akiさん
ご覧いただきありがとうございます。
あれから30年近くになってしまいます。
あの店はいわば労働者の店で、訪れるお客もどこか人生の影を引きずっている方々が多かった、と今にして思います。
店の作りは本編で述べたとおり、これまた戦争で焼け残った建物に寄りかかっているような作りで、出来の良いバラック作り、とまさに戦後のまま、といってもいいものでした。
そんな店のお客から聞いた、戦前・戦後の風俗の話しや、その店等を拠点に今でいう、円の相手を探していたお姉さんの話しなど、おいおいさせていただきたく思います。
実はあの店に出入りすることがきっかけで、卒論のテーマ、(戦後復興における人々の暮らしと思想、などとよくあんなので卒業できたもんです)が決まり、今にして思い返すにとんでもない代物を書き上げてしまったものでした。
(そんなわけで、多少メモも残っていますし、写真も数枚あります。)
あの時、いろいろお話しを聞かせていただきました、今では多分鬼籍に入られておられるでしょう、よっちゃん、たんさん、ようこさんに、この場のお借りしてお礼を述べさせていただきたく思います。
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