった。 終わってから、急に頭に血がのぼってきた。 急に恥ずかしくなってきた。 健ちゃんと、キスをした。 健ちゃんが、キスをしてくれた。 恥ずかしくて、嬉しくて、頭に血がのぼりきったあたしの顔は、茹でたてのタコのよう。 健ちゃんは、黙って隣に座っていた。 どんなに、頬を紅く染めていることだろう。 どんなに、照れ臭そうな顔をしていることだろう。 そう予想して、ふと横を見たあたしの目には、健ちゃんの表情が映った。 健ちゃんは、微妙な、顔をしていた。 微妙な表情が、あたしの目に映った。 少しの違和感と、少しの不自然さ、そして、ほんの少しの不快感。 それらが入り混じったような表情だった。 イライラしているようにさえ、見えた。 うまく、表現出来ないが、ちょうど、アサリの身を食べたときに、ジャリっと、砂を噛んでしまった時のような、あの感じだ。 …傷付いた。 やっぱり、彼氏彼女とかそういうふうにはなれない、と言われたような気がした。 そのまま、お互いに何も言わずに、歩き出した。 無言のまま、歩き出した。 相変わらずのお祭りの喧騒が続いている。 ちょうど、神社の前に、さしかかった時だった。 健ちゃんが、神社のほうを見ながら、呟いた。 「ねぇ、夢ちゃん。夢ちゃんはさ、神さまって、ほんとに居ると思う?」 「…え?」 あまりに唐突な質問だったので答えに窮してしまった。 健ちゃんが繰り返す。 「夢ちゃんは、神さまは、ほんとに居るって思う?」 あたしは、 「…分かんないけど。居るんじゃない?どっかには。」 あたしは、テストの前などは、とにかく神頼み派だったので、居てくれなくては困る。 すると、健ちゃんは神社を睨みつけながら、 「俺は、神さまなんか、居ないと思うよ。」 健ちゃんは、続ける。 「ほんとに神さまがいるなら、戦争で子供は死なないし、何も悪いことをしていない人に、たくさんの不幸が集まるなんてことは、あるはずないんだ。そんな不公平なこと、あるはずないんだ。」 健ちゃんが何を言っているのか、その時のあたしには、さっぱり分からなかった。 健ちゃんの背負っているものの、ひとつも理解してなかったから。 さっきまで、汗ばむように蒸し暑かったのに、ぴゅうと冷たい風が吹いた。 背中が、ヒヤリと、した。 夏の夜空に、赤い提灯が浮かんでいた。 いつまでも、いつまでも、お祭りの喧騒は続いていた。
2007/06/04 12:52:18(mLOO5CuD)
投稿者:
たぁ
待ってましたぁ(^O^)/毎日続きが出てないかチェックしてます☆この続きも楽しみにしてます!!
07/06/04 17:41
(.DgxliqD)
投稿者:
菊乃
◆NAWph9Zy3c
たぁさん、ありがとうございます。
よかったら、これからも、読んでくださいね。
07/06/04 21:19
(mLOO5CuD)
投稿者:
ケイ
◆RYLEZxeIL.
昨日読んだとき、僕は「健ちゃん何言ってるの?なんか今回の話は中途半端
だなぁ」と思いました…昨日読んだ時点で感想をそのまま書かなくて良かっ たと思ってる。1日経って考えてみると、健ちゃんの台詞が実に重い事に気付 いたからです。菊乃クオリティ高っけーなーーー!!!! でも話が中途半端で終わった気だけは変わらなかったでゴワス。 もっと読みてーんだぉおお
07/06/05 13:29
(LEoMWhbh)
投稿者:
菊乃
◆NAWph9Zy3c
ケイさん、ありがとうございます。
確かに、中途半端な終わらせ方になってしまったかもしれません。 でも、私にはこれで精一杯なので、勘弁してくださいね(^^;) また、読んでくださいね。
07/06/05 15:14
(XoOH15om)
投稿者:
'A`)
オツカレー
健ちゃんって現在編には出てこないよね そこんとこが過去編で徐々に明らかになってくんだろ? 超期待してる俺ガイル
07/06/06 14:02
(QgencTCX)
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