東京都のK市に住む老マッサージ師は、Yさんといった。
当時、私は、運動として、ウエイトリフテイングをやっていた。その為、腰を悪くしてしまい、ある日、このYさんのやっているマッサージ治療院を、私は、たずねてみた。
ちいさな庭の付いた平屋建て建物で、玄関兼待合室のすぐ右隣が、6畳くらいの治療室だった。
待合室と、治療室との間には、引き戸があり、下の方は、くもりガラス。一番上だけが、透明なガラスになっていた。
治療室の真ん中には、黒いレザー貼りの治療台。窓際には、脱衣かご、椅子、赤外線ランプ、低周波治療器などが、置いてあった。
壁ぎわに、棚があって、鍼だとか、治療に使われると思われる色々の器具、血圧計などが置かれていた。また、壁には、鍼のツボを示した人体図が、貼ってあった。聴診器も、壁にぶらさがっていた。
Yさんの年は聞いた訳ではないので、はっきりは分からないが、口ぶりからすると70歳はとっくに越えているようだった。頭はつるっ禿。大きなからだを、白衣に包み、なかなか見栄えがした。
なんでも、戦前は、上海の赤十字病院で、働いていたそうである。
言い忘れたが、Yさんは、盲目である。
初めて、Yさんの所を、訪れたのは、5月の初め頃だったろうか。玄関を開けてはいると、女物の履き物が、脱ぎ捨てられており、女性の患者さんが、治療を受けている事が分かった。
その患者さんの治療が終わり、Yさんに、「次の人、お入り下さい」といわれ、中にはいる。
ウエイトリフテイングで、腰を痛めたので、その治療をお願いしますといって、サポーター一丁の裸になり、治療台の上に横になる。
型どおり、先ず、マッサージ、その後、赤外線ランプの照射。さらにその後は、低周波治療だった。
そもそも、腰の治療が本来の目的では無く、何回か通ってから、インポ気味なのですが、その治療もお願い出来ますかと、頼むつもりでいた。もっとも、インポは口実で、他人に下腹部をマッサージされたいからであった。
5回位通ったであろうか。ある夜、酒を飲み威勢を付けてから、Yさんの治療院を訪れた。もう、この頃は、Yさんとも、すっかり親しくなっていた。そして、Yさんになら、インポの治療をお願いしますといえる雰囲気を感じていた。
「先生、恥ずかしい事ですが、私は、女性とセックスする時、それまで、しっかり、勃起しているのですが、いざ本番となると萎えてしまいます。何か、治療方法ありますか」と、聞いてみた。
なんべんも、このせりふを、自宅で繰り返し、また、酒の力を借りて、ようやく言う事が出来た。
そうすると、Yさんは、「会陰部のマッサージ、電気治療、それと鍼をすれば良くなるでしょう。腰の治療の後、続いてやりましょう」と、いとも簡単に、言ってくれた。
実は、Yさんの所へ来るまで、3カ所のマッサージ治療院を回り、その何れからも断られていたので、Yさんの所でも難しいかなと思っていた。だから、やりましょうと言われた時は、本当に嬉しかった。
治療がしやすい様に、私は、勝手にサポーターも取り、素っ裸になり、治療台の上に横になった。Yさんは、目が見えないので、別に恥ずかしくもない。
全裸で、マッサージを受けていると、私の前に治療を受けた患者さん、この時も女性だったが、忘れ物をしたのでと、戻ってきた。
Yさんは、こちらが、素っ裸であるのを知っているので、大慌てで、「こちらから、お持ちしますが、忘れ物はなんですか」と、女性に聞いている。
女性が、本だというので、見回すと、椅子の上にその本がおいてあった。そこでYさんにその本を渡すと、Yさんは、それを待合室に持っていき、渡したようだった。こちらも、全裸姿を女性に見られたら恥ずかしいので、大慌てだった事には、変わりなかった。
7回目だか、8回目だか、忘れたが、私が全裸で、治療を受けている時、次の患者さんが、玄関兼待合室にはいって来る気配がした。私も、全裸だったので、覗き込まれると嫌だなと思い、待合室と治療室の間の引き戸の上の方を見ていた。
そうしたら、中年の男が引き戸の一番上の素通しのガラス越しに、中を覗きこんできた。全裸で、しかも、勃起状態。それを見て、男は驚いたような顔をしたが、私と目があってしまった。男は、慌てて、顔を引っ込めたが、本当に、バツの悪い思いをした。
おそらく、この男は、自分の番が回って来て、治療を受ける時、前の患者さんはどこが悪いのですかなど、Yさんに聞いてくるだろう。そんな事を考えたら、私の硬直していた陰茎は、萎えてしまった。
話が前後するが、腰の治療が終わり、いよいよ、インポの治療になった。
まず、ヘソ下から、下腹部全体のマッサージが行われた。Yさんは、左手で、膀胱部をきつく押さえ込みながら、右手で、そけい部、会陰部を、マッサージする。
私は、気持ちよくなってきたので、勃起が始まっていた。当然、会陰部の尿道にあたる部分も固くなってきた。
そこを、Yさんの指が捕らえ、「Sさん。これは何かな。しこりがあるが」と聞いてきた。それから、Yさんは、「これは、キンでしょう」と、いいながら、確認の為か、私の両側の睾丸を、触ってきた。
