私の初体験は13年前の高校2年の時、相手は4歳年上の大学3年の女子大生でした。
戸田恵梨香さんに似たスレンダーな彼女とは、回転ずしのバイト先で知り合いました。
綺麗なお姉さんに憧れる年代、そして彼女も可愛い男子高校生を誑かしたかったのでしょうね。
「2年先輩の彼氏、卒業して居なくなっちゃったんだ・・・」
なんて言いながら、距離を詰められました。
回転ずし屋のそばにアパート住まいだった彼女の部屋に、バイト終わりに遊びに行ったとき、
「祐樹君、彼女いるの?」
から始まり、
「エッチしたことある?」
のパターンでした。
しかしこの日は、
「ごめんね。私、今生理中なんだ。そうだ、パンツ脱いでよ。手でしてあげる。」
と言われて、躊躇していると、彼女にズボンの上から触られて勃起、ズボンとパンツを下げられてしまいました。
ビヨヨンとそそり起つ陰茎を見て、
「立派なもの持ってるじゃない。」
というと、私の背後に回って抱きつくようにして陰茎を握り、カリの当たりを弄られました。
思わず腰砕けになると、ズボンとパンツと靴下も脱がされ、バスルームでシコシコされました。
ずっと後、大学進学してから知ったのですが、私は彼女に、焦らしを受けていたのです。
非処女で男性の生理を知っている彼女は、陰茎を知れなりの強さで扱かないとなかなか射精できないことを知っていて、カリから先は強く、それ以外は軽く扱いていました。
私は、綺麗なお姉さんに童貞陰茎を扱かれる羞恥に染まっていましたが、射精まで今一歩の状態を継続されて、次第にハアハアしだしました。
もっと強く陰茎を扱いてほしい欲求から、自然い腰が前後に動いてしまいました。
15分、いや、20分くらい焦らされて、寸止め状態が続いた時、彼女が射精に向けたしごきを繰り出してきたのです。
一気に快感がスパーク、勢いよく精液がドビュ――――っと噴き出しました。
彼女は、嬉しそうにそれを眺めながら、
「さ~最後の一滴まで出し切ってね~」
と射精中も陰茎を扱き、ピュピュ・・・と射精が終わったのに、陰茎全体を扱かれて、特に先っぽの方は信じられないほどの刺激で、蹲ってしまいました。
バスマットに蹲る私、陰茎を握って扱き続けて離さない彼女、その状態で扱かれ続け、再びドピュンと射精、陰茎は扱き続けられて、呻く私と嬉しそうな彼女、3度目の射精で許してくれました。
「若いのね。3連発なんて・・・」
生理終わったら、エッチしましょうね。
と言われました。
そして一週間後、私は彼女と全裸で抱き合い、初めてのクンニをしました。
「そう、そこそこ・・・あまり強いと痛いよ・・・」
そんな感じでクンニを仕込まれ、初めてのフェラを経験し、コンドームして正常位で童貞を卒業しました。
そしてほぼ毎日、夕方は彼女の部屋を訪ねて、下だけ脱いでセックスしてから帰りました。
土日休日は、彼女の部屋で全裸でセックスしてから、勉強を見てもらい、暫くしたらまたセックスを繰り返し、1日4~5回してましたから、高校生の性欲おそるべしでした。
そして彼女に生理が来ると、バスルームで手首と足首を縛られてバスマットに座らされ、連続射精の扱きを受けて、悶絶させられていました。
彼女は大学を卒業して地元に帰り、私は志望校に合格して上京することになり、お別れでした。
最後、彼女の友人を招いて連続射精ショーを見せてくれたら、その通人とセックスさせてくれるというので、女子大生3人が真正面で見つめる中、陰茎を扱かれて射精しながら悶絶しました。
「すごーい。男の子を無理やり射精させるのって、興奮する~~」
とご満悦でした。
その後、日替わりで彼女の友人の女子大生とセックスさせてもらいました。
もちろん1回じゃなく、休憩を入れて1日で4~5回セックスしました。
そして、人によってオマンコの一が違い、入れ具合も違うことを知ったのです。
現在私は30歳、高校の同級生だった妻と結婚して4年位なります。
東京の大学から地元に戻って就職した私は、仕事で訪ねた会社で妻と再会したのです。
「祐樹君でしょ。私のこと覚えてる?」
と言われて、もちろん覚えていると答え、週末、夜飲みに行きました。
「祐樹君、高校の頃、女子大生と付き合ってたでしょ。」
と言われ、更に、
「私、すごくショックで、泣いてたんだよ・・・」
と言われました。
2年半付き合って結婚、子供も生まれて、今は幸せに暮らしています。
先日、13年前にバイトしてた回転ずし屋に行った時、彼女の部屋があったアパートが取り壊し中だったので、つい、思い出してしまいました。
私に女を教えてくれた彼女、34歳の彼女は今、どうしているでしょうか。
きっと、戸田恵梨香さんみたいな、美形でスレンダーなお母さんになっているのでしょうね。