母に毎年2日は家に居なさいと言ってるでしょう。出かけるならせめて、皆さん集まって挨拶してから遊びに行きなさいと、例年の恒例儀式の様な押し問答をして、結局例年通り家に居ることになった。
昼過ぎから三々五々、親戚が集まりだす。
大きくなったなぁ、身長何センチあるんだ云々のこれまた儀式の様な小芝居をしていると、おめでとうございますの叔父さんの声の後に奈々子のおめでとうございますの声。
やはりお嬢さん学校上がりの都内一流女子大生だ。パッと場が華やぐようだった。俺は卑屈にならざる得ない。
紺色に白い襟のワンピースを着て、育ちの良さゆえの素直さで、おじちゃま!おばさま!等と俺の父、母を呼ぶ。下町のオヤジ、オフクロはそれだけでもう喜んでいる。
確かに奈々子は美人だ。透明感のある白い肌、大きなキラキラとした瞳、上品な薄い唇。それに育ちの良さから来る内面から滲み出るような輝き。
俺が通う掃き溜めの様な大学に通う同級生の女達とは比較にならない。俺は如才なく親戚と挨拶し、はしゃぐ彼女の笑顔を眩しく眺めるしか出来ない。
卑屈な俺は自宅で行われる宴会に居場所が無く隅に座り、美人の奈々子は宴席の中心に居た。
俺は賑わいの蚊帳の外。手持ち無沙汰な俺は台所に立ち普段は全くやらない洗い物などを母に邪魔にされながらもやっていた。
暫くすると、おばさま、ごめんなさい、私、手伝います。と奈々子が台所に入ってきた。
母は奈々ちゃん、いいのよ。今日は座ってて。などのこれもまた毎年恒例の儀式。
母の奈々子ちゃんは本当に気がつく良い娘ねー、有難うねのセリフまでがこの儀式のワンセットだ。
だがこの年は、去年と違う事が起きた。
いつもは、じゃあコレを向こうに運んで頂戴と母の用事ついでに宴席に戻る奈々子が、郁夫ちゃん、免許取ったの?と俺に声を掛けてきた。
コンプレックスの塊の様な当時の俺は奈々子のほうすら見ずに、まぁ一応。と答えるのが精一杯だったが内心は奈々子の視線を背中に受けて、どぎまぎしていた。
クルマは?買ったの?奈々子が尋ねてくる。
そんな金無いよ。免許だって借金して取ったんだから。俺はさっきから同じコップを洗い続けながら答える。
そうなんだ。今日、私自分の車で家族乗せて来たんだ。車乗らない?運転してみてよ。奈々子が背中を向けたままの俺に言う。
え?自分の車?車持ってるの?俺は振り向き、奈々子に尋ねる。
奈々子はニッコリと笑い、大学、第一志望に受かった褒美に。前からの約束。だから必死に頑張ったもん。と俺に答える。
そうなんだ。良いなぁ。何買って貰ったの?
ホンダの〇〇。当時、1番人気があった車種名を答える奈々子。
マジ?!すげー。乗りたい!俺は奈々子に初めて素直な返答をした。
奈々子は、決まり!ドライブしよう。
奈々子は宴席に戻って自分の鞄を取ると、お父さん、ちょっと郁夫ちゃんとドライブ行ってくると言って台所に戻って来た。
鞄からクルマのキーが付いた鍵束を取り出すと、ニッコリ笑い、じゃあ運転よろしくー。と俺に鍵束を投げてよこした。
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