大学卒業以来、10年ぶりに出張での東京に舞い戻った。
会議に出席して、夜は懇親会、名刺をばらまきながらの飲み会だった。
翌日、午前中に前日の会議の意見集約をして散会、10年ぶりに、大学時代に住んでいた練馬に行ってみた。
西武池袋線、俺が大学生の頃、西武線の駅なのに、東急やメトロの電車が走ってて、田舎者の俺は相互乗り入れがされてることを知らず、乗っていいやら悪いやらで、暫し悩んだ記憶が蘇った。
でもそのうち、勝手を知ると乗りこなし、東側では京成や京急も相互乗り入れしてることを知り、東京って便利だなあと思った。
10年ぶりの練馬駅、知ってはいたけど、やっぱり駅前に喫茶アンデスが無いのは淋しかった。
コロナ禍で休業したニュースを見て、心を痛めていたけど、再開することなく閉店してしまった。
俺の青春の一部だったし、当時の彼女との思い出がいっぱいあったから、ここで久しぶりにランチしたかった。
大学卒業して、帰郷するとき、彼女と最後のランチはこのアンデス、鉄板の上に乗ったナポリタンがアンデス最後の飯だった。
先に帰郷する俺を練馬駅で見送った彼女、元気だろうか。
「バイバイ」って精一杯の笑顔で手を振ってた彼女、目にいっぱい涙をためてたし、俺も同じだった。
音大生だった彼女、地元のヤマハ音楽教室に就職したけど、今も楽器やってるのかなあ。
彼女、初めて見た楽譜で、ゆっくりだけどピアノを弾き始めるのを見て、音楽って、素質なんだろうなって思った。
プラザトキワ、猫が書いてあるTシャツをいっぱい買って、俺のアパートにも彼女のアパートにも置いてあって、部屋義というか、パジャマというか、いつも二人で着てたのを思い出す。
デンマークベーカリー、ここのパンはよく食べたなあと、ここでパンを買って、食いながら桜台方面に歩いた。
途中、当時住んでたアパートが、そのままの姿で残ってた。
ワンルームの狭い部屋で、彼女と二人で夢を語ったっけな…と、部屋を眺めながら、パンを食った。
10年過ぎて、あのときの夢は叶えて舞い戻ったけれど、もう、彼女は何処にいるやらわからないや。
彼女、細い美脚でモデルのようないい身体だった。
ちょっと、柏木由紀っぽい感じの娘で、笑うとエクボが可愛かった。
お互い、初めて同士で、異性の裸にドキドキ、見せ合いから自然に69、舐め合いになって、あの、美しかった花弁を思い出す。
唇を添えながら、親指と人差し指で根元をしぼるようにしごく独特のフェラだった。
1年生の頃はコンドームつけてたけど、安全日に生入れ外出しやってるうち、生の気持ち良さの虜になって、2年生からは生だった。
毎日のようにセックスしてたから、お互いの身体を知り尽くしてたなあ。
4年間ヤリまくったから、彼女の花弁、卒業する頃にはアズキ色に変色して、左右非対称に変形してた。
お互いに故郷に就職を決めたから、別れが決定したけど、その後の方が情熱的に交わってたような気がする。
もうすぐ桜台駅というあたり、彼女が住んでたアパート、鉄筋コンクリート造で、男子禁制だったから、数回しか入ったことなかった。
部屋からロック解除しないとロビーからも入れないセキュリティで、ビクビクしながら入って、ビクビクしながら出てた。
ピアノの音が複数聞こえて、あの頃を思い出した。
彼女が住んでたアパートと、桜台駅の間にあるセブンイレブン、マツコの知らない世界で「おでん」を見た後、食べたくなって買いに行ったら、俺たちが店を出るとき行列ができてたのを思い出す。
テレビの影響って凄いと思った。
なんか、いろいろ思い出して、感傷的になった。
桜台駅から、池袋に向かった。
ここからだと、相互乗り入れの他社の電車は来ないんだよね。
そして、池袋駅の地上ホームに着くんだ。
懐かしい、西武池袋線池袋駅、黄色い電車が並んでる。
東京駅に向かい、嫁さんに土産買って、新幹線ホームに向かった。
新幹線を待つ間、アンデスが無くなってて、かえって良かったかもしれないと思った。
あそこでナポリタン食べたら、俺、彼女を思い出して、泣いちゃったかもしれない。
あの頃か経った夢、資格も取って叶えたけど、彼女と一緒に叶えてたら完璧だったと気付いた、10年ぶりの東京だった。
新幹線の中、スマホを取り出し、ラインを開けた。
彼女のアイコン、消さずに残ってる。
タップしてみると、彼女とのトークが残ってる。
帰郷した俺が、無事着いた旨を送信、彼女はまだ新幹線の中だと返信、その後、彼女が無事家に着いたと着信。
その後、数年間音沙汰なくて、4年後、彼女から「結婚しました」の報告に、「おめでとう。幸せになってね。」と返信、これが彼女との最後のラインになってるけど、やっぱり消せない彼女のアイコン。
彼女、元気かな…