「ねぇ、ちょっと飲みに行かない?」
唐突に、叔母が私を誘った。
叔父は、
「今日は、りんちゃんにも頑張って貰ったし、二人で行って来たら良いよ」(笑)
と言った。
お酒が大好きな叔父は、医者から飲むのを止められていたし、私もお酒が好きな方ではない。
「お兄さんに、留守番させたら悪いよ?」
「良いじゃん、一緒に行こう!」
叔母が駄々をこねるのは初めてだった。
悪い予感しかしない。
一人分の夕飯を私が作り、叔父に笑顔で見送られながら家を出た。
叔母は高級レストランにでも行くようなドレスに、ブランド物のコートを羽織り、指には成金趣味の指環を着けていた。
「何が食べたい?何でも好きな物を言いなさい」
と言われたが、叔父に気兼ねして、何も言えなかった。
「何もないなら、行きたい店があるんだけど」
と言って連れて行かれたのは、住宅地の中にある「隠れ家的」なお店だった。
「いらっしゃいませ」
「予約してないけど、宜しいかしら?」
普段の叔母からは、想像できない言葉遣いに驚いていると、店長らしき人が出てきて、
「奥さま、いらっしゃいませ。ちょうど、いつものお席がご用意できます」
と言ってきた。
「ご主人様のおかげんは、いかがですか?」
と叔父を気遣っていたので、
(常連なんだ)
と思った。
得たいの知れない横文字ばかりのメニューに戸惑っていると、コートを脱いだ叔母は、ワインとコース料理を二人分注文した。
中庭を眺めながらクラッシックのBGMを聞いてたら、お酒に酔う前に、店の雰囲気に酔いそうになった。
店内には、盛装した客の談笑する声も聞かれた。
明らかに私だけ場違いだった。
作り物みたいな小さな料理を、更に小さくして口に運んだ。
「あ、奥さん、ご無沙汰してます」
と紳士が夫人を連れてテーブルに来た。
明らかに年上の相手に、叔母は物怖じした様子もなく、商売の話をしていた。
「どう?美味しい?」
と私に聞いてきたが、味なんて分かるはずもなく、
「美味しいよ」
と愛想笑いをして見せた。
周囲が暗くなり店内の照明が、ムーディーに演出されると、所々で青い明かりが灯り始めた。
「アナタのブラジャーも光ってるわよ?」(笑)
「え?ホント?」(驚)
「セクシーね」(笑)
「もう、姉さんったら」(照)
「キレイな刺繍ね」
「ありがとう」(照)
ホロ酔い加減の潤んだ瞳で見つめられ、私も変な気分になった。
(何なの?この雰囲気。ヤバイかも?)
「ちょっと、トイレに行ってくる」
と言って席を立ち、洗面所に入って、顔の火照りを冷ました。
暫くして席に戻ろうとしたら、私の席に男性が座っていて、叔母と楽しそうに談笑していた。
(まさか浮気?)
と思って、テーブルに戻ると、
「アナタにも紹介するわね」
と言って、立ち上がった男性を紹介された。
ピアニストだと言う彼は、普段海外で演奏しているらしいが、コロナ禍で帰国して、しばらくホテルで自主隔離していた体験を、私達に話始めた。
普段、上流階級の人とは、そこそこ交流はあったけど、気品を漂わせた貴族のような所作に触れて、珍しく私は緊張していた。
「おキレイな方ですね」
と言われ
「ありがとうございます」
と澄まして見せたが、彼の視線が胸元に来た瞬間、これまで感じた事のない快感を覚えた(悦)
「じゃあ、僕はこの辺で失礼します」
と言って、彼は店のピアノの椅子に腰かけて、生演奏を始めた。
「どう?素敵な人でしょ?気に入った?紹介しようか?」
「いま紹介したじゃん」
「素敵だけど、どう考えても、私と吊り合わないでしょ?」
「そうかな?お似合いだと思うけど」
と叔母は残念そうに言った。
こう言うタイプも嫌いじゃないけど、付き合うのは苦労しそうだ。
彼の演奏に聞き入りながら、優雅な夕食を楽しんだ。
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