僕は、中学時代にイジメを受けていました。
はじめはしょうもないイジメでしたが、中三の秋ごろ、高校受験勉強のストレスが溜まっていた頃に、教室で手コキ射精されたことがありました。
放課後、教室の後ろでイジメっ子数人に押さえつけられ、
「ペロパンしちゃえ~」
と下半身を露出させられました。
そこに入ってきたイジメっ子と親しい女子が、僕を蔑んだ目で見ると、イジメっ子が、
「コイツのチンポ、扱いて射精させてやれよ。」
と言うと、女子が私のペニスを握ってシコシコしました。
同級生の女子に扱かれてフル勃起、ハアハア状態のは必死に射精を我慢しました。
するとそこへ、僕の好きな皆美ちゃんとその友達が入ってきて、
「キャアッ!」
と叫びましたが、その10秒後、、僕はビュビュビュビュビュ~~~っと射精、
「うわあーーー」
と言って皆美ちゃんたちは教室を出ていってしまいました。
「床、拭いておけよ。」
と言い残して、イジメっ子たちは帰っていきました。
好きな女の子に手コキ射精を見られて、僕はうなだれながら帰りました。
絶望の中、あいつらより上の高校へぅ行くという目標に向かって勉強しました。
その後、志望校に入ってイジメっ子からは離れることができて、その後、都会の大学へ進学、僕は女体と恋を経験して故郷に戻ってっきました。
そして就職先には、地元短大を出て2年前に入社していた皆美ちゃんがいたのです。
僕は、出来るだけ皆美ちゃんと顔を合わせないように気を付けていました。
でも、ついに皆美ちゃんに気づかれてしまいました。
「私のこと、覚えてる?」
「え?・・・まあ・・・」
「久し振りだね。週末、飲みに行こうよ。」
と誘われ、二人で飲みに出かけました。
皆美ちゃんは相変わらず可愛くて、でも、あの痴態を見られたことの方が気になってあまり話が弾みませんでした。
「もしかして、あのこと気にしてる?あれ、イジメだから、気にしない方が良いよ。」
この時から、皆美ちゃんと親しくなりました。
その半年後、旧交を温めているうち、友達以上恋人未満な関係になった頃、結構酔っぱらった皆美ちゃんが、
「あれから8年かあ・・・オチンチンも立派になったかな?」
と言われて、トロンとした目で見られました。
「私、去年、こっぴどい失恋して・・・その後に、中学の時好きだった人と再会して・・・」
「えっ!」
この日、23歳同士で結ばれました。
皆美ちゃんは、田中みな実さんを彷彿とさせる可愛い顔をしていましたが、身体もまたエロボディで、細身なのにEカップがボヨンでした。
私の陰茎を握り、
「8年ぶりの再会だ。」
と言ってフェラしました。
皆美ちゃんの陰部は、前彼の腰使いのせいか左右非対称で、右側の陰唇が左側より大きく、少し赤らんでいました。
抱き心地は最高で、突くたび揺れるEカップに興奮しながら大量に射精しました。
私たちは26歳同士で結婚しました。
今年、結婚8年34歳、子供も2人産まれました。
結婚以来、皆美ちゃんに生理が来ると、皆美ちゃんは中学時代のセーラー服を着て、私に後ろから抱きつくようにして陰茎を扱いて射精させます。
可愛い皆美ちゃんに射精を見られる羞恥は、なぜか興奮委返還されるのです。
アヘアヘしながら射精する私の陰茎をじっと眺めて、耳元で、
「すごーい。いっぱい出たね・・・」
とご満悦です。
2度の出産時、お腹が大きくて後ろから抱きつけないので、セーラー服妊婦になってもらい、皆美ちゃんに見られながら、オナニー射精していました。
中学時代の姿になった大好きな女の子に、シコシコしながらアヘ顔を晒し、ピュピュ~~っと精液が噴き出す様子を鑑賞されると、その恥辱の興奮は凄まじいものがあります。
ここ数年は、子供たちも大きくなってきたし、セーラー服は止めましたが、その代わり、皆美ちゃんに至近距離で射精を見られています。
私が仰向けで寝て、皆美ちゃんに扱かれるのですが、この大勢だと皆美ちゃんは尿道のすぐそばまで買いを近づけられます。
やはり、至近距離で見られる羞恥はたまりません。
皆美ちゃんに生理がくると、約一週間セックスができませんので、その間、皆美ちゃんの手コキ射精2回と、私のオナニー射精観察が1回あります。
このオナニー射精も至近距離で観察されますが、自ら扱いて腰を振りながら射精するので、恥ずかしさは一番大きいですね。
「あ、ああ、出る。出る出る・・・」
ビュッ・・・ビュビュ~~・・・と噴き出す精液を、僅か十数cmの至近距離で見られるのは、恥辱の極みです。
これが、皆美ちゃんに生理が来た時の、私たち夫婦の拘りの射精なのです。