お姉ちゃんとの旅行が、こんなに苦しくなるなんて……。
島根から電車で岡山へ出て、レンタカーで鷲羽山ハイランドまでドライブしたんです。
海が見える高台で、風に髪をなびかせながらお姉ちゃんが笑う姿が、本当に綺麗で。
2人で本当に楽しかったのに……お姉ちゃんの笑顔が、どこかぎこちなくて。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
そっと尋ねると、軽く頷かれるだけ。
いつもなら自然に繋がれる手が、今日は一度も触れてくれませんでした。
その距離が、胸に冷たい棘のように刺さります。
美観地区に着いて、荷物をホテルに預けて歩き始めたときも。
私はそっとお姉ちゃんの手を握ろうとしたのに、するりと避けられて。
心がざわついて、息が苦しくなりました。
ベンチに座った瞬間、勇気を出して聞きました。
「お姉ちゃん……いつもと違うよ」
お姉ちゃんは深いため息をついて、ぽつりと呟きました。
「……彼氏ができた」
世界が、音を失いました。
私が何も言えないでいると、お姉ちゃんは淡々と続けます。
「明後日、実家に帰ったら報告するつもり。彼氏と一緒に暮らすから、あの部屋からも出ていくね。これからは、ののかは一人で暮らすんだよ」
頭の中が真っ白になって、声が出ません。
お姉ちゃんが、私から遠くへ行ってしまう。
そんなの、絶対に嫌なのに。
「そんな……いやだよ、無理だよ……」
するとお姉ちゃんが、初めて見るような冷たい笑みを浮かべました。
「そうだよね、無理だよね。ののかは一人じゃ何もできないもんね。今回の旅行だって、私が全部手配したし、荷物もまとめたし」
次から次へと、私の悪口が飛び出して。
胸が締めつけられて、息もできない。
「やめて……」の一言さえ、声にならなくて。
「また泣くの? 本当にあきれた。一人で生きていけないなら、男でも作れば?」
私は震える足で立ち上がり、お姉ちゃんの前に立ちました。
「なんで……なんでそんなこと言うの? 私は男の人が……」
言葉を遮られて。
「また昔のこと言ってるの? もう忘れて、男でも見つけなさい。あんたが誘えば男なんて……」
カチン、と頭の中で何かが切れました。
私は人生で初めて、お姉ちゃんの頰を叩いてしまいました。
パチン、という乾いた音。
お姉ちゃんが頰を押さえて、私を見つめます。
「お姉ちゃんなんか……大嫌い…!」
震える声で吐き出して、私は走り出しました。
後ろを振り返ると、お姉ちゃんはベンチに座ったまま、うつむいていて……私の方を見ようともしませんでした。
どこをどう走ったのかも覚えていません。
息が切れて、商店街のような路地に座り込んだとき、
バーやスナックの看板がぼんやりと光っていて、ここが美観地区じゃないことに気づきました。
「お姉ちゃん……助けて……」
自然と零れた言葉に、自分で胸が痛みました。
大嫌いなんて言ってしまったのに、助けなんて来るわけがない。
そのとき、スマホが震えました。
お姉ちゃんからの着信。
一度切ったのに、またかかってきて……震える指で出ました。
「ののか、どこにいるの?」
「……言わない」
「そう。ホテルに戻れるの?」
「戻れない……分からない……」
お姉ちゃんは少し沈黙した後、優しいけれど疲れた声で言いました。
「近くに見えるもの、教えて」
「……ファラオ」
「分かった、そこから動かないで」
少しして、お姉ちゃんが迎えに来てくれました。
でも、ホテルに戻ってからの夕食も、ずっと無言でした。
シャワーを一人で浴びて、別々のベッドに入る夜。
初めて、一人で寝るんです。
ふと横を見ると、お姉ちゃんは私に背中を向けて、反対側を向いていました。
何か、隠している気がして。
「お姉ちゃん……どうして?」
寝たふりをしているのか、何も答えてくれません。
「ののかのこと、嫌いになった? ねぇ、お姉ちゃん……」
涙が止まらなくて、また零れました。
「悪いところは直すよ……だから、お姉ちゃん……教えて……なんで?」
お姉ちゃんは答えない。
私はお姉ちゃんに背中を向けて、布団を噛んで声を殺して泣きました。
もう、終わりなんだ。
お姉ちゃんは行ってしまう。
私のそばから、全部なくなってしまう。
やがて抑えきれなくて、声を出して泣いてしまいました。
暗い部屋に、自分の嗚咽だけが響いて。
……強くなろう。
一人でも生きていけるように、ちゃんと強くなろうって、心に決めました。
でも、今はこの痛みが、胸を焼き尽くすみたいに熱くて。
お姉ちゃんの温もりが、恋しくて、恋しくて、
私はただ、布団の中で小さく震え続けていたんです。
※元投稿はこちら >>