母子相姦外伝〈極エロ伝説・エリカ様〉
2006年7月、高校1年の僕と、もうすぐ34歳になるエリカさんとの極エロい歴史の幕が開きました。
この頃を映画化するならエリカさん役は以前書いたように「沢尻エ○カ」さんでいいと思うんですが、実際にこの頃のエリカさんに1番近い顔立ちの有名人といえば、僕が知りうる限りの範囲ですが某アイドルグループの「久保史○里」さんだと思います。
年齢的にもおっぱい的にもエリカさん役は難しそうですからオファーはしませんが。
トラック運転手として2人の女の子を育てていたエリカさんは、1年半ほど前まで口技手技で男性達を昇天させるお仕事をしていたらしいので、この時まだ素人の母と女子高生の彼女の技しか経験の無かった僕にとって、元プロのエリカさんの技の数々は未体験ゾーンもいいとこで、恥ずかしさを通り越して悲しくなるくらいの早漏で。
早すぎて申し訳なく思っている僕にエリカさんは
「早くイッてくれると楽でありがたいよ、ホントに」
と慰めてくれます。
時には自分もイキたがっていた母とは違い、エリカさんは完全に「男性側が満足してくれればそれでヨシ」の精神だったので、本当に気楽に、こちらの都合で射精できたので非常に重宝しました。
ある日、エリカさん流の性教育の教材として僕の早漏が利用されます。
エリカさん宅にて、中学2年の長女が外出中にエリカさんが、小学6年の次女と、一緒に遊んでた次女の友達をエリカさんの部屋に呼び込みました。
僕はすでに真っ裸で布団に横になっていて、両手でチンポだけ隠してるという状態です。
エリカ「2人とも座って。
私が「いい」って言うまで●●(僕の名前)のオチンチンから目をそらさないで見てなね。
(僕に向かって)はい、●●は手をどけてオチンチン出す」
このシチュエーションでも奇跡的にまだ勃起しておらず、エリカさんの手技で勃起するという教材としては幸先の良いスタートでした。
途中、エリカさんがチンポを舐めると、次女が
「うわ、オチンチン舐めた、汚い」
と。
エリカ「好きな男のオチンチンなら汚くないんだよ。
サキ(次女の友達の名前)も汚いと思うか?」
サキ「思わないです!」
エリカ「うん、よし。
ユイ(次女の仮名)、サキを見習え。
●●、イク前に教えてよ、射精の瞬間を2人に見せたいんだから」
そう言って本格的なフェラと手コキが始まりました。
やがて
「………あ、エリカさん、イキそうになってきた」
エリカさんはフェラをやめて手コキオンリーに。
そして
「あ、イク!………」
ドビュッ…ドビュビュッ…ビュッ…ピュピュ……ピュ………
「今の、この白いやつ、精液ね、精液がオチンチンの先からピュッて出る時が男が1番気持ちいい瞬間だと言われてる、射精ね。
2人ともそのうち彼氏が出来るだろうけど、彼氏にセックスしたいって言われても安易にセックスしてほしくないな。
彼氏には、セックスできない代わりに今見せたやり方で気持ちよくなってもらおうね。
とにかく、どんだけ好きな男の前でも簡単にパンツは脱がない、パンツさえ脱がなきゃ赤ちゃんはできない」
のようなエリカさんの演説で、エリカさん流の性教育「口技手技編」は終了。
この性教育で、自分の母親の口技手技を見たからか、それともいっぱい出た射精を見たからか、ユイはちょっと引き気味で、一方のサキは
「凄かった、また見たい、また見せて」
と、初っぱなから「特殊性癖少女サキ」の片鱗を見せつけました。
この夏休み中にあったエリカさんとの上記以外の印象的なエロい思い出としては、コンドームが苦手な僕のせいでピルを服用しはじめてくれたおかげで、生まれて初めて騎乗位で射精できた事ですかね。
エリカさんは僕にとって、母、高校の先輩に次いで3人目の女性でした。
でも射精できた体位の種類でいえば断トツで1位です。
それまで2~3種類の体位だけで活動してきましたから、色んな体位にトライしたこの夏休みは、僕のパフォーマンスが飛躍的に向上した時期だったと思います。
そういえば母子相姦の本編で書き忘れたと思うんですが、母は同僚さんと不倫していた頃からマスターと再婚するまでピルを服用していたらしいです。
それを僕が知ったのはサキと結婚した後で、未成年の頃の僕に母が言ってた「中出し絶対ダメ」は、母なりの最低限の性教育でした。
ただし成人式の時の「中出し絶対ダメ」は、服用をやめた後だったので超本気だったと。
エリカさんはすぐにピ服用の事を教えてくれましたが、どうしても間に合わない時を除いてマンコ内部以外での射精を心掛けていました。
思い出いっぱいの夏休みが終わって、ますますエロい2学期の始まりです。
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