今年の春の終わり頃の出来事。この日はやや暑い一日だった。
手術の経過観察のため、遠方の病院を受診した。用事を済ませ、電車で帰路についた。発車時には大勢の乗客がいたが、いつしか車輌に数えるほどしかいなくなっていた。
たまたま隣に座っていた若い女性。お疲れなのか、コクコクと首を前後させていた。やがて、僕の方に寄りかかり始め、肩枕状態になりそうに。
女性との距離が近い。ふわりと漂う彼女の甘い香り……に混じる、何やら汗っぽいツンとした匂い。
最初、自分が臭いのかと思い、こっそり確認してみた。確かに多少汗はかいていたし匂いも少しはあったが、漂ってきたのとは違う匂いだった。ということは、この匂いを発しているのは……。
女性の横顔を盗み見る。あどけなさの残る、端整な顔立ち。「清楚」という言葉が似合う女性だった。ノースリーブの白い服を着ている。
他の乗客とは距離があるし、彼女の汗臭に間違いなかった。暑い一日だったので、多少汗をかいたのだろう。
周囲に気を配りながら、彼女の腋あたりに少し顔を寄せて嗅いでみる(興奮していて、「密」になるとかは考えられなかった)。すると、より鮮明に酸っぱい匂いを感じることができた!
女性がノースリーブの服で出かけるわけだから、対策はしていたのかもしれない。しかし、ケアが甘かったのか、ケア用品でも抑えられない発汗量だったのか……。いずれにしても、この清楚な女性は、自身の腋を臭くしてしまっていたのだ。
甘いシャンプーと酸っぱい汗がブレンドされた匂いに僕は至福を感じていた。
匂いに気付いて程なくして、次の駅のアナウンスが流れ、彼女はパッと体を起こした。肩枕しそうになっていた自覚は無かったらしく、到着した駅で彼女はそのまま降りてしまった。ドアの開閉で、彼女の残り香も、跡形もなく消えてしまった……。