2024年5月19日、日曜日
初夏の光が横浜のビル街を眩しく照らす午前10時
相鉄口の交番前で、私は彼女を待っていた
LINEには、数十分前に送られてきた一枚の写真
おそらく、どこかの駅の構内
「これで向かうね」の文字とともに、鏡越しに自撮りされた彼女の姿
グレイッシュなブラウスと、ふわりと風を孕む白いロングスカート
顔こそ写されていなかったが、否が応でも高まる期待
──あの写真を見た瞬間から、私の中のスイッチは静かに入っていた
こちらから、目印になる服装を教えてほしい──とは、一言も伝えていない
にもかかわらず、彼女は迷うことなく、自ら一枚の写真を送ってきた
言葉ではなく、視覚で示す
今日の自分の装いを、感情を込めず、ただ「これで向かうね」とだけ添えて
その選び方、その見せ方に、私は静かに感情を揺さぶられた
彼女は、自分がどう見られているかを、よく知っているのだろう
それは、自信とか、慣れとか、そういう単語で片づけてしまうには惜しい、もっと洗練された“計算”だった
けれど、それがいやらしい印象にはならないのが不思議だった
押しつけがましさも、媚びた感じもない
ただ、「私はこういう私です」と、鏡を差し出すように提示されたもの
自然体に見えて、実は意図的
あの一枚には、無言の主導権があった
服の色味、スカートの軽やかさ、そして顔を見せないことで想像を残す巧妙さ
すべてが、「あなたはこの先、私をどう扱うの?」と問いかけてくるようだった
試されているのかもしれない
いや、誘われているのか
あるいは、もうすでに飲み込まれてしまっているのか
ただの写真──そのはずなのに、私は画面を見つめながら、無意識に息を整えていた
まだ会ってもいないのに、彼女のペースに巻き取られている感覚
心の奥に、静かに、しかし確かに火がついた瞬間だった
彼女が現れた
軽やかな足取り
人混みの中でも埋もれない、スラリとした立ち姿
髪は艶のあるセミロング、165センチほどの長身に、涼しげな服装がよく似合う
『お待たせ』
社交的な笑顔
初対面の緊張を、さらりと溶かしてくれるその声に、私はただ頷くだけだった
そして歩道橋を渡り、私の常宿へ向かう
心の奥底では、持参してきた“道具”の存在が、じわじわと熱を持ち始めていた
──オイルマッサージのセット、筆責め一式、そして手錠
彼女には何も言っていない
ただ、流れに任せようと思っていた
部屋に入り、靴を脱いだ彼女は、こちらを振り返って言った
『……好きにしていいよ』
その瞬間、頭の奥で何かが弾けた
愛おしい……いや、違う
この甘酸っぱい感情は、もちろん性的な欲情ではある
けれど、それだけじゃない
一緒にいたい
触れていたい
ただそれだけが真っ直ぐに、私の中心を突き上げていた
思わず、彼女をそっと抱きしめていた
力を入れすぎないように、でも離したくないと願うように
しばらくそのまま身体を重ねてから、彼女の服に指をかける
脱がせる動作に、彼女は少しだけ微笑んだ
下着の上から触れた柔肌の温かさに、すでにこちらの呼吸は乱れていた
彼女のスカートが床に落ち、続いて私の服も脱ぎ捨てられる
照明の落ちた空間に、肌と肌が重なる音が微かに響いた
指先と舌が、彼女の秘部へと沈み込む
少しだけ残してある陰毛が、わずかに汗と香りを含んで、よりいっそう淫靡に感じられた
彼女の息遣いが喉を鳴らし、私はその快楽の連鎖に引き込まれていった
『……ん、すごい……』
彼女がそう呟いた時には、もうお互いに、限界が近づいていた
体位を変え、シックスナインの形で舌を重ね合う
濡れた感触と、熱を帯びた吐息が互いの肌に絡まり、ベッドが静かに軋んだ
ゴムをつけるタイミングも逃していた
積極的に変貌した彼女に導かれるまま、
肌と肌が触れ合い、そしてそのまま──結合した
ゆっくりと、深く、何度も
彼女の腰が跳ねるたびに、声が漏れ、指先がシーツを掴む
私の動きも次第に荒くなって、最後は押し潰すように、全てを彼女に預けていた
終わった後、二人で並んで天井を見つめた
汗をかいた肌が、シーツにしっとりと張りついている
“賢者タイム”という言葉が、こんなに穏やかで幸福なものだとは思わなかった
「……ねぇ」
私は横目で彼女を見て、小さな声で聞いてみた
「手錠、してみる?」
すると彼女は驚いた顔で笑った
『え? してみたいけど……手錠なんて持ってるの?』
私は黙って、バッグから手錠を取り出した
メタリックな光沢が、ほの暗い部屋の中で鈍く光る
彼女は一瞬目を見開いたあと、いたずらっぽく笑って手を差し出した
『じゃあ……お願い』
カチリ、と音を立てて、手錠が彼女の手首を拘束する
ベッドのヘッドボードに固定されたその姿に、理性がぐらりと揺らいだ
そのまま、もう一度──彼女の中へ
さっきとは違う、少し乱れた息遣い
自由を奪われた状態での快感は、まるで別物のようだった
彼女の声は、甘く、切なく、そしてどこまでも淫靡に響いていた
手首を拘束されたまま、彼女は軽く目を閉じた
羞恥と快楽の狭間で揺れるようなその表情に、私の中の欲望がまた一段、熱を帯びていく
「大丈夫?」と訊くと、彼女は頷いた
『……うん、続き、もっとして?』
ゆっくりと脚を開き、彼女の中へと入り込む
さっきとはまるで違う──無防備な姿で受け入れる彼女の熱が、より深く、より甘く私を包み込んでくる
身動きの取れない状態だからこそ、感じやすくなっているのかもしれない
繋がった部分からぬるりと音がして、私の理性は崩れ落ちた
「う……ん、すごい……なんか、変な感じ……でも、いい……」
小さく呟く声が、愛液に濡れた身体の奥で震えている
私は何度も彼女を貫き、時にはわざと浅く、また深く突き上げ、彼女の反応を一つひとつ確かめた
目を伏せて、喘ぎをこらえきれずに吐き出す姿は、どこまでも美しく、そして淫らだった
手錠を外した後、私は彼女を後ろから抱きしめるようにして再び腰を動かした
幾度も結合を繰り返すたび、彼女の中の熱がさらに増していくのがわかる
『……また、中に来て……そのまま、好きにして』
何度目かの挿入で、彼女はそう囁いた
その声に、私の中の何かがまた一つ壊れる音がした
ふたりの汗が混ざり、吐息が交わり、もはや何度目かも曖昧なまま、私は何度も彼女の中で果てた
気づけば夕方
体力も、言葉も、すでに使い果たしたあとだった
彼女はシーツの中で眠りかけながら、私の肩にそっと頭をのせた
『すごかったね……今日……』
「うん、正直、こんなに何回もすると思わなかった」
『ふふ……若いんだね、ココ』
すっかり萎んでしまった私自身を指先で弄りながら、冗談めかして笑ったその横顔に、また抱きしめたくなる衝動をおぼえた
でも、もう満ち足りていた
性欲というより、何かもっと深い、余韻のようなものがふたりのあいだに流れていた
そのまま、彼女の温もりを背中に感じながら、私は静かに目を閉じた
明日になれば、またそれぞれの生活が始まる
けれど今だけは、互いの輪郭が溶け合ったこの余韻に、身を預けていたかった
──何度も結合した、あの日
愛とか恋とか、そんな言葉に頼らなくても、
確かに「満たされた」と言える、一日だった