夏休みに入り7月の終わり頃に、いつもの様に母親は残り湯で行水を済ませると私のお昼の支度をする。
お昼を食べて居る時に玄関の開く音がして男の声が聞こえる、母親は少し焦った様に箸を置くと急ぎ足で玄関に向かう。
私は、何だろう!と思い箸を持ったまま台所から玄関先の様子を伺い見る、玄関先には以前に母親を身体を絡めあった男の人が、母親と何かを話し合って居る。
「子供が居るから困ります」
「だったら外に出れば良い」
「困ります、今日は帰って下さい」
「…‥…‥明日は」
「明日は何とか」
そんなやり取りが続き男の人は帰って行った。
「母ちゃん、今のオジサンは誰?」
私の問いに母親は話を反らし答えなかった。翌日に私が目覚めると母親は既に家には居なく朝食の支度だけがしてあった。
「畑に行ったのかな」思いながら朝食を済ませると私は畑に向かってみる、山あいの段々畑と田んぼが広がる中腹の所に畑はあり、そこに行ってみるが母親の姿は見当たらない。
その辺りをウロウロと探してみたが、やはり見当たらず私は諦めて戻ろうと畦道を歩き始めた。
家に戻る近道で畑の間を抜け、直ぐ脇にある杉林の所を通ると、杉林の中から母親と男の人が出て来た。
私の姿を見た母親は驚きの表情を見せ一瞬、自分の胸元を隠すように握りしめる。
男の人も気まずそうに「じゃ、絹代さん俺はここで」
と言うと足早に畦道を下りて行ってしまう。「どこに居たの?母ちゃん」
私が聞くと。
「あの、オジサンと大事な話があったから、その話をしてたのよ」と答える。
「母ちゃんは今から畑仕事をするから、あなたは家で宿題をしてしまいなさい」
母親は私を追い戻すように言うと畑の方に向かって行く。
その日のお昼に母親と話しながら男の人の正体が判った。
漢字までは判らなかったが名前はケンジと言い、家から少し離れた所で、かなりの大地主の後取りだった。
30を過ぎて独身であった、母親は当時36歳だったと思う、ずっと後で判った事だが、農協の集まりが有る時は殆んど母親が出席をしていて、そこで顔見知りに成り急速に二人は接近したみたいだった。
しかし何分にも田舎の事で、今にして思えば二人はかなり慎重に人目を避けて居た風であった。
そんなある日に、ケンジが私が居るにも拘わらず家にやって来た。「今からオジサンと大切な話が有るから、話の邪魔に成るといけないから、遊びに行きなさい」と母親が言う。