氏が札幌の病院に入院する事になり
「退屈だろうけど,圭一はこの家に残って家を守ってくれ。」
氏の言葉に従って週に3回ほど見舞いに札幌へと往復する生活になった。
夫人は札幌に泊まり込み週に一度,私と一緒に家に戻ってくる生活へとなった。
「もう,あまり保たないかも知れないわね。」
「そうなんですか‥」
「先生に言われたわ。」
「奥さん‥」
駅から帰る車の中で初めて夫人の涙を見た。
「元気出してください。」
「うん。わかってる‥」
こんなに重苦しい雰囲気となったのは初めてだった。
家に着き,暖炉に火を起こすと夫人が隣に座った。
「奥さん‥」
「うん。ごめんね。泣いたりして。」
「良いんですよ。僕の前では泣いてくれても。」
胸に顔を埋めて子供の様に声を上げて泣いているのを抱きしめてあげた。
ひとしきり泣いた後,
「ありがとう。すっきりしたわ。」
そう言い身体をもたれていた。
「どこで知り合ったんですか?ご主人とは。良かったら聞かせてください。」
「おかしいのよ。こんだけ年が離れてるでしょ。周りから見たら資産目当ての女にしか映らないわよね。」
「いえ‥」
三人で暮らした日々の中でそう思った事は一度もありませんでした。
そして,昨日お見舞いに来た息子達から,万一の時の葬儀は会社の方でやるからと言われたと聞かされたのでした。
「圭一‥」
「奥さん‥」
氏が病院に入り,ずっと耐えていたのでしょう。
思い出しては泣く夫人の肩を抱いていたのでした。
「ありがとう‥もう大丈夫‥お腹減っちゃったわね。」
「奥さん。がんばってください。ここの人達はみんな奥さんの味方ですよ。」
「昔ね。籍を入れて間もない頃,あの人が私に言った事があるの。いつかは君を残して逝く日が来るはずだから‥いつでも心の準備をしておいて欲しいって。年だけじゃなく私よりも一回りも二回りも大人だったわ。愛してるって言葉よりも尊敬していたんだと思うわ。」
「僕も同じです。」
「ありがとう。明日,一緒にお見舞いに行ってくれる?」
「はい。行きましょう。」
「初めてね。圭一とこんなに二人で話しをするの。」
「そうですね。」
「あの人ったらね。もしもの時は圭一の事を頼む。なんて言うのよ。」
「僕も同じ事を言われました。」
「おかしいわよね。」
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