『明日、ちょっとお祖母ちゃんの家に行こうか?』と言われたのは、土曜日の夜のことでした。母が全部やっていたので、僕はノータッチ。
あの家で遺品を整理してからもかなり経つので、その家がまだそのまま残っていることに、少し驚きました。
小さな脚立やちょっとした大工道具を車に積み、田舎のお祖母ちゃんの家に着いたのは、午後2時頃でした。
『表札、外してて。』と僕に言うと、母はそのまま家に入って行きます。表札も外し終わった僕は、母を追いました。
しばらく使われていないだけで、家の雰囲気は一変していました。電気水道は止められ、なにより家中に独特な臭いが立ち込めています。
母は2階にいました。扉を開けて、2つ並んだ部屋を見比べていました。『ここ、妹と私の部屋だったこと。』と語ります。
『たまに、妹と部屋替えもしたわ。部屋替えといっても、お部屋を交換するだけだけど。』と、初めて聞く母の少女時代の話でした。
『これで見納め。』とばかりに、昔の思い出にふけっていたのでしょう。
『どっちが母さんの部屋だったの?』と聞いてみました。『こっち。』と指をさしたのは、左側の部屋でした。
今は何もないその部屋に足を踏み入れ、知りもしないのに、母の少女時代を勝手に想像したりしてしまいます。
『ここにベッド置いてたの。』と窓際を指差します。それに始まり、ここにはテレビ、ここに洋服掛けと、それを楽しそうに僕に語るのです。
昔の話をこんなに語る母を見たことがありません。それも、こんなに楽しそうに、こんなに自慢気に。少し僕も押され気味になるほどにです。
その後、母と数軒のご近所に挨拶廻りをしました。どのおばさんも、ちゃんと母のことを覚えていて、どこへ行っても昔話に花が咲いています。
僅か6~7軒廻りでしたが、2時間近くも掛かるほどでした。
荷物も車に積み込み、母は本当に最後の点検に再び家に戻りました。僕も一緒に入り、僕も『もう一度だけ。』と母の部屋を覗きます。
特にこの家に思い出もなく、気になるのはこの部屋くらいでしたから。しばらくして、『まだ見てるの?』と後ろから母に声を掛けられました。
『うん。』と答えると、母が近づいて来て、いきなり僕の両手を取ったのです。『なに見てるの??』、とイタズラっぽく言われました。
『あっちゃんは、なに見てるの?』と追及されます。母の目は、全てお見通しでした。僕の考えていることなど、母には透けてしまっているのです。
僕が見ていたのは、知りもしない少女時代の母の姿でした。ここにいることで、少しですがそれが想像できたのです。
『ん?母さんの小さい頃を想像してただけ。どんな子だったかなぁ~とか。』と答えるのでした。
しかし、母の目が誘っていました。大人の目に変わっていました。『それ、どんな子供だったぁ~?言って…。』と上目使いで、色気タップリに言うのです。
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