「やっぱり、温泉って楽しいね」
と娘は言った。
「お母さんが、よく退院したら、また家族で温泉に行こうって、言ってたんだ。」
と娘は話した。
「お母さんは、新婚旅行で行った北海道の温泉が、凄く楽しかったんだって」
と言われ、父親は妻との旅行を思い出し、
「お母さんは熊牧場が好きで、ずっと熊せんべいを投げてたんだよ」
と懐かしそうに語った。
「そうそう、お父さんが立ち上がった熊のマネをして、それが凄く可笑しかったって言ってた」
「私も新婚旅行、北海道に行きたいなぁ」
と言った。
「いつか私にも子供が出来たら、家族で温泉に行って、いっぱい遊んであげたい」
と夢を語る娘に、父親は温かい気持ちになった。
宿に戻り、それぞれに大浴場で入浴をした後、宴会場で食事をした。
「はい、お父さん」
と言って娘は、ビール瓶を持って、お酌しようとした。
「父さんは、いいから、お前が飲みなさい」
と言って娘の持つ瓶を取り上げようとする父親。
娘は強引に置かれていたグラスにビールを注いだ。
「娘の注いだビールが飲めないの?」
と言って絡んだ。
なかなかビールに口を付けないので、娘はグラスを持って、
「私にも頂戴、」
と言った。
父親がビールを注ぐと、
「はい、乾杯!」
と言って、一気にビールを飲むと、父親にグラスを空けるように促した。
ビールを二人で3本開けて、料理を楽しんだ。
部屋に戻り、くつろいでいると、中居さんが布団を敷きに来た。
中居さんが部屋を出ると娘は突然立ち上がり、浴衣の帯を解き始めた。
父親の目の前に、娘の背中からお尻が露になった。
振り返った娘は、
「お父さん、一緒にお風呂に入りましょ」
と言って父親の手を引いた。
娘の裸を見るのは、成人式の時以来で、父親も戸惑っていたが、酔っていた事もあって、素直に娘に従った。
部屋のベランダには、露天風呂があって、娘が先に身体を洗っている間に、父親は自分で浴衣を脱いで、娘の隣に座った。
「外のお風呂も気持ち良いね」
と屈託のない笑顔を向ける娘に、
「そうだね、お母さんも露天風呂が好きだったから、家族で来たかったね」
と会話が弾んだ。
身体を洗い終えた娘が、父親の背後に回り込むと、父親の背中を流し始めた。
「お父さん、ありがとう」
と言うと、娘は父の背中に話しかけた。
「どうしたんだ?急に」
背中越しに父は訊いた。
「今まで育ててくれて、ありがとう」
と感謝の言葉が涙声で震えていた。
父親は身体を洗う手を止めて、娘の言葉を噛み締めていた。
妻が病に倒れてから、娘には随分と苦労をかけていたし、成人式の夜に言われた娘の言葉は、どこか心に引っ掛かっていた。
「私、お父さんとお母さんの娘に生まれてきて、良かったよ」
泣き出してしまいそうな中で、娘は必死に言葉を絞り出していた。
「お父さんには、色々と迷惑や苦労をかけてきたのに、何にも恩返しが出来てなくて、ごめんなさい」
娘の謝罪の言葉に、
(そんな事はない)
と言ってやりたかったが、胸を込み上げてくる思いが言葉を詰まらせてしまい、父親は声が出せなくなった。
娘も詰まりそうになる声を必死に振り絞り、
「お父さん、大好き」
と言いながら、父親の背中が赤くなるまで強く背中を流した。
強すぎてヒリヒリするが、父には、それが何より嬉しい痛みになった。
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