おはようございます。
朝からこんなことになっていたんですね。
37番さん、擁護していただいてありがとうございます。
頑張って書きますね。
昨日はお昼から私と子供たちを連れて義父が街へ車で連れて行ってくださいました。
これも子供たちが薪割を手伝ったおかげで私にはできない義父の教育方法だと思ていて義父に感謝しています。
子供たちは義父から一人一人ではなくみんなで遊べるゲームを買ってもらい喜んでいました。
これも義父の教育方法で、一人一人ではなくみんなが力を合わせてこれからやっていくようにの願いがあったと思います。
そして私にも、、
「子供たちとそこで何か食べているからこれで友理香さんの欲しいものを買っておいで。私がついて行っても欲しいものが買えないだろうから。」
そう言ってお金をくださったのです。本当に義父には感謝です。
家に帰っても子供たちはご機嫌で夕食前にゲームで遊び、夕食後にはそれぞれ使った食器を自分たちで台所まで持って行きまたゲームをしていました。
こんなこと初めてでそれを見ていた私は義父に「お義父さんのおかげです。あの人が出稼ぎに行っている間は私一人でなかなか。」
「何を言っている、息子がいなくなっても友理香さんはよーくやっているよ。」と言ってくださり涙が出てきました。
子供たちを寝かせたあと、義父がまだ晩酌をして私も少しだけ頂きました。
酔ったわけではないのですが義父がお風呂に入っている時後片付けを済ませた私が後から入って行きました。
義父は特段ビックリした風でもなく、私が入っていくと湯船の隙間を空けてくださったのです。
義父とは以前から何度か二人だけでお風呂に入ったことがあり義父の背中を流していました。
それは我が家のお風呂だったり、街の貸切風呂だったり、ラブホテルのお風呂だったり、、
そして私は義父が入っている湯船に入ると義父に背中を向け義父の中へ入っていったのです。
「友理香さんの肌はいつもすべすべして素晴らしいよ。」と言って後ろから抱いてくださり、私の胸や股間を摩ってくださるのです。
「ああ、、お義父さん、、」私も負けじと手を後ろに廻して義父の物を握ると大きく硬くなっていました。
「すごい、お義父さん、もうこんなになっているわ。」
「ああ、、これも友理香さんのおかげだ。」
「いいえ、私の方こそ、、」
私は義父の方を向くと義父を立たせ目の前に現れたオチンチンを口に咥え扱いていたんです。
それでも5分もすると義父が限界のようでストップがかかりました。
このあとはお布団の中でと言うことで、、そうですよね、お風呂の熱い中で勃起させ射精まで導いていたら血圧が上がって、、
さきに義父には出てもらい、私は体を洗って義父の部屋へ向かいました。
その夜に限って私は浴衣を身につけました。
「ほう、浴衣か、友理香さんは何を着ても似合うから、、」そう言ってくださり嬉しかったのです。
「さあ早く、それを脱いでここへ入ってきなさい。」義父はそう言って掛布団を捲ってくださいました。
義父はすでにパジャマもパンツも脱いで裸になって私を待っていてくれたのです。
私は浴衣の紐を外すと前を大きく開けました。
「友理香さん、、それは、、」
「これはお昼にお義父さんが私に買ってくださったものです。ああ、、恥ずかしい、、」
それは義父の意思とは関係なく私が決めた義父からのプレゼントで、真っ赤なガーターストッキングにお揃いのブラとTバックとお揃いのネグリジェでした。
義父の部屋はいつもどおり部屋の灯りは消して枕元の灯りだけで、義父が私の姿が見えにくいのかガン見しているんです。
そこで私は部屋の灯りを点けてあげました。
すると義父は裸のままお布団から出て私の体をまじまじと見てきました。
「友理香さん、、素晴らしいよ。こんな姿初めて見たよ。婆さんのこんな姿も見たことがなかったのに、、ありがとう、ありがとう、、友理香さん。」
そう言って私を泣きながら抱きしめてくださいました。
私もこんな義父は初めてでどうしたらいいか分からずすべてを義父に任せてしまいました。
義父はそんな私の着ている物を脱がすのがもったいないのか、2時間くらいかけて下着をずらしただけで愛撫を繰り返していました。
でも、すぐに裸になるよりこういうほうが興奮するし、私の恥ずかしいく思いました。
またにはこんなこともいいのかなと思っています。
※元投稿はこちら >>