10年前まで、新入社員の頃に3年間暮らしてた街に出張で戻ってきました。
13年前、震災後、復興のためにいきなり東北の出張所に配属され、3年間、激務に耐えた街です。
10年ぶりに訪れた出張所、知ってる顔は一人もいませんが、懐かしさに溢れました。
今回の出張は、災害復旧後に私たちの後を引き継い業務の成果をチェックするための出張でした。
10年前まで住んでいたアパート、懐かしく眺めました。
ちょっと古いコンクリート造の2階建てのアパートは、階段を上ると左右に部屋があるタイプで、私は2階に住んでいて、廊下を挟んだ反対側には、利恵さんという奇麗な熟女が住んでいました。
ご想像のとおり、私はこの利恵さんと男女の関係になっていました。
挨拶に行くと、色香を漂わせる美貌の女性、ハッと息を呑みました。
故郷のお土産を渡すと、微笑んでお礼を言われ、
「お引っ越しで大変でしょう。お夕食、ご一緒しません?一人で食べるのも淋しくて。」
と誘われ、上がり込みました。
色々話すうち、利恵さんは26歳年上の48歳、バツイチで一人暮らし、社会人の息子さんが仙台に住んでいると言いました。
ずっと年上でしたが、華のある美しい顔立ち、匂い立つようなフェロモン、不覚にも勃起してしまいました。
しかもそれを気付かれ、
「もしかして、溜まってらっしゃる?」
「あの、大学時代の彼女と別れてこっちに来たので・・・」
「ふふふ・・・今日は、伯母さんが手でしてあげる。おチンチン出して・・・まあ、硬くて立派ね。」
と笑顔でご奉仕、絶妙なスローな手コキで、思わず絶頂を迎えてしまいました。
美熟女に見つめられながら、絶頂射精を堪能しましたが、射精直後の精液だらけの亀頭を優しく撫でられ悶絶、極上の亀頭マッサージに悶絶から再勃起、たまらず2発目を噴き上げました。
そして後日、超一流の美熟女の極上のセックステクニックを味わうこととなったのです。
20代前半の男と、40代後半の女、最も性欲が爆発する組み合わせだとは、後々知りました。
利恵さんはスーパーのお総菜コーナーで働いてて、休日が土日とは限らないのですが、出番が午後からで、帰宅が8時頃、午後9時頃からセックスしても、翌日余裕がありました。
それまで女子大生としか付き合ったことのなかった私は、利恵さんの熟れた女体の妖艶さ、溢れる母性、想像してたより年齢を感じさせないしっとりとした滑らかな肌、ムチッとしたやや豊満ボディの虜になりました。
使い込まれたバツイチ熟女のムッチリ下半身、熟れ熟れのオマンコ、たまりませんでした。
美しく妖艶な利恵さん、私も多忙を極めていたので、セックスは週に4回ほどでしたが、3年間、濃密な時間を過ごすことができました。
あの豊潤なオマンコの味わいを知ったなら、オナニーするのはもったいなくてできませんでした。
円熟の肢体は、かつて営まれていた長年の夫婦生活で、性感はすべて開発済み、感度抜群のイキまくりでした。
しかも、どんなに乱れても、大人の女性としての上品さを失わない美しい痴態を見せてくれました。
若い女性しか知らなかった私は、熟女の魅力にドップリと浸ったのを思い出していました。
二人のお休みが合うと、夜セックスした後、お酒を呑んで寝て、翌日は朝からセックス、お昼もセックス、そして夕方と夜もセックス、若かったですね。
連休が合うと、お泊り旅行に行って、ロクに観光もしないでヤリまくり、母子と思われていた客の部屋が精液参れのティッシュが山盛りの屑籠を見て仲居さんは、何を思ったでしょう。
あの街に3年いて、出張所を去る日がやってきて、25歳の私と51歳の利恵さんが最後のセックスは利恵さんの部屋で、私の部屋は荷物だらけでした。
翌日、荷物をトラックに積んで本社のある関東地方へ向かいました。
「向こうに帰ったら、伯母さんと遊ぶんじゃなく、お嫁さん探すのよ。」
「今までありがとうございました。どうか、お元気で。」
「私は大丈夫よ。実はね、息子の結婚が決まって、子供が生まれたらこっちに来てほしいなんて言われててね。私もお婆ちゃんになる日が来るのね。」
「「それじゃあ、さよなら・・・」
あなたは、私の最後の彼氏にしようと思ってる。ほかの男性で、あなたとのセックスを消したくないから。さよなら。元気でね。」
懐かしいアパート、2階に私が住んでた部屋の向かい側、表札は利恵さんのものではなくなっていました。
きっと、息子さんのところに行ったのでしょうね。
利恵sンも還暦を過ぎてます。
孫の面倒を見ながら、息子さん一家と暮らしているのでしょう。
私も妻子ある身、まだ利恵さんがいたら、そのことを知らせたかったです。
出張終わり、新幹線のホームから、もう一度利恵さんにさよならを言いました。