にゃんにゃんさん
日曜日、二週間ぶりに例の銭湯に主人と一緒に出かけました。
主人と行くのは二度目です。
行きつけにしていたフロント形式の銭湯は自宅から遠く、交通量もかなり多い場所にあるのに対し、番台形式の銭湯は自宅からわりと近く、道路も混まないことを口実にしました。
主人は車の免許をもっていないので私がいつも運転するのですが、正直、私は運転があまり得意ではないのです。
前回とは逆に、店に入ったときはお爺さんが番台に座っていましたが、洗い場から出たときはお婆さんに交代していました。
いつものように上がり口で、前も隠していない全裸を正面からジロッと見られることを期待していただけに、少しガッカリしました。
「私の裸も見飽きたのかな」なんて想像すると、少し淋しい気もしました。
でも、その日はかなり番台に近い場所のロッカーを選んで裸になったので、下着の跡も生々しい入浴前のカラダはしっかり見られました。
帰りの車の中で主人が突然言い出しました。
「番台の爺さんは女の裸を毎日見て血行が良くなるのか、顔色がツヤツヤしてるよ。番台に座るのが爺さんの元気の秘訣なんだね」
「そうね、今日も私の裸をジッと見てたし。あのお爺さんが元気なのは、私のお陰かもよ!」
と冗談ぽく返すと、
「(義理の)兄貴も生きてたら、あの爺さんくらいかな」
主人は一体何を思って、死んだ義兄のことを持ち出したのでしょうか?
実は結婚当初、主人の実家が営む銭湯の番台に座る義兄の執拗でイヤらしい視線を主人にだけは訴えたのですが、あまり真剣に取り合っては貰えませんでした。
主人の就職が決まって引っ越しするまでの2年強、私にとって銭湯を利用することは羞恥・諦め・慣れの過程でした。
それだけに突然、死んだ義兄のことを、しかも義兄と同様に全裸の私をジッと見るお爺さんが番台に座っている銭湯を利用した帰りに、口にした主人の気持ちが図りかねたのです。
明日の朝も早いので、続きは後ほど。
おやすみなさい。
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