今から8年前、25歳まで勤務してた場所に出張してきました。
出張といっても片道1時間、同じ県内です。
郊外の田舎の風景から、小川を渡るとコンパクトな市街地になり、中学校があって、JA系列のAコープがあって、目的地に着きました。
懐かしい建物でしたが、そこに当時の人は1人もいませんでした。
午前中の仕事を終えて、Aコープに弁当を買いに行って、懐かしいソースとんかつ弁当を買ってきて食べました。
午後の仕事を終え、帰りしな、8年前まで住んでたアパートを見に行きました。
色々と思い出します。
あそこに私が住んでて、隣には中学教師の潤子さんが住んでて、毎日顔を合わせているうち、仲良くなりました。
潤子さんは、なかなか美形の先生でしたが、バツイチで当時35歳、一回り上でした。
元旦那さんのところに小学生の娘さんがいて、年に数回会うそうです。
離婚理由は、潤子さんが転勤して単身赴任になったことが原因で、元旦那さんは仕事を辞めて家庭に入って欲しかったそうですが、潤子さんは仕事を選び、家を出たそうです。
初夏の頃、潤子さんに尋ねました。
「この辺って、居酒屋とかないんですか?」
「地元の常連さんしか行かない飲み屋ならあるけど、都会にあるような大きいのはないわね。街に出ないとね。だから私は、Aコープからお酒買ってきて、部屋で呑んでるんだ。今日土曜だし、今夜一緒に呑む?」
誘われて、タダ酒も悪いので、おつまみ買ってお隣の潤子さんの部屋にお邪魔して、一緒に呑みました。
酔ってくると、三十路の美形教師がとてもきれいに見えてきて、ヤバいな~と思いましあ。
「彼女、居るの?」
「あ、大学時代にはいたんですけど、卒業で別れました。」
「そう。残念だけど、仕方ないわね。この辺りだと、若い女の子とはなかなか知り合えないから、街に出た方がいいわよ。JRで2駅で、新幹線のある駅まで行くから。」
と言われましたが、その時はもう、潤子さんに見惚れていました。
「え?何?」
「いや、奇麗だな~と思って。」
この一言が、部屋の空気をガラッと変えました。
「もしかして、私と付き合いたいとか思ってる?私35歳よ。それに、私もいるまでもここにいるとは限らないしね。教師は転勤あるから。それとも、ここにいる間だけ、恋愛ごっこする?」
と、大学時代の顔所には無かった潤子さんのフェロモンに、ズボンの前が膨らんでるのを見つかりました。
ズボンの上から撫でられて、
「ふふふ・・・若いから硬いわね。」
二人で裸になって、シャワーを浴びました。
裸になると、美形だけど淫乱な雰囲気が漂い、元人妻なんだなあと思いました。
「離婚以来、3年ぶりのおチンチン・・・」
というとフェラしてきましたが、大学時代の彼女とはレベルの違う舌使いに、腰が震えました。
その後、クンニしようとオマンコを見ると、さすが元人妻、ビラビラは黒く、クリは半分飛び出ていました。
「もう入れて・・・」
と私を押し倒し、生のままで跨られました。
「ああ~~硬い。ああ、ああ、いい~~」
普段は、教師らしく清楚な身なりで、知的な美形ですが、一旦スイッチが入ると淫乱なメスになりました。
腰を突き出し、ムニュムニュ出入りする結合部を晒し、ヒイヒイと淫らにヨガりました。
正常位になり、ガンガン突くと、オマンコのうねりに限界が来て、抜いて潤子さんに精液を振り掛けました。
「ああ、気持ち良かった。また、しましょうね。」
火照った表情には、三十路女の色気が漂いました。
潤子さんとは、金曜の夜から日曜の夕方まで、週末同棲状態になりました。
週中は、お互いが残業しない水曜日にどちらかの部屋で楽しみました。
潤子さんに生理が来ると、手でペニスを弄られました。
カリから上だけ弄られる亀頭責めされながら、我慢汁を溢れさせ、その我慢汁を綿棒に沁み込ませて、尿道に数センチくらい挿されました。
初めて味わう感覚で、何とも言えない気持ち良さと、勃起したペニスに綿棒が刺さるビジュアルが惨めで、屈辱感の中に快感が見え隠れしました。
そうやってギリギリまで焦らされての射精は、気が遠のくほどの快感でした。
時には、限界まで追い込みをかけられて、
「ねえ、自分で出してみて。男の子のオナニー見てみたい。」
と言われて、このまま射精しないでいることができず、ティッシュを敷いて、シコシコ扱いてビュービュー射精して、その羞恥に震えました。
連休があると、温泉余光に出かけてヤリッぱなしとか、とにかくセックスするためのお付き合いでした。
週末のマッタリセックスも潤子さんの色香にクラクラしながら楽しめました。
部屋中に淫臭が漂うほど、ネットリしたセックスで、
「いい~いい~、もっと、もっと突いてーーっ!」
ヨガリまくりました。
三十路の熟した味わい、そして黒いビラビラがはためく結合部の卑猥さ、1回戦が終わってシャワーを浴びて来るや、貪るようなフェラで再勃起、2回戦に突入するのです。
いつも生ハメ、市中に生理が来ると中出しさせてくれました。
肉づきのいい腰、ムチムチの太腿、ディープなキスを交えた本気のセックスでした。
ここに居たのは3年、転勤の内示が出て、ここを離れる旨を潤子さんに告げると、
「奇遇ね。私も転勤。春休みになったら、ここを出ていくから、私の方が先ね。」
潤子さんは海辺の北部の街へ、私は内陸部でも南部へ、それぞれ転勤でした。
潤子さんがここを出る前夜、私の部屋で最後のセックス、最後の精液を振り掛けて、一緒に寝ました。
翌朝、一緒に朝食を食べて私は出勤、
「それじゃあ、お元気で。さよなら。行ってきます。」
「あなたも元気でね。さよなら。行ってらっしゃい。」
帰宅すると、潤子さんの部屋は空き部屋になってて、淋しい思いをしたのを思い出しました。
数日後、私もこのアパートを出て、今の妻と巡り合った街に引っ越していったのを思い出しました。
スマホには潤子さんのラインのアイコンが残ったまま、8年間、一度も連絡を取ってませんが、消さずにいます。
「潤子さん、45歳か・・・元気にしてるかなあ・・・」
そう呟いて、思い出の街なみを後にしました。