高校時代のパシり生活。
25年ほど前の話しですが、私は高校入学前に事故に合い、そのせいで1年留年しました。
1年後に入学した訳ですが、入学3日後、同じクラスの1歳下のギャル様4人にリンチされ、パシり生活が始まりました。
偶然とはいえ、パンツを覗き見した私が悪いんですが、笑
4人のギャル様には、中学の時から使ってるパシりの男が4人居たんですが、私を含めてパシりが5人になりました。
私達はパシりは毎日、ギャル様達の昼食を買いに行き、遅かったらリンチされ(殴る蹴るだけでなく、竹刀でも叩かれました)
先ずはギャル様達が昼食を食べ、私達は正座で待機、もしくは椅子になり、ギャル様達が食べ終わったら、私達は犬喰いをして笑われていました。
私達パシりはたまにバイトをして、給与明細と一緒に全額献上していました。
私はパシりの中で新参者だった為、パシりの男達の性欲処理の担当になりました。
両手足を縛られて無理やりチンポをしゃぶらされ、最初は嫌で嫌で仕方ありませんでしたが、私だけ貞操帯を付けられ(ベルトを加工して作ったもの)、毎日チンポをしゃぶらされました。
高校生ですから3日も射精が出来なければたまって感度が増し、初めてチンポをしゃぶってから一週間後には、チンポが美味しくてたまらない体になっていました。
それでも貞操帯は付けられたままで、4人のパシりを毎日私を使って射精できる、私は二週に1回しか射精の許可が下りませんでした。
射精の許可が下りた時は、ギャル様とパシりの男合計8人が、私のオナニーを見て笑っていました。
二週間も溜まってる為、射精してもチンポをしごくのが止まりませんでした。
射精したいのに出せない状態で、毎日フェラしてケツマンコを犯され、毎日々、精液便所に使われていました。
ギャル様達に、「一生、男の性欲処理の道具として生きてけ」と言われ調教して頂きました。
もし興味がある人が居れば他にも書きます(^-^)/