父が退院してからというもの、僕は西本さんに会うことがなくなりました。最初こそ、『帰宅すると来ていないか?』とか思っていました。
しかし現実は全く姿を見せず、僕もどこか忘れ始めていました。お昼間、充分に会える二人です。じゃまな息子がいる前にわざわざ顔は出しません。
それでも、一度だけ会いました。僕が携帯を忘れ、家に取りに帰った時です。普段開いているはずの玄関はカギが掛けられて、僕も怪しみました。
カギを開けて押し入るのも逆に怖くて、わざわざチャイムを鳴らしました。インターホンに出たのは、父ではなく女性。西本さんだと分かりました。
インターホンを話し終え、玄関の扉が開くのに少し時間が掛かりました。カギのロックが外れ、『ああ、たいちちゃん、おかえり~。』と彼女に言われます。
その彼女の姿に違和感を感じました。慌ててシャツを着込んだのか、何度も裾を引く仕草を見せるのです。
『ああ。用があって、さっきお父さんに会いに来たのよ。』と、何も聞いていないのに勝手に説明を始める不自然さ。
なにより、何でカギが掛かっているのか。ツッコミどころ満載でしたが、聞くのも怖くて、携帯片手になにも言わずに家を出たのでした。
結果、この行為が僕と西本さんを引き寄せてしまうことになるのです。
それから。
『たいちちゃん、ちょっと、ちょっと行こう。』と僕の顔を見た西本さんが慌ただしく行ってきました。その雰囲気から、何か魂胆があるのは想像がつきます。
言葉に乗せられるように車に乗り込みます。『お茶飲みに行こうよ。』と言われ、少し不気味に思いながらも車を走らせました。
彼女に言われたのは、半個室タイプの喫茶店。結構、若いカップルが出入りするようなところで、『西本さんでも、こんなこと行くんだ。』と少し驚きました。
喫茶店に着くとすぐに、『この前、ごめんなさいねぇ。』と謝られ、少し考えます。謝られる理由などなかったからです。
しかし、『この前、』ということですから、あの忘れ物を取りに帰った時のことでしょう。察しはつきましたが、『なにが?』と聞いてみました。
『なにも言わないで行ってくれたから。おばちゃん、謝ろうと思って。』とやはりあの日のことでした。『ん?なんかあったなぁ?』と一度惚けました。
すると、『たいちちゃんは、やさしいんやねぇ。』と染々と言い始めたのです。『薄々は気づいてるんでしょ?』と目が変わりました。
『本当のことを言って欲しい。』、そんな目でした。『カギ掛けてたこと?』と聞くと、西本さんの表情が更に変わりました。
思っていた言葉とは違っていたのでしょうか。それとも、図星過ぎて言葉もないのでしょうか。
『恥ずかしいやろ~?おばさんが、恥ずかしいやろ?』と思い詰めたように言うので、こんな場面になど遭遇したことのない僕は焦ります。
この先は言葉を選ぶ必要がありました。下手なことを言えば、父との肉体関係の話にもなりかねないため、西本さんに恥をかかせてしまう危険もあるからです。
少し沈黙が続き、西本さんの表情が変わりました。吹っ切れたような顔をになり、『私、はっきりしないこと嫌いなのよ。』と続けます。
『たいちちゃん、大人だから本当は全部分かってるんやろ?どうなの?』と聞かれ、その表情に押されてつい言ってしまいました。
『親父と、Hなことでもしてた?』
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