私は妻子持ちの40歳男ですが、私が「おばさんマッサージ」にはまった、そのいきさつを書かせていただきます。
あれはもう14年ほど前に、脱サラし友人と独立をして(あの頃は今と違いバブル崩壊直後)、その流れで九州・福岡に1年ほど行って(逝って)いたころの話です。中国との貿易が主たる業務であったため福岡だったのですが、きちんとした住まいは借りておらず、サウナやビジホを泊まり歩いていました。いきつけのサウナも短パンの元気でセクシーな?マッサージ(30歳~50歳程度)さんがたくさんいて、大部屋でもまれるのですが、友達もいない環境で一人寂しく夕食を食べた後は、そのおかあさんに近い女性たちに揉まれながらお話をするのが唯一の楽しみでした。もちろん、横には人がたくさんいますので、エッチな方向への発展などありえませんでしたが、2日に一回ほど利用するうちに、中年女性のあの暖かい手の感触・時たま偶然触れてしまう太ももや股間などを、目を閉じながら良からぬイマジネーションで片付けていました。既に中年女性のマッサージによる、若い女性からは得られない「安心感・開放感」の中毒になっていたのかもしれません。
その衝撃の日は、そのサウナではなく、「今日は大部屋ではなく、部屋で他人のイビキを聞かずに寝たい・・・」と思い、ぜいたくにも「福岡国際センター」近くのビジホに宿泊した日のことでした。中洲で12時過ぎまで飲んで、かなり酔っていましたが、「ホテル帰ってマッサージでも・・・」そんな気分でしたが、めずらしい部屋でのマッサージを楽しみに、「酔いと睡魔に負けて寝るなよ!」と自分に言い聞かせていたのを覚えています。
フロントへ電話をすると、受付終了の間際であったためかほどなくノックをする音がしました。その日まで、マッサージ以外の発展があるなどの経験はしたこともなく、27歳であった私は、それでも一人寂しい思いが少しでも癒されればという願望だけで、ドアを開けました。
そこにはおそらく55歳程度、スタイルはなかなかでかなり身長の高い女性がニコニコと立っていました。いつもサウナでのスタッフと比較すると、年齢的には↑に行ってしまったので、「まあ~こんなもんかな・・・」と招き入れました。
「ずいぶん若いのね~、そんなに若いのにこったりするん?」(博多弁だったと思います)「う~ん、疲れちゃって、よろしく」などの会話で浴衣の上から始まりました。いつものサウナで行う施術はマニュアル通りというか大体の流れが同じなため、揉まれていくと、目を瞑っていても大体の終わりが把握できますが、所変わればで、体の向きも揉んでくる順番も全く違うその日の施術に、すごい新鮮味を覚えました。確か、左右横向きに肩・腰・腕と丹念に揉まれ、「あれ40分だったのに、ずいぶんのんびりしているな?」と思っていると、お姉さん(お母さん?)は「ずいぶんこってるから、延長どうする?」などと水を向けてきました。延長など発想もなかった私は「延長?」と驚きましたが、もっと手の感触を楽しみたいのと、その女性の技術の高さとなんとも言えない「熟女の香り」に負けて、「じゃあ、お願いします」と。お姉さんはフロントに「ダブルに変更です!」と伝えました。電話を切ると「ありがとう!」と言われ、私は驚きました。そんなに嬉しいことなのかな?「暇だったから助かるわ、じゃあうつぶせね」と言われ、その通りにしました。そこから今までの流れとは大きく変わったような気がしました。うつぶせになった自分のお尻あたりに直接腰を落としてきたんです。
「重い?大丈夫?」などと元気に聞かれると、「だ、大丈夫です(汗)」。
肩を上から下に丁寧に揉まれましたが、私は確かその日まで3週間ほどオナニーもしておらずタンクは満タン、そっち方面の触覚は研ぎ澄まされ、自分の尻にあたる熟女の恥骨というかマン肉というか、割れ目の感触を必死に堪能していました。それまで、このような体験があったわけでもないのに、酔いも手伝っていたのか重いお姉さんを尻に乗せているのに、その尻をマン肉に擦りつけるような感じにしていました。その動きを下で苦しがっているボッキが手伝っていたことは言うまでもありません。
お姉さんの手はいつしか腰のマッサージまで終了し、既にマン肉の感触はヒザ裏あたりまで降りていました。「あ~もっと感触を楽しみたい」と思っていましたが、
「お尻のマッサージってされたことある?」と聞かれ「いいえ」「どんなのですか?」などと聞き返しましたが、その頃はまだあまりに激しい27歳のボッキのせいで上を向くことも抵抗があったため、下を向いたままでいると「じゃあ、やってみる?」と言われ、「ハ、ハイ」。後になって考えれば、その時既にお姉さんには私の一番こっているところは間違いなくばれていたはずでした。
