家族の靴を磨き終えて、自分の靴を磨いている時、玄関の外から妻のクルマの音が聞こえた。
父親は、慌てて寝室に戻ろうとしたが、床に伏せっていたら、娘に心配をかけてしまうと思った。
でも、まだ娘の顔を直視する自信は無かった。
辿り着いた場所は浴室。
お湯を抜いて、壁から床まで磨き始めた。
「ただいま」
玄関が整然としている事に、娘は驚いた。
特に、ピカピカに磨かれた自分の靴を見て、新品と誤解するほどだった。
(パパからのサプライズプレゼントかな?)
と、思ったが、中敷きは前のままだったので、父親が磨いた事を、すぐに察した。
「お父さん」
「お父さん、起きてるの?」
「大丈夫なの?」
と家の中を探した。
「おかえり」
浴室から父親の声が聞こえた。
娘が浴室へ行くと、父親は一心不乱に浴槽の中を磨いていた。
「ただいま」
と言うと、顔を伏せたまま
「意外と早かったな」
と言われた。
「何言ってるの?」
「もう、お昼だよ?」
と言って、台所に行った。
「急いで支度するけど、お昼はスーパーのハンバーグだからね」
と、声をかけた。
支度は意外と早く終わった。
「できたよ!」
娘は近所に聞こえるぐらい、大きな声で父親を呼んだ。
(気まずいが、行くしかない)
ダイニングで配膳している娘のエプロン姿が眩しく見えた。
「これと、これは私が作った分で、これはお母さんが旅行前に作りおきしていた分で、ハンバーグはスーパーの物だよ?」
屈託なく微笑みながら、昼食を説明する娘が、無性に可愛く見えた。
気まずさに、こわばっていた父親の表情も緩んだ。
「いただきます」
父娘で声を合わせてお昼ご飯。
「美味しい?」
娘は自分の作った料理の感想を、しつこく尋ねる癖があった。
「美味しい」
と言うと、嬉しそうな笑顔になる。
実際、妻より料理の腕前は、上達しているように思えた。
「これなら私、いつでもお嫁さんに行けるね?」
と言われ、父親は箸を止めた。
そして意を決して、娘に
「昨夜は、すまなかった」
と頭を下げた。
「やっぱり、、、」
と娘も箸を置いた。
「お父さんが、昨夜の事を気にしてるって、私も分かってたよ」
と娘に返された。
「私も初めてだから、痛いのかと思って緊張したけど、意外と痛くなかったし、色々スッキリした感じかな?」
と、事も無げに言い放つ娘の笑顔が、意外過ぎた。
が、父親の罪悪感は、自尊心と引き換えに、少し癒されていた。
そして娘は続けて、
「私、職場でお見合いした話をしたら、同僚に告白されてるの」
と言い、どっちに初体験を捧げるか迷っていたらしい。
ただ、父親には育てて貰った恩義もあるし、色々と我慢している事も、娘は気づいていた。
結婚するように迫られ、家を出なければならない不安も、名字が変わる事も、心配していると言われた。
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