広い家の割には風呂は狭く、別々に入ると、富紀子さんは身支度を整えて、私の風呂上がりを待ってました。
ベージュの下着、多分持っていた中であれが一番だったんでしょうね?
『こんなおばさんに気~使ってもらって、ありがとね』
最初に御礼言われ、富紀子さんは下着を外しました。
ブラジャー外すと、ダランと乳房は下に落ちるかな?と思ったら、それが意外と落ちなくて、ボコンと前に出てる。
と言うより、お腹があるから下に落ちないだけ、でした。
寝かせると雪崩のように乳房は崩れました。
乳首はすぐ硬くなり、富紀子さんも気持ちよさげな声、身体の反応見せるも、核心部分の準備が整わないでいました。
それに気づいた富紀子さんは、自分で触りながら言いました。
『10年以上渇きっぱなしだから、ダメかな』
でも時間をかけてしていたら、私の唾液意外のヌメリが、明らかになってきました。
『その調子』
富紀子さんの身体は少しずつ、受け入れを整えていって、やっと完了、始めて40分近くが既に経過していたと思います。
私はゆっくり、富紀子さんの中に入っていきました。
はっきり言って、締まりはよくありませんでした。
でも調子が上がってきた富紀子さんの乱れに乱れた姿、濡れるのに時間かかった割に、ことが始まると知らぬ間にシーツは染みで濡れてるし、締まりより富紀子さんの乱れ方に興奮して、私は果てたのです。
翌日も仕事だったため、富紀子さんにもっととせがまれましたが、一回で帰宅しました。
翌日、職場で会った富紀子さんは、いつもの高飛車、ギスギス、横柄な態度が少しだけ丸くなっていたような気がしました。
約一年半、私の出向任務が終わるまで、だいたい週一くらいで富紀子さん宅に通い、セックスしました。
私の出向任務が終わるころには、完全ではないにしても、パートさん達との仲も改善されました。
いつもポツンと一人食べていたお昼も、みんなとテーブル囲えるくらいになったし、一部やはり女性同士、更年期だったことへの理解もあり、仲間が増えていた富紀子さんでした。
最後に一言。
亡き富紀子さんの旦那さんへ。
必ず富紀子さん、仏壇の扉閉めていたとはいえ、仏壇の前で毎回毎回、あなたの奥様を抱いたことを許して下さい。
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