カーテンを閉めた寝室で父親は
(これは違う)
(何かの間違いだ)
(オレが娘に、、、)
目を固く閉じて、現実逃避するように、必死で事実を否定し続けていた。
(これは夢だ)
(きっと目覚めたら、何事も無かった事になっているはずだ)
(オレは臆病なはずた)
(あんな事を出来るはずがない)
(娘を眺めているだけで幸せだった)
(娘の匂いを嗅ぐだけで満足していた)
(オレじゃない)
(オレじゃない)
(オレじゃない)
寝ているのか、起きているのかさえ、自分でも分からない。
耳には娘の喘ぐ声が響き、抱いた時の感触が蘇り、成熟した娘の姿ばかりが、頭の中を巡る。
「違う。違う。違うんだ!!」
顔に枕を押し当てながら、父親は叫び続けていた。
娘は風呂から出ると、洗ってある下着と服を出して着替えた。
リビングにも父親の姿が見えないので、寝ていると思った娘は、二人分の朝食を作り、洗濯を始めた。
シーツと布団を入れた袋は、ガレージに停めてある母のクルマに運んだ。
そろそろ、お腹も空いて来たので、寝室の前に行き、
「パパ、朝ごはん出来てるよ」
と声をかけたが、返事は無かった。
二人で食べようと思っていたが、娘は先に食べる事にした。
食事を済ませて、一人で後片付けをしていたら、前夜は父親と一緒に片付けた事を思い出した。
意外だった父親の一面に、思い出し笑いが漏れた。
父親の分にラップをすると、娘は掃除機をかけたり、洗濯物を庭に干しに出たりした。
リビングに戻って来ても、父親の気配は無かった。
心配になった娘は、再び寝室の前に行き、
「お父さん、具合悪いの?」
と尋ねた。
扉の向こうで、娘が心配していた。
しかし、どんな顔をして娘と会ったら良いか分からなかった。
「大丈夫だ」
「お父さんは、ちょっと疲れているだけだから」
「心配しなくて良いぞ」
と、扉越しに答えた。
「じゃあ、ママのクルマでコインランドリーに行って、買い物もしてくるね」
「お昼前には帰ってくるつもりだけど、食欲があったら、朝ごはんはテーブルにあるから、食べてね?」
と、声をかけた。
父親は、初めて娘に仮病を使った。
自分を案じてくれた嬉しさと、不甲斐ない自分の情けなさに、涙が出た。
娘が玄関で
「いってきます」
と行ったが、見送る事も出来なかった。
息を潜めていると、妻のクルマが走り出す音が聞こえたので、父親は辺りを見回しながら、寝室から出た。
テラスの物干しには、二人分の洗濯物がランダムに並んで風に揺れていた。
それを眺めながら椅子に腰かけて、娘の手料理を食べた。
美味しかった。
今まで食べてきた、どんな料理よりも、美味しかった。
涙が溢れて、止まらないほど、美味しかった。
父親は一口一口、噛み締める様に味わって食べた。
食べた後、食器を洗い終わると、テーブルもキレイに拭いた。
何かを拭かずにはいられない衝動に駈られて、玄関へ行き、娘が仕事に履いて行く靴を磨いた。
下駄箱に収納してあった靴も、夢中になって磨いた。
汚れを落とす事ばかりに執着していた。
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