また、指を会陰部もどし、多分、脂肪の固まりでしょうといいながら、今度は少しきつめにマッサージを始めた。
目の見えないYさんには、これ以上固くはならない程、硬直しきった陰茎の様子は、目では分からない筈である。だが、Yさんの手が、陰茎に当たったので、Yさんも、勃起状態は、分かった筈だった。
それに対し、Yさんは、何もいわず、マッサージを続けてくれた。なんとも言えない快感がおそってくる。しばらくして、マッサージは、終わった。
次に、電気治療が行われた。
枕の上に、小さなゴムシートを置き、そこに、プラスだか、マイナスだかの電極のパッドを置いた。右手に、逆の電極の付いた、丁度、昔、郵便局で使う、日付印を押す棒に似た物を握り、私の会陰部に押し当てた。
Yさんは、目が見えないのに、低周波治療器のスイッチを、巧みにいれた。途端に電気がピリピリと、会陰部に走った。Yさんは、しばらく、会陰部にその棒を押し当ててから、太もも、下腹部を、その棒で、なで回す。治療する場所を確認する為か、右手で、その棒を動かす前に、左手が、私の下腹部、太ももをはい回る。非常に気持ちがいい。
電気も、時々、波長を変えるのか、これも気持ちがいい。何時までも、続けてほしい気分だった。
この様な治療が、15分位続いただろうか。Yさんは、電気治療を止めて、「今度は、鍼をさして見ましょう」と言って、アルコールをしみこませた脱脂綿で、私のヘソの下あたりから、膀胱部、そけい部、会陰部を丁寧に拭いた。
鍼治療は、ヘソの下から始まり、恥骨上まで、鍼が刺されていく。恥骨部に近づくに連れ、陰茎の先端部まで、ピリッとした感じが走る。5分くらいだろうか、鍼を刺したままの状態で、横になっていた。
Yさんは、順番に上の方の鍼から、一本、一本、鍼を上下に動かしていく。刺したり抜いたりした後、下腹部の鍼を全部取り去った。
その後、Yさんの言う通り、仰向けのまま、腹の上で、あぐらを組む。鍼が会陰部に差し込まれた。会陰部にも、何カ所か、ツボがあるようで、何カ所かに鍼を刺された。刺されるたびに、快感が走る。被虐的な喜びにも似た感情と言ってもよい。
Yさんの説明では、ただ、鍼を刺しておくより、鍼を抜き差しする方が、鍼の効果が高まるそうである。
鍼治療が、終わったので、それで、インポの治療は終わりかと思った。そうしたら、Yさんは、「最後に、前立腺のマッサージをやっておきましょう」と言い、今度は、私に、治療台の上に、はいはいするような形で、四つんばいになるように、命じた。
顔と胸の部分を、治療台の上に、くっつけるように言われたので、その様にした。この格好では、肛門が丸見えだ。最も、Yさんは、盲目だから見えない訳だ。おかしな事に、Yさんは、もちろん、誰かほかの人にも、そのような格好で、前立腺のマッサージをされているのを見て貰いたいような気分になった。
「肛門から指を入れて、前立腺のマッサージをしますが、ちょっと、気持ちが悪いかもしれません」と、言いながら、器具置き場を手探りして、傘付き指サックを手にとり、右の人差し指に嵌めた。それから、グラスの中に脱脂綿のような物がはいっており、Yさんは、指サックの先で、何回もその脱脂綿をこすった。おそらく、何か、潤滑油みたいな物が、その脱脂綿にしみこませてあるのだと思った。その指サックは、何回か使われていると見え、本来は、アメ色をしている筈だが、やや、黒ずんでみえた。
「それでは、大きく口を開け、深呼吸をして下さい。肛門に力を入れないように」との言葉と同時に、Yさんの指が、肛門内に、ずぶりと差し込まれた。Yさんは、指の腹の部分と思うが、指先で、前立腺のマッサージを始めた。
指先で円を描くように、肛門内を巧みに、マッサージしていく。Yさんの残りの指が、指先を動かすたびに、陰嚢に触れる。気持ちの良さはなんとも言えない。永遠にこの気持ちの良さが続いてほしいと思った。時間にして、5分位だったろうか。間もなく、前立腺のマッサージは、終わった。
指を抜くと、Yさんは、肛門のあたりを、紙で拭いてくれた。
治療が終わったので、治療台を降り、サポーターを付けようとしたら、陰茎の先から、透明な液が、たらーっと、流れ出してきていた。
この前立腺のマッサージをやってくれたのも、やはり、Yさんが、赤十字病院に勤めていたからであろう。そこらの鍼灸マッサージ師では、ここまでやってはくれないと思う。その点、私は幸運だった。
それから、更に、何回か通ったと思う。所が、田舎で、不幸があり、それと久しぶりの帰郷だったので、私も、ついのんびりと、田舎にいてしまった。
東京に戻ってからも、忙しかったりで、再び、Yさんの所を訪れたのは、半月以上も経ってしまっていた。
また、前立腺のマッサージをやって貰おうと、Yさんの治療院を訪ねたら、空き家になっていた。玄関に、「事情により、治療院を止める事になりました。長い間、ご利用有り難うございました」の貼り紙が、貼ってあった。
これで、Yさんとの縁が切れてしまった。本当に、残念であった。