昭和20年代のこと。
ブリキ細工をやっている近所のおじさんが家に来た。
ニコニコとおじさんの世間話を聞いていた母が急に、「新聞屋のおっさんが集金に来たが、釣りがないと言ったので待ってもらった。これをもって払って来て欲しい」と、どうでもいいような用事を私に言いつけた。
新聞屋までは子どもの足で歩いて往復30分はかかる。
またか、なぜか誰かがくると用事を言いつけられえる。それもおじさんの時ばかりや!
なぜかその日は見つかったら「金を落とした」と嘘をつこうと決めて、こっそり途中で引き返して見ると二人はやはり二階だった。階段を途中まで上がり耳をすますと、箪笥の金具がリズミカルになる音が聞こえた。殆ど声は聞こえず、かすかに母の泣き声のようなものが耳に残った。
引き返し、走って用事をすませて帰るとブリキ屋のおじさんがちょうど帰るところだった。
「おっちゃん、おっちゃんとこのおばちゃんによう似た人が新聞屋のおっちゃんと変なことしとんさったでーー」と言うと。
「変なことてなんやー」と言うので、
「奥のはなれで箪笥ががたがた鳴るほど二人であばれてたというこっちゃ!」
「裏から廻って覗いたわ、でもおばちゃんかどうかしらんでー 顔みなんだで」
「帰って聞いてみんさい!」と大嘘をかましてやった。
うなじに乱れを残したままの母があとで「ほんとうか?」と聞くので「うそや!」と正直に答えると「今度、おっちゃんが来た時は外へ遊びに行って逃げときやー ボコボコにされるでー」と脅された。
何のことは無い、用事を考えなくて済む母の一人勝ちであった。