初めて娘が彼氏を連れて来る日、前夜は殆ど眠れなかった父親は、緊張と睡魔で頭がボーっとしていた。
気のきいた言葉を色々と考えていたが、何も考えられなかった。
そんな父親につられて、彼氏も緊張していて、その様子を見ていた娘は、顔を伏せて必死に笑いを堪えていた。
若い二人を前にして、父親は自分が妻の実家に行った時の事を思い出していた。
(あの時と同じだ)
と思うと、父親も笑いが込み上げていた。
緊張した彼氏が、
「お父さん、お嬢さんと結婚させて下さい」
とベタなセリフに、父娘は爆笑しそうになった。
真面目に土下座している青年に、父親は一言
「娘をお願いします」
と頭を下げた。
その後は、和気藹々とした雰囲気で談笑した。
その後、結納や結婚式の日取りも決まり、母親の墓にも三人で報告に行った。
娘は妻の喪服を着て墓前で手を合わせると、
(お母さん、私結婚します。
きっと幸せになるから安心して下さい。
お父さんは一人になっちゃうけど、お母さんが見守ってあげて下さい)
と祈ると、涙が勝手に溢れて来た。
娘の後ろで手を合わせた父親も、娘の涙に貰い泣きしていた。
墓参から帰り、自宅に戻ると娘から温泉旅行に誘われた。
父娘二人だけの最後の旅行。
よく家族で出掛けた思い出の場所だったので、父親も快諾した。
旅行当日、父親は荷物と一緒に母の遺影と位牌を持って、娘と家を出た。
娘は父親に摺り寄り、腕を組んで来た。
「どうしたんだ?」
と驚く父親に、
「こうして歩いていると、夫婦に見えないかな?」
と娘は笑いながら言った。
「どう見ても父娘にしか見えないだろ?」
と父親は照れ笑いで答えた。
目的地に着くまで、二人は普通のカップルのように身体を寄せあい、宿に到着した。
そこにも楽しかった家族の思い出が、たくさん詰まっていて、部屋に荷物を置くと、二人は何の躊躇いも無く浴衣に着替えた。
父親も浮かれ気分だったので、無防備に着替えてしまったが、傍らで服を脱ぐ娘の姿が目に入り動揺した。
「お父さんは、アッチで着替えるよ」
と言って、部屋を隔てるフスマの向こうに隠れた。
「どうしたの?お父さん?」
「もしかして、私にパンツを見られるのが恥ずかしいの?」
と嘲笑混じりにからかう娘。
「そんな事はないぞ」
「お前も結婚するんだから、少しは恥じらいとか、慎みぐらい持ちなさい」
と、父親は言った。
浴衣に着替え終った二人は、賑やかな温泉街を歩き、一緒に名物を食べたり、子供の頃に遊んだ古い遊技場で、童心にかえって遊んだ。
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