僕は写真を取り返そうと佐藤にしがみ付いた。佐藤は片手で僕を押さえつけて、マジで可愛いわ紹介しろよ。姉ちゃん彼氏居るのかよ?と聞いてくる。
写真は僕と姉で前の年に行った植物園で撮ったものだった。亡くなった母は普段、文字通り身を削って僕らを育てる為に昼夜を問わず休み無く働いていたが、唯一パート先が全て休みになるゴールデンウィークだけは毎年、朝から弁当を作って僕らを電車に乗せて植物園に連れて行ってくれるのだった。
その日だけは朝から晩まで一日中、母と居られる、母に甘えられる。僕らにとって、植物園は数少ない幸せな思い出だった。
母が死んで最初のゴールデンウィークに休みを取った姉さんがゆたか、植物園に行こうと言いだし、朝から弁当を作って2人で出かけた。それ以来ゴールデンウィークに姉は休みを取り、母の写真を持って植物園に行くのが恒例となった。
今では母の様に毎日働き、僕の食事をはじめ家事をこなして夜学に通う姉と一日中過ごせる貴重な1日だ。写真は去年、母の写真を持った僕を花時計の前で写メを姉が撮っている光景を見かけた老夫婦が僕らに声を掛けて来て、事情を話したら私がシャッターを押すから姉弟で並びなさいと言って撮ってくれたものだった。
母が死んで以来、2人で並んで撮った唯一の写真で姉が、とても気に入って駅前の電気店でプリントして来たものだ。僕らにとっては宝物だった。
それを、ミツハシは美人の姉ちゃんだけで良いわ。お前が要らないと言って半分にちぎった。
僕の頭を押さえるミツハシの手を振り解いて姉の写真を取り返そうとミツハシにしがみ付いたのだった。
ミツハシは、なんだよウゼーな!と言って、僕の肩口を思い切り殴った。僕は殴られた勢いで食卓の椅子に座っていたミツハシの子分のようにミツハシの顔色をいつも伺っているタケシタにぶつかって床に倒れた。タケシタは痛てぇ!何すんだよ!と言って倒れた僕の腹を蹴り上げた。
僕は段々とワルと言っても、相当にタチが悪い連中である事に気付き始めた。ミツハシ、タケシタ以外の2人も刺繍の入ったジャージやジーンズを履いたチンピラのような小柄で卑屈な顔のカネコ、陰険な目つきで長身から人を見下ろすスドウといった連中だった。皆それぞれが近くにあった食器を灰皿にして煙草をふかし、そこらに寝転びテレビを見始めている。
勝手に冷蔵庫を開けて飲み物を飲み、食べ物を食べた。なんだかつまんねーなお前んち、ゲームもねーし、ゲーム無いってお前んたどんだけ貧乏なんだよと勝手な事を口々に言って帰る雰囲気が出てきて、僕がほっとした時。
玄関が空いてただいまーと姉の明るい声が響いた。
狭いアパートだ、玄関を開ければ食卓まで遮るものすらない。佐藤達を見て姉は固まっていた。
誰?ゆたかの友達?姉は少し声をうわずらせて僕に尋ねた。僕の答えより早く佐藤が声を発した。
こんにちは、お邪魔してます!ゆたか君と同じ学校の佐藤です!おかえりなさい!姉の姿を見てミツハシ達の目の色が変わっていた。
ミツハシ達も佐藤に続き、おかえりなさーい!と声を発する。
僕は玄関の姉に何か言おうとしたが言葉が出なかった。後から考えるとあの時、自分が姉に何と言おうとしたのか分かった。
姉さん、逃げて。
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