浴衣を腰上までめくり上げると、ブリーフをお尻の割れ目にピッタリ沿う用に直されました。体中の血がその付近に集まっているのを悟っているかのように、割れ目の近くを両側から、肛門に抵抗がいくよう、今まで以上に丁寧なマッサージが始まりました。本当に肛門の際まで来ては、また上に戻る、じらし倒すかのような熟女の手ワザは、本当にいとおしかったです。そのうち、私はもっと前を揉んで欲しくて、腰を上げて、ワンワンに近い格好です。お姉さんは何も言わず、お尻を上に上げる私を楽にするためにお腹の下に枕を入れてくれました。年齢差もあったと思いますが、その頃にはあまりの気持ちよさに恥ずかしくないんです。もうお姉さんの指先は、私のなぞって欲しい一歩手前を行ったりきたり、肛門のまわりを5ミリ大で親指で執拗になぞるんです。私はかなり声を出していました。ブリーフの外にあったお姉さんの10本の指も、6本以上はブリーフの中に入っています。たくさん隙間を造るんです。15分は続いたでしょうか。ほとんど蛙のような姿勢になった私を、「じゃあ上向く?」と。「やっと向ける、上に」。お姉さんの顔を見ると、かなり汗ばんで、でも部屋に入ってきたときとは別人のような色っぽい顔に変わっていました。
大きくなりすぎたムスコを見られてもあまり恥ずかしくないぐらいの雰囲気を造ってきれたお姉さん。上を向きましたが、腰の下に枕は入ったままです。お姉さんは、お姉さんの指で伸びてしまったブリーフの隙間からあらためて両手を入れてくれました。「少しだけ、チップ頂戴ね」の一言だけ。
あのときの私であれば、3万円と言われても拒否する自信はありませんでした(手持ちなかったのですが)。左手でタマを揉み転がし、右手は血が集まり過ぎたサオを、爆発寸前のところまで、しごいたり止めたり、私の反応を楽しんでいるかのようでした。私は、右手で大きなお尻をさわりまくってから、お姉さんのスパッツを脱がし、しゃがんだ格好に促した後大きめのパンティーの脇から指を3本ねじ込み、思いっきりアソコのヌルヌルと感触を堪能しました。しゃがんだお姉さんの腰を私の腕で支えているような形ですが、耐えました。お姉さんは少し腰を上下して私の指での刺激を堪能しています。その間、お互いの喘ぎ声以外、面倒な会話はあまりありませんでした。69に以降するときも。ヒップ100はあろうかというお姉さんのお尻を抱え込み、アソコをしゃぶりつくしました。「私、子供生んでないから、アソコ綺麗でしょ・・」「うん、すごく綺麗で、おいしい。ハアハア」。
そのままバックに移行して思いっきり、後ろから100センチヒップに自分のムスコが出入りするのを見ながら、突きまくりました。お尻の肉に私の体があたる音と出し入れする音がすごいです。いつもなら、射精感が来ると我慢できずそのまま逝ってしまう私ですが、今まで経験したことのないこの今をもっと長く楽しみたく、必死に歯を食いしばり、出すのを我慢して、お姉さんを逝かそうとしました。それまで女性を逝かしたこともなく、このチャンスを!これは逝かせられると・・・。お姉さんは獣のように尻を突き出し、私の抵抗を受け止めています。「そこ、そこ。そこ好き。そこ突いて・・・あ~」。思いっきり果ててくれたたようでした。
果てたのに休憩もなく、私が逝っていないのと、自分が逝かしてもらったお礼なのか、「一番すごいのしてあげるから、ワンワンの格好をもう一度して」といわれ、お姉さんは自分のまだ余っている愛液をすくい、私の肛門へ塗りたくり、そのまま指を入れてきました。それから3分もかかりませんでした。ワンワンの格好のまま、肛門からの刺激とサオへの激しい手の動きで、声をあげながら、お姉さんの持参したタオルの上に、思いっきり白濁液を撒き散らしました。
体がしびれていました。こんな体験は初めてでした。プロだと思いました(汗)。
ダブルの時間はとっくに過ぎて、お姉さんは冷静に戻り、帰り支度をしています。
「お、お金、1万円しかないんですけど・・・」「いいわよ、ハイ明日の朝ごはん代!」と言って2000円おつりをくれました。
「おねえさん、名前さんていうんですか?」「○○よ」「またお願いしてもいいですか?」「よろしくね!」
来たときの顔に戻っています。戻れないのは、私だけです。
次の日も、そして翌週も・・・。お姉さんにはまりました。稼ぎもロクになかったけど。東京に戻るまでの半年間、それまでのサウナ定宿からホテル住まいに変わり、借金がすごく増えました。仕事は全然うまくいきませんでしたが。
でも、お姉さんとは唐津の温泉に旅行へ行ったり、私がマッサージをしてあげたり。人には言えないけど、楽しい日々でした。
今から7年ほど前、今の仕事で九州・福岡へ出張に行きました。体の中から湧き上がってくる熱い思いを抑えられず、またそのホテルです。でも、お姉さんはいませんでした。
いても、おいくつになられていたんだろう。どこでなにしているんでしょうか?
私は、その体験から脱せず、少ない小遣いとたまにある臨時収入で、東京近辺の熟女マッサージ探索を続けています。これからも、見つけたいです。同じような興奮に出会えるまで。
また書かせていただきます。長くなって申し訳ありませんでした。