かれこれ2年くらい続いている妙さん(64歳未亡人)とは、パチンコ屋で知り合った。 俺が打っている隣の台に妙さんが座り、3,000円くらいでしょうか。カードを使い切った時点で「確変大当たり」。玉切れ&カード残高が無い状態でオロオロするのを見て、一掴み分の玉を上皿に入れてあげたのが話をするきっかけ。俺もちょうど確変中で、その後1時間くらいお喋りしながらパチンコを打ち、俺が4連チャン、妙さんが3連チャンした後、ほぼ同時に単発を引き、2人とも終了することに。 換金後、「それじゃぁ、どうもね。」と言って別れたが、俺が駐車場から車に乗って帰る途中、パチンコ屋から100メートルくらい離れたところで、歩いている妙さんを発見。車のウインドウを開けながら車を寄せ「さっきはどうもね。寒いから送ってあげるよ、乗ってく?」と声を掛けると「悪いわね。それじゃ、お言葉に甘えて乗せていただくわ。」と言って乗ってきた。車の中で「こんな遅く(この時点で9時半過ぎ)まで出掛けていると家の人が心配するんじゃないの?」と聞くと「私、一人暮らしだから気楽なのよ。」なんだそうです。妙さんの家までは5分くらいで着いたのですが、家の前で車を停めると「送ってもらったお礼に夕飯をご馳走するから家に寄ってって」ということになり、ノコノコとお邪魔することに。「普段一人だから何も無い」と言いながらも、揚げたての野菜かき揚げが乗った天ぷらソバを作ってくれて、一緒にいただきました。食事の間も色々と話をすると、妙さんは「母親を高校の時に亡くした。父親が盲目(マッサージ師)だったため、自分もマッサージ師になり、父親と一緒に小さなマッサージ院を切り盛しながら、父親の世話しているうちに婚期を逃し、35の時に父親が亡くなった後の37で結婚、相手は45歳の同じように親の世話をして結婚が遅れた男性、幸せに暮らしていたが子供には恵まれず、さらに旦那さんが60歳で亡くなってしまい、52歳で未亡人になった。幸いなことに妙さんの老後は心配ないくらいの遺産を残してくれたが、60までは週6日、60からは週3日、一駅離れたマッサージ院に通ってマッサージ師をやっている」とのことでした。その日は、食後にお茶をご馳走になり、大人しく帰りました。2~3日後、割と早い時間(午後6時頃)に同じパチンコ屋に行くと、妙さんがパチンコを打っていたので、先日の食事のお礼を言い、隣に座ってパチンコを打ち始めたが、その日は2人とも不調で「ダメだねぇ」等と話をしているうちに1万円ほどスッてしまい「別の台に移るか?それとも帰るか?」と考えていると、妙さんが「今日はダメみたいだから帰ろうかな」と言い出したので、「俺もダメみたいだし帰るわ、ついでだからまた送ってあげるよ。」と言って、二人で車に乗り込む。車の中で、なぜかラーメンの話になり、この間ご馳走になったから今日は俺がラーメンをご馳走するということで、妙さんの家の前を通り越してラーメン屋へ。ラーメンを食べて、再び妙さんを家に送ると「今日は時間が早いから、ラーメンのお礼を兼ねてマッサージしてあげるわ、お兄さん肩凝りがヒドイみたいだから」(俺はメチャクチャ肩凝り症で、肩や首を廻すのが癖になっているのだが、それを本職(マッサージ師)に見抜かれたらしい)と言うので、家にお邪魔してマッサージしてもらうことに。家に入ると、客間に案内してくれ、テキパキと手際よく布団を敷いてマッサージの準備をし「私も着替えてくるから、これに着替えて待っててね」と浴衣を手渡して、客間から出ていきました。「亡くなった旦那さんの浴衣かな?」と思いながらも、パンツ一丁の上に浴衣を羽織り、帯をキッチリ締めて準備をし、妙さんを待ちました。妙さんは「お待たせしてごめんなさい」と言いながら、おそらく部屋着なのでしょう、紺色のTシャツとグレイのジャージパンツ姿で客間に入ってきました。
...省略されました。