現在、四十代前半の公務員です。私が高校生のころ、父は自衛官で単身赴任していました。その頃、父は四十代後半で、今の自分と比べると頭はハゲていましたが、スポーツ万能で、特に空手では名を馳せた人で一目置いていました。勉強のことは何一つ言わず、自分のやりたいことをとことんやれという感じで尊敬していました。
高校生の頃、ラグビーをしていたんですが、夏休みの練習試合で足首を骨折、2週間入院しました。
退院後、家に帰ると一階にベッドが置いてあり、二階の自分の部屋でなく、客間に寝ることになりました。この両親の配慮に優しさをとても感じました。
両親の寝室とは押し入れを挟み、廊下は繋がっていました。廊下の障子は雪見障子で半分から下はガラスです。
骨折後初めてベッドで寝ていると、両親の会話が筒抜けで聞こえてきます。あの父親だから、セックスなんてしないだろうな~とうとうとしていた矢先、『おまえのオッパイスゴいな』と聞こえました。あとはピチャピチャする音がし『入れるぞ』と声がすると、あとは母親の『ハ~ハ~』する呻き声が大きくなったり、小さくなったり、それにしても長いな~『いく~』と何度も何度も聞こえるのに、腰を打ち付けるピストンの音は鳴り止まない。いつしか自分は寝ていました。
父は金曜日の晩から月曜日の朝までいましたが、3日3晩セックスしていました。実際見ることはありませんでしたが、長いし、母親はなんども逝かされていました。
父が帰ると、昼間は私一人になったため、タンスの中を探すと、大人のオモチャ、無修正ビデオなどのエログッズが出てきて、ビデオにはお世話になりました。
スポーツマンとして尊敬していましたが、夜も頑張っていたんですね。私も父に劣らずセックスすきですが、嫁が付いて来れません。何歳までできるのかな~と思う今日この頃です。
思い出しながら書いてみました。味付けする余裕もなく、覚えている事実しか書けなく、申し訳なく思っています。